↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第4章 春からは

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/65

第36話 七時の卵焼き

 翌朝、目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。


 時計は六時四十三分。


 起きるには少し早いが、もう一度眠るには短い。布団の中で三分ほど過ごし、諦めて身体を起こした。


 カーテンを開ける。


 隣の家の台所には、既に明かりがついていた。


 琴音が起きているか確認する必要はなくなった。


 洗面所で顔を洗い、台所へ下りる。冷蔵庫から卵と、昨夜詰めておいた弁当箱を取り出した。


 二人とも同じ鶏じゃが。


 卵焼きまで同じにする必要はないと思うが、琴音は作ると言っていた。


 卵を割り、砂糖と醤油を少し入れる。フライパンを火へかけたところで、時計が七時になった。


 スマートフォンを手に取る。


 こちらからかけると決めた。


 通話ボタンを押してから、呼び出し音が一度鳴る。


『もしもし』


「早いな」


『待ってたから』


「電話に出るのを?」


『七時を』


 同じ意味に聞こえるが、琴音の中では違うらしい。


 電話の向こうから、食器の触れる音がした。


「準備できてるのか」


『卵は混ぜたよ』


「フライパンは?」


『火にかけてる』


「火加減は」


『中火』


「弱火って昨日言っただろ」


『まだ卵は入れてないよ』


「先に弱くしろ」


『今した』


 琴音の声の向こうで、コンロを操作する音がした。


 俺もフライパンへ油を引く。


「キッチンペーパーで広げて」


『もう広げた』


「油、多すぎないか」


『颯馬の家より小さいフライパンだから分からない』


「大きさと油の量は関係あるだろ」


『少し拭いた方がいい?』


「表面に溜まってるなら」


『溜まってる』


「入れすぎだ」


『先に言ってよ』


「見えてないのに分かるか」


 水を流す音が聞こえた。


「何してる」


『手を洗ってる』


「油を拭く前に?」


『キッチンペーパーを触るから』


「その前に卵を触ってただろ」


『殻は触ったけど、中身は触ってないよ』


 衛生面の問題としては間違っていないが、今の話の中心ではない。


『颯馬はもう作ってるの?』


「今から入れる」


『待って』


「何で」


『同じときに入れたい』


「電話で合わせる意味あるか?」


『同じお弁当にするんでしょ』


「おかずが同じだけだ」


『卵焼きも同じになるよ』


 琴音は昨日から、同じであることに妙にこだわっている。


 先に作ったところで結果は変わらない。そう思いながらも、卵液を入れる手を止めた。


「準備できたのか」


『うん』


「じゃあ、三分の一くらい入れて」


『三分の一って、どのくらい?』


「全部を三つに分けた一つ分だよ」


『見れば分かる?』


「だいたいでいい」


『昨日、料理はだいたいで作るなって言ったよ』


「卵焼きの一回分を量るやつはいない」


『いるかもしれない』


「少なくとも俺は量らない」


『分かった。入れるね』


 電話の向こうと手元から、ほとんど同時に油の弾ける音がした。


『広げる?』


「フライパンを傾けろ」


『菜箸で広げたら駄目?』


「破れるぞ」


『少し破れた』


「言った直後にやるなよ」


『もう触ってたから』


 琴音の方が一歩早かったらしい。


「固まる前に巻け」


『どっちから?』


「奥から手前」


 菜箸で卵の端を持ち上げる。


 俺の方は問題なく巻けた。


 電話の向こうでは、琴音が息を止めているらしい。何も聞こえなくなったあと、フライパンの縁へ何かが当たった。


「落としたのか」


『落としてないよ』


「なら何の音だ」


『少し横へ行っただけ』


「何が」


『卵焼き』


「フライパンの外に出たなら、落としたって言うんだよ」


『台の上だから大丈夫』


「食べる気か?」


『端だけだから切る』


 俺へ電話したことで成功率が上がったのかは分からない。


「火、消せ」


『まだ一回しか巻いてないよ』


「拾ってる間に焦げる」


『あ』


 琴音が短く声を上げた。


 言われる前に、焦げたらしい。


「弱火にしたんじゃないのか」


『したよ。でも、少し茶色い』


「少しくらいなら問題ない」


『颯馬のは?』


「普通」


『同じじゃなくなった』


「最初から別々に作ってるだろ」


『味は同じくらい?』


「食べてないから分からない」


『お昼に交換する?』


「何で失敗した方を俺が食べるんだよ」


『颯馬が教えたから』


「失敗したのは琴音が先に触ったからだ」


『じゃあ、一口ずつ』


 交換することだけは変えないらしい。


 琴音が二回目の卵液を入れる。今度は指示を待ち、火加減と巻く順番を確認した。


 その分、俺の手元がおろそかになる。


 巻く直前まで置きすぎて、表面が少し乾いた。


『颯馬?』


「何」


『今、焦げた?』


「焦げてない」


『返事が遅かった』


「琴音のせいで巻くのが遅れただけだ」


『じゃあ、颯馬のも少し失敗?』


「食べられる」


『同じだね』


「同じにする必要ないだろ」


『でも、同じになった』


 声だけで、琴音が納得しているのが分かる。


 失敗した卵焼きを二つ作っただけだ。


 それでも、昨日用意した同じ鶏じゃがの横へ入れれば、弁当の中身はほとんど同じになる。


『できた』


「火を消したか」


『消したよ』


「すぐ切るな。少し冷ませ」


『分かってる』


「昨日は温かいまま蓋を閉めようとしてただろ」


『今日は颯馬がいるから』


「電話だろ」


『でも、いるでしょ』


 答えずに、自分の卵焼きを皿へ移す。


 電話の向こうで、琴音も同じように皿を置く音がした。


『颯馬』


「何」


『かけてくれてありがとう』


「約束したからな」


『うん』


 朝から卵焼きを一つ作っただけで、礼を言われるようなことではない。


「学校へ行く準備しろよ」


『お弁当、忘れないでね』


「誰に言ってるんだ」


『颯馬、自分の分だけ忘れそう』


「琴音の分を作ったのは俺だぞ」


『卵焼きは私が作ったよ』


「まだ交換すると決まってない」


『一口ずつって決めたでしょ』


「琴音が勝手に言っただけだ」


『嫌?』


「嫌とは言ってない」


 琴音が小さく息を吐く。


 笑ったのかもしれない。


『じゃあ、学校で』


「ああ」


『行ってきます』


 通話が切れる直前に聞こえた。


 家を出たわけでもないのに、誰に向けた言葉なのか。


 切れた画面を一度見てから、スマートフォンを置く。


「行ってらっしゃい」


 返事をしても、もう琴音には聞こえない。


     ◇


 始業式は予定どおり午前で終わった。


 昼休みと呼ぶには少し早い時間に、五人で空いている教室へ集まる。


 三浦は購買のパン、小宮山は弁当を持ってきていた。佐々木だけは袋に入った焼きそばパンとカレーパン、それからスナックパンを一袋机へ並べている。


「冬休み明けから食べすぎじゃない?」


 三浦が佐々木のパンを見る。


「三つだけだぞ」


「炭水化物だらけね」


「カレーには野菜が入ってる」


「はいはい」


 琴音が俺の隣へ座り、昨夜持ち帰った弁当箱を出した。


「高瀬君と琴音、弁当箱が似てない?」


 三浦が蓋を開ける前に気づいた。


「昔、母さんが使ってた物だからな」


「琴音が借りたの?」


「うん」


「中身も同じ?」


 琴音がこちらを見る。


「ほとんど」


 答えると、琴音が先に蓋を開けた。


 鶏じゃがと卵焼き。


 俺の弁当も同じだった。


「本当に同じだ」


 三浦が二つを見比べる。


「卵焼きは別々に作ったよ」


「朝、電話しながら」


 琴音が説明するより先に言うと、三浦の手が止まった。


 小宮山も自分の弁当から顔を上げる。


 佐々木だけがカレーパンの袋を開けていた。


「朝から電話?」


「火加減を聞いただけ」


 琴音が答える。


「高瀬君からかけたの?」


「約束したからな」


「そう」


 三浦はそれ以上何も言わず、パンの袋を開けた。


 何か言いたそうに見えたが、残った言葉までは分からない。


「颯馬、交換」


 琴音が卵焼きを箸で持ち上げる。


「本当にやるのか」


「一口ずつって決めたでしょ」


「決めてない」


「嫌とは言ってないよ」


 朝の返事を、そのまま使われた。


 琴音は俺の弁当へ、自分の卵焼きを一切れ入れる。


 端が少し崩れ、片面が薄く焦げている。


「颯馬のは?」


「自分で取れ」


「どれ?」


「どれでも同じだ」


「一番焦げてるの」


「何でだよ」


「私のも焦げてるから」


 琴音は俺の弁当から、一番色の濃い卵焼きを取った。


 朝は失敗だと言っていたのに、今は少し満足そうに見える。


「電話しても、焦げたんだ」


 小宮山が琴音の卵焼きを見た。


「最初だけ」


「高瀬君のも焦げてる」


「琴音に説明してたからな」


「なら、琴音のせいで同じになったんだ」


 琴音は否定せず、俺の卵焼きを口へ入れた。


「甘い」


「砂糖を入れたからな」


「私のより甘い」


「琴音のは何を入れたんだ」


「砂糖と醤油」


「同じじゃないか」


「量が違ったみたい」


 俺も琴音の卵焼きを食べる。


 焦げた部分に少し苦みがあり、中はほとんど甘くない。


「どう?」


「次は砂糖を増やしな」


「次も電話する?」


「今ので火加減は分かっただろ」


「砂糖の量を聞かないと」


「先に量れ」


「颯馬と同じ量?」


「自分の好きな味にしろよ」


 琴音は俺の弁当へ目を落とした。


「同じでもいいのに」


 小さな声だったが、隣にいるため聞こえた。


 返事を考える前に、教室の前の扉が開いた。


 担任が書類の束を抱えて入ってくる。


「まだ残っていたのか。ちょうどいいから、これを持っていってくれ」


 渡された紙の一番上には、進路希望調査と書かれていた。


 冬休み前にも予告されていた書類だ。


 「もうそんな時期か」


 佐々木が伸びをしながら呟いた。


 琴音が母親から聞かされた話を思い出す。


 琴音の進路は琴音が決めることだ。それだけの事だと何度も反芻した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。