B木さんの話
絵は元々好きだったから、本当は絵だけで生活したかったんだけどね。世の中、そんなに甘くないじゃん?
私にできることって、副業で地元のマルシェに出ることぐらいだよ。
そういうところで似顔絵ばっかり描いてるの。
二十年ぐらい前かな?
地域のマルシェに参加したんだけど、全然お客さんが来なくて暇してたら……一人のオバサンが遠くからこっちをじっと眺めてるの。
ひやかしでも、描いてもらおうか悩んでる目でもなかった。
ただ、ぼうっとした目でディスプレイ用の似顔絵を眺めていたの。
しばらくオバサンは突っ立っているだけだったけど、ふらふらこっちに歩いてきた。
そして、私が声をかけようとする前に、一枚の絵を指さして「この絵をください」って言ってきたの。
小さな赤ちゃんを抱いた、お母さんの似顔絵だった。
「これは、見本なので売り物じゃないんです。良かったら、あなたの似顔絵をお描きしますよ」って言ったんだけど「この絵がいいの」って譲らないの。
見本用に描いた絵だから、現実に存在しない親子の絵なんだよ?
まぁ、私の描いた絵が欲しい、って言ってくれるのは嬉しいけど一応似顔絵の店なんだから困っちゃった。
どうしてそんなに、この絵が欲しいのかって聞いたら「この絵の子どもが、行方不明になった娘にそっくりだから」って。
そんなこと言われたら、私だって鬼じゃないんだし見本の絵ぐらい譲ってあげようと思ったの。
でも、それならこの見本の絵のお母さんを描き変えて渡してあげたら、もっといいんじゃないかってね、そんなこと考えちゃったんだ。
案の定、私の提案にオバサンは喜んだよ。
絵を描いてる間に、オバサンは娘さんのことを話してくれた。
「みきこちゃんという名前で、笑うと右のほっぺにえくぼができるの」
「目がとっても丸くて大きくて。それだけはお父さん似なのよ」
「小さいのに勝手に一人で外に出て、そのままいなくなっちゃったの」
私はオバサンの話を聞きながら、新しい色紙に親子を描き写していったんだ。
母親はオバサンの見たまんまを。そして、赤ちゃんの絵はなるべく見本の絵をそのまま描き写すようにしてね。
そしたら、そのオバサンは「お願いがあるんだけど」って言うの。
「女の子の服をお花柄にしてくれない?」って。
娘が大好きな服だって言うから、私はそれを描き直した。
でも、そこからオバサンはどんどん絵の修正を要求し始めるの。
「髪型はもう少し長かった。みきこちゃんは、私が買ってあげた髪飾りを気に入って、毎日それを付けてたのよ」
「襟はもっと丸いやつにして。みきこちゃんはそんな服は着ないわ」
「みきこちゃんは一番目の子なの」
「みきこちゃんのエクボの位置が違う」
「髪飾りの色はもっと濃くして」
「みきこちゃんの小指はそんなに太くなかった」
「優しくて白くて清くていい子なの」
「みきこちゃんはおままごとが好きで」
「みきこちゃんは歩く時に右足から前に出すのよ」
「手を洗うときに右の爪の間を洗うことをいつも忘れちゃうの」
絵と関係ないことまでベラベラまくし立てるもんだから、正直「変なのに目ぇ付けられた」って怖くなっちゃったんだ。
とにかく早く終わらそうと決めて、必死に要求を飲んでようやく出来上がった絵は、もう見本の絵とは丸っきり違う人相になっていた。
服も、顔も、体格も違うし、どう見ても女の子の年齢が二十を超えてる大人にしか見えない。
でもね、オバサンはその絵を本当に嬉しそうに掲げて抱きしめるの。
「みきこちゃん。みきこちゃんだ」
ぽろぽろ涙を流して喜ぶもんだから、私も呆気にとられちゃって、オバサンが「ありがとうございます」って何回も頭を下げるのを眺めてるだけだった。
似顔絵でこんなに喜んでもらったことなんてなかったから。
なんだか気味が悪いと思ってたけど、こんなに感動してくれるのなら私は良いことをしたんじゃないかとまで思っちゃった。
だから、お金を置いて、立ち去ろうとするオバサンに向かって、つい声をかけちゃったの。
「娘さん、早く見つかるといいですね」って。
そしたら、オバサンは色紙を抱きしめたまま、こっちを振り返って言ったんだ。
「ええ。本当に、どこへ行ってしまったんでしょう。あんな小さな赤ちゃんだったのに」
どう見ても赤ちゃんに見えない似顔絵を大事そうに撫でて、オバサンは去って行った。
……ねぇ、何だったのかな?あの人の言う娘のみきこちゃんって、本当に存在すると思う?
みきこちゃんが妄想なのか現実なのか、私にはわからない……わからないけど、あの人、会えたらいいのに。みきこちゃんと。
今もずっと、娘さんを探してるんだもんね。きっと、会いたくて仕方ないんだもんね。




