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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第4章 春からは

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第42話 鍵を渡す理由

「颯馬の家の鍵」


 琴音は、隠そうとはしなかった。


 鞄の内ポケットから鍵を取り出し、母親へ見えるように掌へ載せる。


 紺色のキーホルダーが、店内の照明を受けて揺れた。


「颯馬君の?」


「うん」


 琴音の母親が、こちらへ視線を向ける。


 責めている様子はない。ただ、説明を待っている。


「母さんが、琴音が最近よく来るなら渡しておけって言ったんです」


「颯馬君のお母さんが?」


「はい。俺が帰る前に来ることもあるので」


「勝手には入ってないよ」


 琴音がすぐに付け加えた。


「先に連絡してるし、颯馬がいいって言ったときだけ」


「そう」


 母親は鍵を見たあと、琴音の顔を見る。


「高瀬家へ行くことが増えたのね」


「増えたというか」


 琴音の声が少し小さくなる。


「最近は、先に帰ることもある」


「帰る?」


「高瀬家に」


 言ってから気づいたらしい。


 琴音の頬がわずかに赤くなった。それでも、来ると言い直すことはしなかった。


「俺が帰るまで待ってるだけです」


「テレビを見たり、宿題をしたりしてるよ」


「洗濯物を畳んでたこともあったな」


「おばさんに頼まれたから」


「冷蔵庫も開ける」


「今は開けていいって言われてるよ」


「最初は毎回聞いてただろ」


「颯馬が細かいからでしょ」


「人の家だからな」


「私が来ることは細かく言わないのに?」


 琴音の口元が少し緩む。


 母親は俺たちのやり取りを聞きながら、鍵へもう一度目を落とした。


「迷惑をかけていない?」


「迷惑は」


 答えかけると、琴音がこちらを見た。


 わずかに下がった眉尻が、否定の続きを待っている。


「今のところ、かけてません」


「今のところ、なんだ」


「これから何をするか分からないだろ」


「何もしないよ」


「既に俺より家の中の物を知ってるけどな」


「颯馬が知らなさすぎるだけ」


 琴音の目元から力が抜けた。


 母親も小さく笑う。


「それなら、私から言うことはないけれど」


 そこで一度言葉を切り、俺を見る。


「鍵を渡すことを決めたのも、お母さん?」


「母さんには前から言われてました」


「でも、渡したのは颯馬だよ」


 琴音が鍵を握り直す。


 声には少しだけ力が入っていた。


「外で待つって言ったら、颯馬が持っていくかって聞いてくれたの」


「そこまで説明しなくていいだろ」


「お母さんが聞いたから」


「用意したのは母さんだけどな」


「渡してくれたのは颯馬」


「同じだろ」


「違うよ」


 琴音は譲らなかった。


 母親は俺と琴音を見比べ、目元を穏やかに細める。


「琴音にとっては、そこが大事なのね」


「うん」


 返事だけは早かった。


 琴音は鍵を内ポケットへ戻し、ファスナーを閉めた。その上から一度押さえる。


「なくさないようにね」


「なくさないよ」


「返すことになっても?」


 琴音の指が止まった。


「返さない」


「琴音」


「なくさないって意味」


 言い直したが、口元から笑みは消えていた。


 母親は追及せず、コーヒーカップへ手を添える。


「高瀬家へ伺う件だけれど、三月の第四土曜日なら、こちらへ来られそうなの」


「お父さんには?」


「これから連絡するわ。一度、三人で話したいと思ってる」


「大学のこと?」


「それも。あなたが今どう過ごしているかも、もう少し知りたいから」


 母親の視線が、琴音の鞄へ向く。


 今度は鍵ではなく、大学でもらった構内図が入っている方だった。


「そのあと、高瀬家へ伺ってもいい?」


 琴音がこちらを見る。


「颯馬、その日いる?」


「まだ一か月以上先だぞ」


「予定を入れないで」


「俺の予定を琴音が決めるのか」


「先に聞いてるだけ」


 琴音の眉が少し上がり、返事を待つ。


 既に母親の前で断りにくい聞き方になっている。


「今のところは空いてる」


「じゃあ、決まり」


「母さんにも確認する」


「昨日聞いたら、大丈夫だって」


「また俺より先に話したのかよ」


「颯馬はいるから」


「予定の話をしてるんだ」


「高瀬家に颯馬がいるのは普通でしょ」


 琴音は当然のことのように言い、スマートフォンへ日付を入力した。


「第四土曜日。忘れないでね」


「琴音の母親が来るのに、俺が覚えるのか」


「お母さんに見てもらいたいから」


「何を?」


 琴音は答えず、スマートフォンを伏せる。


 口元に薄い笑みを浮かべたまま、母親の方を向いた。


「夕方なら、おばさんも帰ってると思う」


「では、勤務が決まってから改めて連絡するわ」


「うん」


 高瀬家を訪れる話は、俺が口を挟む前にほとんど決まっていた。


     ◇


 母親と別れ、帰りの電車へ乗る。


 琴音は窓側へ座り、鞄を膝へ抱えている。


「怒られなかった」


「怒られると思ってたのか」


「少しだけ」


「なら、見えないところへ入れておけよ」


「隠したくなかったから」


「見つかったときは固まってただろ」


「急だったから」


 琴音は窓へ顔を向けた。


 夕方のガラスには、隠しているつもりらしい笑みが映っている。


「お母さんに、颯馬が渡したって言えた」


「何でそこがそんなに大事なんだよ」


「颯馬が決めてくれたから」


「母さんにも言われてた」


「それでも、最後に決めたのは颯馬でしょ」


「外で待たれると面倒だっただけだ」


「うん」


 琴音は否定しなかった。


 その返事の方が、余計に納得されていない気がする。


「何だよ」


「面倒だからでも、渡してくれたのは同じだから」


 琴音は鞄の上から鍵の場所を押さえた。


「お母さんが来る日も、私が高瀬家を開けていい?」


「俺か母さんがいるだろ」


「自分で開けたい」


「何で」


「見せたいから」


「鍵を?」


「私が帰るところ」


 琴音は言い切ったあと、窓へ視線を戻した。


 耳だけが少し赤い。


「母親の前で、ただいまって言う気か」


「いつも言ってるでしょ」


「わざわざ見せることじゃない」


「私には大事だよ」


 母親に何を分かってもらいたいのか。


 聞こうと思ったが、琴音は鞄を抱いたまま目を閉じた。


「寝るのか」


「少しだけ」


「降りる駅を忘れるなよ」


「颯馬がいるから大丈夫」


「起こすとは言ってない」


「起こして」


 琴音は目を閉じたまま、口元を緩めた。


 電車が揺れるたび、琴音の肩がこちらへ少し近づく。そのたびに自分で戻していたが、何度目かには戻さなくなった。


     ◇


 最寄り駅を出る頃には、空が暗くなり始めていた。


 相沢家へ帰る前に、琴音は高瀬家の前で足を止める。


「入るのか」


「少しだけ」


「父親と話すんだろ」


「まだ帰ってないって」


 琴音は鞄から鍵を取り出した。


 俺も鍵を持っているため、琴音が開ける必要はない。それでも何も言わずに待つ。


 紺色のキーホルダーが揺れ、鍵が回った。


 琴音は扉を開け、先に玄関へ入る。


「ただいま」


「一緒に帰ってきただろ」


「言って」


 琴音が振り返る。


 大学にいたときより、母親と話していたときより、表情から力が抜けていた。


「おかえり」


 琴音の口元が緩んだ。


「うん」


 靴を脱いだところで、琴音のスマートフォンが震える。


 父親からだった。


『お母さんから連絡をもらった。帰ったら、三月のことを話そう』


 琴音は画面を読み、さっきまで上がっていた口元を静かに戻した。


「先に帰るね」


「送る必要あるか?」


「隣だよ」


「知ってる」


 琴音は今開けたばかりの扉から外へ出た。


 その足元へ、郵便受けから落ちた広告が一枚滑ってくる。


 駅前の百貨店のチラシだった。


 赤や茶色の箱が並び、上には大きくバレンタインフェアと書かれている。


 琴音が拾い上げた。


「これ、颯馬の家のだよ」


「ああ」


 受け取ろうとしたが、琴音は表紙を見たまま動かなかった。


 視線の先には、濃い紺色の箱が載っている。


「琴音?」


「何でもない」


 チラシをこちらへ渡す。


「じゃあ、おやすみ」


「ああ」


 琴音は隣の家へ戻っていった。


 手元に残ったチラシには、二月一日から十四日までと書かれている。


 濃い紺色の箱の下にある商品名だけを、琴音の視線を追うように読んだ。


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