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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第4章 春からは

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第37話 空欄と合鍵

 進路希望調査の提出期限は、翌週の金曜日だった。


 第一希望から第三希望まで、大学名と学部を書く欄がある。その下には、志望理由を短く記入する枠も用意されていた。


「一週間で決める物なのか、これ」


 佐々木が用紙を机へ置く。


「今の時点での希望だから、あとで変えてもいいって言ってたでしょ」


 三浦は既に一つ目の欄へ大学名を書いていた。


「美咲、決まってるのか?」


「候補は三つあるよ。順番で迷ってるけど」


「栞さんは?」


「二つ。三つ目は空欄にする」


 小宮山の用紙には、細かな字で大学名が二つ並んでいる。


「琴音さんは?」


 佐々木は次々と尋ねる。


 琴音は用紙を机へ置いたまま、まだ何も書いていなかった。


「考えてるところ」


「高瀬は?」


「家から通える範囲」


「俺と同じじゃないか」


「佐々木は範囲も決めてないだろ」


「国内」


「広すぎる」


 佐々木は進路希望調査を裏返した。


 見えなくしても、空欄が埋まるわけではない。


 俺は第一希望へ、以前から候補にしていた大学を書く。県外で一人暮らしをする理由もなく、母さんの勤務を考えても、今の家から通う方が都合はよかった。


 隣で紙の擦れる音がした。


 琴音が、第一希望を空けたまま第二希望へ大学名を書いている。


 大学名の上にある県名だけが目に入った。


 ここから通える場所ではない。昨夜聞いた、母親の住む地域だった。


「そこ、候補にしてるのか」


 琴音のペン先が止まった。


「見たの?」


「少しだけ見えた。隠してなかっただろ」


「隠してないよ」


 口ではそう答えながら、琴音は用紙の端を指で押さえた。裏返しはしない。


「お母さんの家から通えるところ」


「昨日言ってた大学か」


「一つだけじゃないけど、近いのはここ」


「受けるのか」


「まだ候補」


「第二希望に書いたのに?」


「第一希望が決まってないから」


「順番が逆じゃないか」


「一番上に書いたら、決めたみたいになるでしょ」


 琴音は第二希望の文字を見つめたまま、唇をわずかに結んだ。


 書く場所を一段下げても候補に入れたことは変わらない。ただ、琴音には違うらしい。


「高瀬、琴音さんの進路を知ってたのか?」


「昨日聞いただけだ」


「昨日?」


「夕飯のとき」


 三浦がこちらを見る。


「冬休み最後の夕飯を一緒に食べたの?」


「初詣の帰りに決めた」


「二人で?」


「母さんは日勤だったからな」


「そうなんだ」


 三浦の口元が緩んだ。


「何だよ」


「何も言ってないけど」


「顔に出てる」


「高瀬君、琴音以外の顔も分かるようになったんだ」


「今のは誰でも分かるだろ」


 琴音が自分の用紙を手前へ引いた。


「ミサ、颯馬の話より自分の順番を決めたら?」


「三つとも書いたよ」


「なら提出できるね」


 琴音の声が、さっきより少しだけ硬い。


 三浦は気づいたらしく、笑いを収めて自分の用紙へ戻った。


「俺も第二希望から決めようかな」


 佐々木が進路希望調査を表へ戻す。


「高瀬と同じところ」


「勝手に入れるな」


「知ってるやつがいた方が安心だろ」


「佐々木の進路を俺で決めるな」


「琴音さんも、お母さんの近くなら安心だから入れたんだろ?」


「それだけじゃないよ」


「他にも理由があるの?」


「学びたいことも考えてる」


「何を学びたいんだ?」


「まだ言わない」


「どうして俺には教えてくれないんだよ」


「悠真君に話したら、決まったことみたいに広めそうだから」


「俺の信用、低くない?」


「今の質問で上がると思った?」


 三浦が吹き出し、小宮山も口元をわずかに緩めた。


 琴音も一度だけ笑ったが、用紙へ視線を戻すと、すぐに表情が静かになった。


 第二希望の大学名。


 その下の志望理由は、空欄のままだった。


     ◇


 昼食を終え、階段の前で別れるところで琴音が足を止めた。


「颯馬」


「何」


「これ、一緒に考えてほしい」


 鞄から進路希望調査を少し出す。


「志望校を?」


「理由を書くところ。決めてもらいたいわけじゃないよ」


「自分で書く物だろ」


「書く前に話したいの」


 琴音は用紙を鞄へ戻し、こちらの返事を待った。目を逸らさないが、鞄の持ち手を握る指には力が入っている。


「今日でいいなら」


 琴音の眉が上がった。


「放課後、予定ないの?」


「ない」


「じゃあ、高瀬家に行っていい?」


「金曜日じゃないぞ」


「昨日も金曜日じゃなかったよ」


 琴音の頬が少し緩む。断られないと分かった顔だった。


「一度帰るんだろ」


「着替えてから行く」


「俺より早く着いたら?」


「家の前で待ってる」


「寒いだろ」


「すぐ帰ってくる?」


「琴音より遅いかもしれない」


「じゃあ、自分の家で待つよ」


 琴音は簡単に引き、教室へ戻ろうとした。


 その背中を見て、母さんに言われていたことを思い出す。


「琴音」


 琴音が振り返った。


「鍵、持ってくか」


 一度瞬きをし、それからもう一度した。


「どこの?」


「うち以外に何があるんだよ」


「高瀬家の?」


「ああ。母さんが、最近よく来るなら渡しておけって言ってた」


「おばさんが?」


「毎回チャイムを鳴らすのも面倒だろ」


 琴音は黙ったまま、こちらを見ている。


 驚いているのかと思ったが、少しずつ口角が上がっていった。


「颯馬は、いいの?」


「嫌なら言わない」


「本当に?」


「何回聞くんだよ」


「だって、颯馬の家の鍵でしょ」


「母さんの家でもある」


「颯馬の家でもあるよ」


「だから俺が渡すって言ってる」


 琴音は唇を引き締めようとしたが、上がった口元を隠しきれていなかった。


「いる」


「まだ出してないぞ」


「もらう」


「なくすなよ」


「なくさない」


「勝手に入るな。俺がいないときは連絡しろ」


「返事がなかったら?」


「急ぎじゃなければ待て」


「先に帰っていいって言われてたら?」


「入っていい」


「ただいまって言って?」


「誰もいないだろ」


「颯馬が帰ってきたら言う」


 そんなことまで決めてもしょうがないと思ったが、口にはしなかった。


「鍵は家にある。四時くらいに来い」


「もっと早くてもいい?」


「俺が帰ってない」


「鍵があれば入れるよ」


「まだ渡してないだろ」


「じゃあ、颯馬が帰る時間に行く」


 琴音は満足したように頷いた。教室へ戻りかけ、また振り返る。


「颯馬」


「今度は何」


「忘れないでね」


「進路希望調査を?」


「鍵」


 琴音は笑みを隠さないまま、自分の教室へ戻っていった。


 俺の手には、第一希望まで書き終えた進路希望調査がある。


 琴音の第一希望は空欄のままだった。


     ◇


 四時を少し過ぎた頃、玄関のチャイムが鳴った。


 扉を開けると、着替えを済ませた琴音が立っていた。


「鍵を渡すって言っただろ。何で鳴らすんだよ」


「まだもらってないから」


 琴音は靴を脱ぐ。


「ただいま」


「おかえり」


 玄関脇の棚から、予備の鍵を取る。母さんが付けた紺色のキーホルダーが揺れた。


「ほら」


 差し出すと、琴音はすぐには受け取らなかった。


「本当に、私が持ってていいの?」


「昼にも聞いただろ」


「颯馬の家に、私の鍵があるの、変じゃない?」


「琴音の鍵じゃない。うちの鍵だ」


「私が持ってる、高瀬家の鍵」


「同じだろ」


「少し違うよ」


 琴音は両手で受け取った。


 キーホルダーを指で裏返し、鍵の形を確かめる。目元が柔らかく細まり、朝の卵焼きが成功したときより嬉しそうだった。


「嫌になったら返せよ」


「ならないよ」


 返事が早い。


「まだ何も言ってないだろ」


「返さない」


 琴音は鍵を鞄の内ポケットへ入れ、ファスナーを閉めた。その上から一度、二度と押さえる。


「なくすな」


「うん」


「今度は鍵を使えよ」


「今日は颯馬がいたから」


「いても使っていい」


「じゃあ、次は自分で帰るね」


 琴音の口元がまた緩んだ。


 進路希望調査は、まだ鞄の中にある。

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