第43話 学校一の美少女は誰に渡す
二月に入ってから、琴音の教室前を通る男子が増えたらしい。
一度なら、知り合いに用があるのかもしれない。
二度なら、何か忘れ物の可能性もある。
同じ休み時間に三度通った男子は、さすがに廊下へ興味を持ちすぎているだろう。
「今年は動きが早い」
昼休み、佐々木は俺の机へ一冊のノートを置いた。周囲の目を気にするように声をひそめる。
「何の話だ」
「二月十四日」
「日付だけ言われても分からない」
「分かってるくせに」
開かれたページの一番上には『候補者一覧』と書かれていた。候補者というのは琴音がチョコを渡す、という意味だろう。
幼なじみとしては忘れがちになるが、琴音が学校一の美少女というのは俺でもたまに思うことはある。
「休み時間に何を作ってるんだよ」
「俺が集めなくても、向こうから情報が入ってくるんだ」
「入ってきても整理するな」
佐々木はノートを開いた。
二年三組、瀬尾拓海。水泳部。
二年一組、西園寺晴人。生徒会書記。
三年二組、倉橋亮。元文化祭実行委員。
ほかにも、二年四組の学級委員、バスケ部の副主将、琴音と選択授業が同じ男子の名前が並んでいる。
一番下には、佐々木悠真と書かれていた。
「何でお前まで入ってるんだよ」
「琴音さんと毎日昼を食べてる。名前も覚えられてる。会話も成立する」
「全部、五人でいるからだろ」
「可能性を最初から捨てるのは公平じゃない」
「誰に対して公平なんだ」
「俺に」
佐々木は自分の名前の横へ丸をつけた。
「消しときな」
「何でだよ。十四日までは全員に可能性があるだろ」
「少なくともお前にはない」
「高瀬が決めることじゃないぞ」
佐々木は丸を少し濃くした。
「最有力候補は瀬尾。去年、琴音さんに告白したらしい」
「断られただろ」
「その後も普通に話してる。今朝も琴音さんの教室へノートを返しに来てた」
「借りた物を返しただけじゃないか」
「ノートの間に手紙が挟まっていた可能性もある」
「見たのか?」
「見てない」
「なら書くな」
佐々木は瀬尾の横に書いた三角を消さなかった。
「対抗は西園寺。昨日、琴音さんと進路関係の本を見てたらしい」
「誰から聞いた」
「図書室にいた一年から、その友達を通して二年の知り合いへ」
「もう原形が残ってないだろ」
「二人の距離については証言が分かれてる。本棚一つ分という説と、本一冊分という説だ」
「見る位置が違っただけじゃないか」
「本一冊分なら相当近いぞ」
「何を測ってるんだよ」
情報を集めるほど、精度が落ちている。
「倉橋先輩は文化祭で接点があった。卒業前だから、今年が最後の機会だと予想されてる」
「本人の意思が一つも入ってないな」
「予想だから」
廊下から別の男子が顔を出した。
「佐々木、瀬尾説は少し下がったぞ」
「何があった」
「十四日は普通に部活へ行くって」
「昼休みに渡す可能性は残る」
「なるほど」
「納得するな」
今度は同じクラスの男子が椅子ごと近づいてきた。
「西園寺も放課後は生徒会だろ」
「終わったあとは空いてる」
「倉橋先輩は受験が終わってるらしい」
「なら先輩説が一歩上がったな」
「順位をつけるな」
本人たちとは無関係に、候補だけが上下している。
「高瀬は誰だと思う?」
「知らない」
「幼なじみなのに?」
「学校で誰と話してるかまで全部知るわけないだろ」
「使えないな」
「最初から調査へ入れるな」
「高瀬は別枠だから大丈夫だ」
「何が別なんだ」
「幼なじみ枠」
佐々木がノートの端へ書き足す。
「友人なのか家族みたいなものなのか、恋愛候補なのか分類しにくい」
「分類しなくていい」
「でも候補から完全に外すのも不公平だろ」
「誰に対してだよ」
「高瀬に」
「余計な気を使うな」
佐々木は俺の名前の横へ、丸でも三角でもない横線を引いた。
「保留」
「消せ」
◇
三浦たちが来ると、廊下の男子たちは散っていった。
佐々木もノートを机の中へ入れる。
琴音は俺の隣へ座り、弁当を出した。
「今、何を隠したの?」
「進路」
「進路希望調査は、もう提出したでしょ」
「二月の進路」
「どこに進むの?」
「十四日を無事に終えた先」
琴音の眉が寄った。
小宮山が佐々木の机へ視線を向ける。
「候補、増えたの?」
「しおりん、何で知ってるの?」
三浦が尋ねる。
「昨日、悠真君が五人だと言ってたから」
「今日は七人。俺を含む」
「悠真、自分も入れたの?」
「可能性を平等に扱った結果だ」
「何の候補?」
琴音が尋ねる。
佐々木は一瞬だけ口を閉じた。
「今年、学校一の美少女が誰に」
「悠真君」
琴音の声がわずかに低くなる。
「その呼び方、あまり好きじゃないって言ったよね」
「悪い。琴音さんが誰にチョコを渡すか、周りが気にしてるって話」
「悠真君も気にしてるの?」
「もらえるなら俺は普通に嬉しい」
「正直すぎない?」
「欲しくないふりをする方が失礼だろ」
琴音は呆れたように眉を寄せたが、口元には小さく笑みが浮かんだ。
「まだ何も渡すって言ってないよ」
「だから十四日までは候補でいさせてくれ」
「候補に入れてないけど」
「俺の方では入ってる」
「片方だけで成立するの?」
「つらいところを聞くな」
三浦が吹き出し、小宮山もわずかに口元を緩めた。
琴音は笑ったあと、佐々木の机へ視線を戻す。
「でも、私が誰に何を渡しても、誰かの勝ち負けにはならないよ」
「それは分かってる」
佐々木は素直にノートを取り出し、該当ページを破った。
「候補にされたやつへ迷惑がかかる前に処分する」
「悠真君の名前も?」
「紙から消えても可能性までは消えない」
「最初からないって言ってるのに」
「十四日の昼までは信じない」
佐々木は破った紙を四つ折りにし、鞄へ入れた。
「琴音、日曜日は十時でいい?」
三浦が話題を変える。
「うん」
「しおりんも直接うちへ来るって」
「材料は今日買う?」
「足りない物を確認してからね」
三人は何をするか口にしなかった。
佐々木は聞きたそうにしていたが、琴音と目が合うと、パンの袋へ視線を落とした。
◇
放課後、昇降口へ向かう途中で琴音たちと一緒になった。
三浦と小宮山は駅前の店へ寄るらしい。
廊下の反対側では、瀬尾らしい男子が同じ部の生徒に囲まれていた。
「十四日の予定を聞かなくていいのか?」
「何で俺が聞くんだよ」
「去年の再挑戦」
「しないって。もう一回振られたら、次からノートも借りられなくなるだろ」
「じゃあ候補辞退?」
「最初から立候補してない」
本人すら知らないところで、候補にされていたらしい。
少し先では、西園寺が生徒会の男子から何かを聞かれている。
「琴音さんと図書室で会ってたって本当?」
「大学の資料を探していただけだけど」
「二人で?」
「途中から司書の先生もいたよ」
「先生が来る前は?」
「何の確認?」
西園寺は困った顔で、生徒会室へ向かっていった。
候補者本人たちの反応を見る限り、校内の推理は朝から外れ続けている。
「颯馬は?」
琴音が尋ねる。
「帰る」
「今日は先に?」
「先にも何も、琴音は買い物へ行くんだろ」
「そうだけど」
「日曜日、何かあるのか」
尋ねると、琴音より先に三浦が答えた。
「女子だけの予定」
「なら聞かない」
「高瀬君には、今は関係ない予定だから」
三浦が笑う。
琴音の眉が動いた。
「ミサ」
「何?」
「今は、って何?」
「あとで関係するかもしれないから」
「それも言わなくていいよ」
琴音の耳が少し赤くなっていた。
「そう」
俺が答えると、琴音の眉尻が下がる。
「何だよ」
「別に」
「話したくないんだろ」
「今は言いにくいだけ」
「なら聞かない」
「本当に聞かないんだ」
「どっちなんだよ」
小宮山が三浦の袖を引いた。
「美咲、店が混む」
「そうだね」
二人が先に歩き出す。
琴音は少し遅れて後を追った。
「颯馬」
「何」
「日曜日は、そっちには行かないから」
「三浦の家へ行くんだろ」
「うん」
「分かってる」
琴音は頷き、今度こそ歩き出した。
数歩先で、一度だけ振り返る。
関係ない予定だと言われたことが、少しだけ引っかかった。




