↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第3章 幼なじみと冬休み

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/33

第32話 新年最初のおかえり

 元日の朝、目を覚ましたのは九時を少し過ぎた頃だった。


 カーテンの隙間から入る光が、床の上へ細長く落ちている。昨夜寝たのは一時を回っていたが、普段より少し遅い程度で済んだ。


 枕元のスマートフォンには、琴音からの連絡が一件届いていた。


『おばさん、帰ってきた?』


 送信時刻は八時四十二分。


 母さんの靴を確認するために玄関へ下りる。仕事用の黒い靴が揃えてあり、膨らんでいた鞄も廊下の端へ置かれていた。


『帰ってる』


 返事を送ると、すぐに既読がつく。


『起きてる?』


『今から確認する』


 母さんの部屋の前まで行き、扉を軽く叩いた。


「母さん」


 返事はない。


 もう一度叩いてから、扉を少しだけ開ける。カーテンは閉じられ、布団の中に頭まで埋まっていた。


「一時に初詣」


「聞こえてる」


 布団の中から声だけが返る。


「起きてるのか」


「今、帰ってきたところ」


「靴はあった」


「見れば分かることを報告しないで」


「昼まで寝るんだろ」


「十二時半に起こして」


「一時に出るって」


「着替えるのに五分あれば足りる」


「食事は」


「帰ってから食べる」


 夜勤明けの母さんに、これ以上話しても意味はなさそうだった。扉を閉める直前、布団が少し動く。


「琴音ちゃんたちには、行くって伝えておいて」


「分かった」


 琴音へ母さんが寝たことを送る。


『十二時半に起こす』


『私も十二時半に行くね』


『一時でいい』


『起きなかったら困るでしょ』


『二人で起こす方が困る』


 既読がついたあと、返事は来なかった。


 来ないとは書いていない。


 朝食を済ませ、風呂を洗い、昨夜使わなかった母さんの作り置きを昼用に分ける。正月らしいことは何もしていないのに、テレビだけが朝から晴れ着姿の出演者を映していた。


 冷蔵庫には、相沢家で食べたような料理は入っていない。母さんの作り置きは、豚肉と野菜の炒め物と、容器に小分けされたひじきの煮物だった。


 勤務の合間に正月料理を作る余裕などなかったのだろう。


 母さんは毎年それを気にしない。俺も、家で大晦日を過ごしていた頃は適当に済ませていた。


 今年は相沢家で、三人分の食卓に座った。


 昨夜の写真を開く。


 料理の端に、短い箸が写っている。俺がそこにいた証拠と言うには小さすぎるが、見れば自分には分かった。


 画面を閉じたところで、母さんの部屋から目覚ましが鳴った。


 一度止まり、五分後にまた鳴る。


 十二時半になっても、扉は開かなかった。


 部屋へ行こうとしたところで、玄関のチャイムが鳴る。


 扉を開けると、琴音が白いコートと同じ色のマフラーを巻いて立っていた。片手には、持ち手のついた紙袋がある。


「ただいま」


「本当に来たのか」


「昨日言ったよ」


「一時でいいって送っただろ」


「おばさん、起きた?」


「まだ」


「だから来てよかった」


 琴音は靴を脱ぎ、廊下へ上がる。母さんの仕事用の鞄を見て、帰宅していることを自分でも確認した。


「その袋は?」


「お父さんから。黒豆と煮物」


「昨日食べただろ」


「元日用は別に取ってあったから」


「自分の家で食べる分じゃないのか」


「まだ残ってるよ」


 琴音は台所へ入ると、保存容器を冷蔵庫へ収めた。どの段に空きがあるか、一度開けただけで判断している。


「おばさん、何か食べた?」


「まだだと思う」


「病院では?」


「俺に聞くなよ」


「看護師って、忙しいと食事が遅くなることもあるって聞いたから」


「母さんは食えるときに食う」


「じゃあ、起きたら聞こう」


 琴音は自分が持ってきた料理なのに、食べさせることまで勝手に決めなかった。


 母さんの部屋から三度目の目覚ましが鳴る。


「起こしてくる」


 俺が廊下へ出ると、琴音も後ろからついてきた。


「何で来るんだ」


「私も挨拶する」


「起きてからでいい」


「起きなかったら?」


「布団を剥がす」


「本当にするの?」


「必要なら」


 扉を叩く。


「母さん、十二時半」


「あと十分」


「一時に出るんだろ」


「十二時四十分に起きる」


 琴音が俺の後ろから扉へ顔を寄せた。


「おばさん、琴音です」


 部屋の中が静かになる。


 数秒後、布団の擦れる音がした。


「琴音ちゃん?」


「はい。起こしに来ました」


「今起きる」


 さっきまでの抵抗が嘘のようだった。


 俺が扉から離れると、琴音は口元へマフラーを寄せる。


「私の方が効いたね」


「外面がいいだけだ」


「使えるものは使った方がいいでしょ」


 琴音は自分の手柄のように言いながら、リビングへ戻った。


 母さんが着替えて出てきたのは、十二時四十五分だった。髪は一つにまとめられているが、足取りは普段より遅い。


「琴音ちゃん、おはよう」


「おはようございます。あと、お疲れさまです」


「ありがとう。昨日は颯馬が迷惑をかけなかった?」


「海老天の大きい方を食べました」


「それだけ聞くと迷惑ね」


「琴音のお父さんが半分に切ったんだよ」


 琴音は冷蔵庫を示した。


「お父さんが、黒豆と煮物を持っていってって」


「相沢さんにお礼を言わないと。帰ったら連絡する」


「今、食べますか?」


「お腹は空いてるけど、先に初詣へ行こうかな。食べたらまた眠くなりそう」


「水くらい飲んだ方がいいよ」


「やっぱり颯馬より琴音ちゃんね」


「俺もさっき食事はって聞いた」


「尋ねるだけなら誰でもできるでしょ」


 母さんはコップへ水を注いだ。


 琴音は食卓の椅子へ座らず、玄関近くで待っている。迎えに来ただけだから、長居するつもりはないらしい。


「お父さんは?」


「家で待ってる。おばさんが起きたって送った」


「いつの間に母さんと連絡先を交換したんだ」


「前から知ってるよ」


「俺は知らない」


「颯馬が聞かなかったから」


 琴音はスマートフォンをしまった。


 母さんが飲み終え、玄関で靴を履く。


「財布とスマートフォン、持った?」


「子どもじゃないんだから」


「さっきまで起きなかった人が言っても説得力ないよ」


 今度は琴音が母さんを急かしている。


 母さんは玄関まで来てから、小さな鞄を忘れたと言って部屋へ戻った。


「やっぱり来てよかったでしょ」


 琴音が小声で言う。


「俺一人でも同じだった」


「おばさん、私が言ったらすぐ起きたよ」


「外面だって言っただろ」


「でも、起きた」


 結果だけを見れば、琴音の言うとおりだった。


 母さんが戻り、今度こそ忘れ物がないことを確かめる。


 琴音は玄関の鏡でマフラーを直したあと、俺の手元へ視線を移した。


 今日は手袋をしている。


 指先まで収まっていることは、既に確認されていた。


「颯馬、マフラーは?」


「いらない」


「外、冷たいよ」


「手袋がある」


「首と手は別だけど」


「神社まで歩くだけだ」


「じゃあ、来年はマフラーにする」


「何の話だ」


 琴音は答えず、先に扉を開けた。


 外では父親が相沢家の門を閉めているところだった。こちらに気づき、軽く手を上げる。


 母さんがその横へ歩いていき、昨夜の礼を伝えた。


「颯馬がお世話になりました」


「こちらこそ、料理を手伝ってもらって助かりました」


「来年は私も休みを取れるといいんですけど」


「無理をしなくても、元日にこうして会えれば十分ですよ」


 大人二人の会話を聞きながら、俺と琴音は数歩遅れて歩く。


「迎えに来る必要、なかっただろ」


「おばさんを起こせたよ」


「それ以外は」


「新年最初に、ただいまって言えた」


 琴音は前を歩く二人を見る。


「おばさんも普通に受け入れてくれたし」


「母さんなら、いつもどおりだろ」


「うん。いつもどおりだった」


 短い返事のあと、琴音の歩幅が僅かに広くなる。


 交差点で父親と母さんへ追いついた。


 四人で信号が変わるのを待つ。


 昨日まで三人だった予定に、母さんが加わっている。


 誰かが立ち位置を決めたわけではない。


 青信号になると、母さんと父親が先に歩き、俺の隣には琴音が残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。