↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第4章 春からは

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/65

第39話 週末の予定

 玄関を開けると、リビングからテレビの音が聞こえた。


 靴を脱ぎ、廊下へ上がる。


「おかえり」


 琴音はソファの端に横向きで座り、クッションへ頬を載せていた。


 食卓には開いた教科書とノートがある。勉強していた形跡は残っているが、今はテレビで紹介されている駅前の店を眺めていた。


「ただいまは?」


「入ったときに言ったよ」


「誰に」


「誰もいなかったけど」


 以前は俺が帰るまで待っていたが、今は一人でも言うらしい。


 鞄を置き、上着を脱ぐ。


「宿題は終わったのか」


「あと一問」


「先にやれよ」


「颯馬が帰ってきたら休憩するって決めてたから」


「俺が帰る前からテレビを見てただろ」


「音だけ聞いてた」


 琴音の隣には、菓子の空袋が置かれている。


「食べながら?」


「それは勉強しながら」


「テレビも見て、菓子も食べて、何をやってたんだよ」


「宿題」


 琴音はクッションへ頬をつけたまま答えた。


 鍵を渡してから、高瀬家で待つことに遠慮がなくなった。


 学校から俺より先に帰れば、メッセージを一件送って中へ入る。宿題をする日もあれば、テレビを見ている日もある。


 母さんと帰宅が重なった日は、一緒に洗濯物まで畳んでいた。


 弁当箱の場所だけでなく、タオルをしまう棚まで琴音の方が知るようになっている。


「飲み物は?」


「まだ」


「勝手に入れればいいだろ」


「冷蔵庫は勝手に開けるなって言ったよね」


「俺がいないときの話だ」


「今はいるから、開けていい?」


「そこまで聞かなくても開けていいよ」


 琴音が勢いよく身体を起こした。


 子供のようにはしゃぎながら、台所へ向かう。


「颯馬も飲む?」


「麦茶」


「私も同じにする」


「好きにしろ」


 二人分のコップを持って戻り、片方をこちらへ置く。


 琴音は再びソファへ座ったが、教科書を開こうとはしなかった。


「あと一問は?」


「休憩のあと」


「いつ終わるんだよ」


「颯馬が休憩を終えたら」


「俺は今帰ってきたところだぞ」


「だから少し休んでいいよ」


 自分が休みたいだけだろう。


 琴音は麦茶を一口飲み、ソファの横に置いた鞄へ手を伸ばした。


「お母さんから、これが届いた」


 取り出したのは、何冊かの大学案内だった。


 琴音が第二希望へ書いた大学の物もある。ほかにも二校あり、表紙には見覚えのない校舎の写真が載っていた。


「郵送?」


「うん。お母さんが取り寄せて送ってくれたの」


「返事を待ってもらってるのに、案内は送ってくるんだな」


「急がなくていいけど、見るだけ見てほしいって」


 琴音は一番上の冊子を開いた。


 付箋が何枚か挟まれている。学部紹介、授業内容、学生生活。母親が貼ったらしく、短い文字も添えられていた。


「ちゃんと読んだのか」


「少し」


「いつ届いたんだ」


「一昨日」


「少ししか読んでないのかよ」


「一人で読むと、行くつもりになったみたいでなんか悔しい」


 琴音の指が、母親の字をなぞる。


 第一希望へ大学名を書かなかったときと同じだった。


 調べることと決めることを、琴音は簡単には分けられないらしい。


「読むだけで進路は決まらないだろ」


「分かってるよ」


「なら読めばいい」


「一緒に見る?」


 琴音は冊子を持ち上げた。


 最初から、そのために高瀬家へ持ってきたように見える。


「宿題は?」


「一問だけだから、あとでやる」


「提出は明日だろ」


「大学を決める方が大事だよ」


「今すぐ決めないって言ってたじゃないか」


「見るだけ」


 自分で言って、琴音の口角が少し上がった。


 断られないと分かっている顔だった。


 隣へ座ると、琴音が冊子を二人の間へ置く。


 学部紹介のページには、授業名や研究分野が並んでいた。琴音は付箋のついた箇所を一つずつ開いていく。


「これが、この前話してた学部」


「地元の大学にも似たのがあるんだろ」


「あるよ。でも、選べる授業はこっちの方が多い」


「母親の家からは?」


「電車で三十分とか」


「近いな」


「さすがにこっちの家からは通えないけどね」


 琴音の指がページの上で止まる。


「毎日新幹線に乗れば別だろ」


「学費より高くなりそう」


「なら無理だな」


「簡単に言うね」


「琴音も分かってただろ」


「分かってたけど」


 琴音はページをめくった。


 キャンパスマップ、図書館、食堂、学生寮。写真だけでは、地元の大学との違いはよく分からない。


「ここ、土曜日なら見られるんだって」


 琴音が見学案内の欄を指す。


「説明会があるのか」


「説明会はないけど、構内には入れるみたい。建物の外と、図書館の一部」


「母親に聞いたのか」


「うん。お母さんも、見てから考えた方がいいって」


「一緒に行けばいいだろ」


「仕事があるから、今週は無理だって」


「別の日にすればいい」


「お父さんも今週末は仕事なの」


「なら来週」


 琴音はページへ視線を落とした。


 行く時期を急ぐ必要はないはずだ。


 それでも、指先は今週の見学可能日を押さえたまま動かない。


「今週、行きたいのか」


「少し」


「何で」


「写真だけ見てると、ずっと決められない気がするから」


 琴音は冊子を閉じかけ、また開いた。


「一人でも行けるよ。前にお母さんのところへ行ったことがあるから、電車も分かるし」


「なら行けばいいだろ」


「うん」


 返事はしたが、冊子を鞄へ戻そうとはしない。


 琴音の目が、一度こちらへ向く。


 すぐに見学案内へ戻った。


「何だよ」


「何も言ってないよ」


「顔に出てる」


「颯馬も分かるようになったんだ」


「前から分かる」


 答えると、琴音の目元がわずかに緩んだ。


「週末、予定ある?」


「ない」


「そう」


「それだけか」


「一人で行けるって言ったから」


「一緒に行ってほしいなら、そう言えばいいだろ」


 琴音が顔を上げる。


 何度か瞬きをしたあと、抱えていたクッションを膝の上へ置き直した。


「来てくれるの?」


「見るだけだろ」


「颯馬は受けないかもしれないよ」


「そんなの今は分からない」


 自分で言ってから、琴音が笑った。


「さっき調べるだけで決まらないって言ったの、颯馬だよ」


「琴音が一人で行くよりはましだろ」


「心配?」


「知らない街で迷われると面倒だからな」


「行ったことあるよ」


「大学までは?」


「ない」


「なら同じだ」


 琴音は冊子を閉じ、表紙を両手で押さえた。


 唇を結ぼうとしているが、口角は上がったままだ。


「一緒に行きたい」


 今度は、はっきり言った。


「最初から言えよ」


「断られたら、一人で行くつもりだったから」


「断ってないだろ」


「今はね」


 琴音は鞄からスマートフォンを取り出し、乗換案内を開いた。


「朝八時十二分」


「もう調べてるのか」


「行くなら、この電車がちょうどいいよ」


「一人のつもりだったんじゃないのか」


「二人でも同じ電車に乗れるでしょ」


 人数で時刻は変わらない。


「交通費は?」


「私が出す」


「自分の分は自分で払う」


「私が誘ったのに?」


「関係ない」


「じゃあ、お昼は私が出す」


「高校生同士で奢るな」


「この前、団子を買ってもらったよ」


「一本だろ」


「大学の近くに安い店があるか探す」


「話を聞け」


 琴音は地図を開き、大学周辺の店を調べ始めた。


 進路希望調査の第一希望は、まだ空欄だ。


 それなのに、週末に乗る電車と昼飯の場所だけが先に決まり始めている。


「お母さんには、颯馬も行くって言っていい?」


「隠す必要あるか?」


「ないけど」


 琴音の指が止まった。


「名前は知ってるよ」


「俺の?」


「幼なじみで、隣に住んでることも」


「金曜日の夕飯は?」


「昔のことは知ってる」


「今も続いてることは?」


「言ってない」


「何で」


「聞かれてないから」


 琴音は少し考え、母親とのメッセージ画面を開いた。


「高瀬家の鍵を持ってることも、まだ言ってない」


「それも聞かれてないからか」


「うん」


 答えながら、琴音の手が鞄の内ポケットへ向かう。


 紺色のキーホルダーへ触れ、すぐに離した。


「お母さんと仲が悪いわけじゃないよ」


「分かってる」


「小学校へ入る前までは、三人で住んでた。別々に暮らすことになって、お父さんの仕事と私の学校がこっちだったから、そのままお父さんと住んだの」


「別居してるのは知ってる。決まった時泣きながら俺に言っただろ」


「どっちも好きだもん。離れ離れは嫌」


 琴音の口元から笑みが消えた。一人で呟くように続ける。


「お父さんと暮らすことを選んだだけ。お母さんを選ばなかったわけじゃない」


「ああ」


「だから、一緒に暮らさないかって言われて、嫌じゃなかった」


 琴音は大学案内へ視線を落とした。


「でも、今度は自分で全部決めるから」


 大学だけではない。


 父親と暮らす今の家も、学校の友人も、高瀬家の鍵も、金曜日の夕飯も含めて決めることになる。


「週末に見たくらいで、全部は決まらないだろ」


「うん」


「なら、見るだけ見ればいい」


「颯馬も一緒に?」


「もちろん」


 琴音の顔から硬さが抜ける。


 口元がゆっくり緩み、スマートフォンを持つ指まで落ち着いた。


「ありがとう」


「まだ何もしてない」


「一緒に行くって決めた」


「それだけだろ」


「私にとっては、それだけじゃない」


 琴音は母親へメッセージを打ち始めた。


 画面は見えない。


 送信したあと、満足そうにスマートフォンを伏せる。


「何て送ったんだ」


「週末に大学を見に行くって」


「俺のことは?」


「一緒に行く人がいるって書いた」


「名前は」


「聞かれたら言う」


「最初から言えよ」


「聞かれなかったら?」


「好きにしろ」


 琴音は声を立てずに笑った。


「颯馬」


「何」


「宿題、終わったら時刻表を一緒に確認して」


「先に残り一問をやれ」


「終わったら?」


「見る」


「待っててね」


「どこにも行かない」


「分かってる」


 そう答えながら、琴音は一度スマートフォンを確認した。


 画面を伏せ、問題集へ向き直る。


 数秒後、また振動した。


「お母さん?」


「うん」


「何て?」


 琴音は届いたメッセージを読み、シャープペンシルを持ったまま動かなくなった。


「琴音」


「今週、その街にいるって」


「住んでるんだから、そりゃいるだろ」


「そうじゃなくて」


 琴音はスマートフォンをこちらへ向けた。


『大学を見終わったら、少し会えない?』


 その下には、もう一文続いている。


『一緒に来る人にも、よかったら挨拶させて』


「俺のこと、書いたのか」


「一緒に行く人がいるってだけ」


「名前は?」


「書いてない」


 それなのに、母親は俺が同行することを知っているような文章だった。


「どうする?」


 琴音が尋ねる。


 週末は大学を見るだけの予定だった。


 返事を待っているのは、琴音の母親だけではなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。