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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第4章 春からは

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第40話 知らない街の大学

 土曜日の朝、駅へ着くと、琴音は既に改札の前にいた。


 白いコートの下には淡い青色のニットを着ている。肩に掛けた鞄は普段より小さく、手には紙の切符が二枚あった。


「早いな」


「颯馬が遅れたら困るから」


「待ち合わせの十分前だぞ」


「私も今来たところ」


「切符を二枚買う時間はあったんだな」


 琴音が手元を見る。


「交通費は自分で出すって言ったよね」


「だから一枚返せ」


「帰りに何か買って」


「何を」


「まだ決めてない」


「それなら現金で返す」


「駄目」


 琴音は一枚を俺へ押しつけ、改札を通った。


 追いかけなければ電車に乗り遅れる。


 仕方なく受け取り、後に続く。


 休日の車内は空いていた。


 琴音は窓側へ座り、鞄を膝へ置く。隣へ座ると、乗換案内の画面を開いた。


「次は四十二分後」


「乗り換えは?」


「三番線」


「調べてるなら、ずっと画面を見なくていいだろ」


「間違えたら困るから」


「一度しか乗り換えない」


「颯馬を連れてきたから」


「俺がいなければ間違えてもいいのかよ」


「一人なら自分だけだから」


 琴音は画面を閉じた。


 窓の外を建物が流れていく。


 見慣れた住宅地を越え、川を渡り、駅名も知らないものへ変わっていった。


「お母さんには、今日行くって伝えたのか」


「うん」


「大学で会うのか?」


「午前中は仕事。終わったら連絡するって」


「会うつもりだったのか」


「まだ決めてないよ」


「母親のいる街まで来て、会わないのも変だろ」


「颯馬がいるから」


 琴音がこちらを見る。


「邪魔か」


「ううん。お母さんには、一人で大学を見るとは言ってないから」


「俺のことを知らない?」


「名前は知ってるよ」


「どこまで」


「幼なじみで、隣に住んでて、金曜日に御飯を食べてたこと」


「昔の話みたいだな」


「今も食べてるとは言ってない」


「何で」


「聞かれてないから」


 琴音は窓へ視線を戻した。


 高瀬家の鍵を持っていることも、金曜日以外に来るようになったことも話していないらしい。


「会ったら説明するのか」


「会ったらね」


「母親から見れば、娘が男と大学を見に来てるんだぞ」


 琴音の肩がわずかに動いた。


「そういう言い方しないで」


「間違ってないだろ」


「友達でも一緒に来ることはあるよ」


「なら説明すればいい」


「颯馬は平気なの?」


「何が」


「お母さんに会うの」


「琴音の母親だろ」


「だから聞いてるの」


 琴音は口元を引き結んでいる。


 俺が気にする理由はない。


 そう答えようとして、琴音が何を心配しているのか分からなくなった。


「会うことになったら考える」


「そうだね」


 琴音は少しだけ息を吐き、窓へ額を近づけた。


     ◇


 大学は駅から緩い坂を上った先にあった。


 門の横には守衛室があり、見学だと伝えると、構内図を一枚渡された。


「広い」


 琴音が地図を眺めて目を見開いた。


「高校よりはな」


「この棟から駅まで、何分かかるかな」


「正門まででも五分以上あるだろ」


「授業が終わってから電車に乗るまで、二十分くらい?」


「混んでたらもっとかかる」


 琴音は構内図の端へ、小さく数字を書き込んだ。


 案内板に従い、琴音が考えている学部の建物へ向かう。


 ガラス張りの入口は閉まっていたが、中の掲示板やロビーは見えた。壁には研究内容を紹介するポスターが並んでいる。


 琴音は一枚ずつ足を止めて読んだ。


「興味あるのか」


「うん。こっちの大学より、選べる授業が多いみたい」


「昨日は、どっちでも同じように勉強できるって言ってただろ」


「同じではないよ。どっちでもやりたいことはできるって言ったの」


「違うのか」


「少し違う」


 琴音の目は掲示物を追っている。


 母親と暮らせることだけで候補にしたわけではないらしい。


 次の建物へ移る途中、ベンチの横に学生向けの掲示板を見つけた。サークルの案内やアルバイト募集が貼られている。


「入るなら、何をするんだ」


「サークル?」


「今は何もしてないだろ」


「料理のサークルがあったら入るかも」


「家で作ればいい」


「友達を作るためだよ」


「料理はついでか」


「颯馬に教わったのと違う物を作れるようになるかもしれない」


「俺に聞かなくて済むな」


 琴音の足が止まる。


「そういうこと言う」


「何が」


「聞かなくて済むようにしたいわけじゃないよ」


 琴音は頬をわずかに膨らませたまま、掲示板へ向き直った。


「一人でできるようになっても、颯馬には聞く」


「何を」


「今日作った物が合ってるか」


「写真で?」


「帰れたら、食べてもらう」


「毎回?」


「嫌?」


「量による」


 琴音の口元が緩んだ。


「なら、一人分より多く作る」


「最初から俺の分を入れるな」


「颯馬が食べないなら、朝に食べるよ」


 もう向こうで生活する場面を考えている。


 その生活から俺を外す気はないらしい。


     ◇


 昼は、大学近くの店で食べることになった。


 予定していた食堂は休みだったため、駅へ戻る途中の定食屋へ入る。


 琴音はメニューを開き、魚の定食と親子丼を見比べている。


「決まらないのか」


「親子丼、前に作ったでしょ」


「ああ」


「店の物と比べたい」


「なら親子丼にしろよ」


「魚も食べたい」


「俺が魚にするから、少しやる」


 答えてから、琴音の目元が緩んだ。


「交換する?」


「一口だけな」


「じゃあ、親子丼」


 店員へ注文し、琴音は大学でもらった構内図を折り畳んだ。


「颯馬は、どうだった?」


「何が」


「大学」


「普通に大学だった」


「ちゃんと見てた?」


「駅から遠い。近くの店は少ない。学食は土曜に閉まってる」


「生活のことばかり」


「毎日通うなら重要だろ」


「学部は?」


「俺がやりたいことは、まだ分からない」


「来なきゃよかった?」


 琴音の表情がわずかに曇った。


「そんなことは言ってない」


「じゃあ、来てよかった?」


「実際に見ないと分からないことはあった」


「どんなこと?」


「琴音が、母親だけで選んだわけじゃないこと」


 琴音が瞬きをする。


 少しして、頬の力を抜いた。


「うん」


「授業も気になるんだろ」


「どっちも理由だよ」


「なら、志望理由に書けるな」


「まだ第一希望にはしない」


「決めたみたいになるから?」


「それもあるけど」


 琴音は構内図を鞄へしまう。


「颯馬がどう思うか、まだ全部聞いてないから」


 俺の返事を待って、進路を決めるつもりではない。


 それでも、決める前に話す相手から外す気もないらしい。


 料理が運ばれてくる。


 琴音は自分の親子丼より先に、俺の焼き魚へ視線を向けた。


「一口」


「まだ自分の方も食べてないだろ」


「約束した」


 魚の端を小皿へ置くと、琴音の口元が緩んだ。


「颯馬も親子丼、食べる?」


「少しだけな」


 琴音が箸を入れようとしたところで、食卓の上のスマートフォンが震えた。


 画面を見た琴音の笑みが止まる。


「お母さん?」


「仕事、終わったって」


「そうか」


「駅前まで来てるみたい」


 琴音は画面を見たあと、俺へ視線を移した。


「颯馬も一緒に会うって、返していい?」


 箸を持ったまま、答えを待っている。


 母親に挨拶するだけだ。


 そう考えたのに、琴音が俺を何と紹介するのかまでは聞けなかった。

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