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9.ルルの置き土産

 翌日にルルはこの屋敷を発つことになった。


「ありがとうね、エミ。すごく楽しかった。お忙しいみたいだから、大公様によろし……」

 別れの挨拶をしかけたルルは口をぱくぱくさせて止まってしまった。私は思わず振り返る。


「フリードリヒ様?!」


 そこには、優雅に階段を降りてくるフリードリヒ様がいた。

「挨拶もろくにできず申し訳ない、ルル嬢」

 ルルは顔を青くして緊張で震えている。

 ルルのメイドのマグノリアがルルに耳打ちすると、カチカチのロボットのようになりながら挨拶を始めた。


「太公様、ご機嫌麗しく。お会いできて至極光栄にございます」

 スカートの裾を摘み頭を下げるルル。

「こちらこそお会いできて嬉しく思います」

「わ、わたくしは大公夫人の学友でバウムガルテン家の長女、ルル・バウムガルテンにございます」

「エミリアから話を聞いています、私はフリードリヒ・ヴォルトブルグ。ヴォルトブルグ家の当主を務めています。屋敷に滞在中、不自由はありませんでしたか?」

「は、はいっ。美しい庭と湖に感嘆いたしました」

 (そろそろルルがダメそう)

 カンペでも読むように頑張っているが、アドリブが必要になってきて挙動不審になっている。

「バウムガルテン家の領地は風光明媚な場所で、特産の果物が大変美味しかったので、そちらにもいずれ伺わせて下さい」


「へ?はっ!ありがとうございます。ってあれ?うちに来た事あるんですか?!」


 はっとしてルルが口を抑えた。

 マグノリアが失神しそうになっている。

 それもそのはず。ヴォルトブルグ家の権力を持ってすれば、ルルの家を取り潰すなんて簡単な事なのだ。

「た、た、た、大変申し訳ございません!!!」

 ルルとマグノリアが頭を下げる。


 しかし、フリードリヒ様はにこやかに笑っていた。

「バウムガルデン領の農民に、以前馬を休ませていた時にお世話になったのです。果物を分けて貰いました。ちょうど喉が渇いていたので、とりわけ美味しく感じました」

「はい……」

「いずれお礼をと思ってましたので、妻を伴って近いうちにお邪魔します」

 ルルはほっと胸を撫で下ろしていた。

「ルル嬢、妻の一人の友達として、是非、これからも仲良くして下さい」

 にこやかに笑うフリードリヒ様。

 その顔を見て、ルルは何かを決心したようにフリードリヒ様へ向かって言った。


「大公夫人とは、宮廷学校を通っていた頃より長いお付き合いをさせて頂いております。私は、この方より心優しい方を見た事がございません。そして、太公様を非常に愛しておいでです。

末長く幸せが続くようお祈りしております。

ご結婚おめでとうございます」

 堂々とした、貴族の娘らしい挨拶だった。

 フリードリヒ様は少し驚いた顔をして、再度笑顔になった。


 *


 ルル・バウムガルデンを見送ってから、私は仕事に戻った。


 "太公様を非常に愛しておいでです"


 祝いの挨拶の社交辞令と捉えても良い。だが、あのルル嬢が言うと、言葉の重みが違う。

 私はバウムガルデン領を通った際、時間があれば領主に挨拶をしようと思い彼らを調べた事がある。

 ルル嬢は嘘のつけない素直な性格の娘で、コミニュケーションが非常に不器用だと聞いていた。今日の会話を聞く限り、恐らく事実なのだろう。


 だが、最後の祝いの挨拶は堂々としたものだった。事前に練習はしたのだろうが、本当に言いたい事だったと思われる。

「愛しておいでです、か…」

 しかし、私は元妻からも愛していると言う言葉は聞き飽きるほど聞いていた。そしてそれが真実だと信じ、裏切られた。

「19歳の娘の愛してるは、いかほどのものなのだろうな…」

 書斎の椅子に背をつけて考える。

 初めて会った時に泣き出してしまったエミリアからは、「愛している」などとても信じられなかった。

 


 ルルが帰って行ってから、私は部屋に入って崩れ落ちた。


「何言ってくれてんの?!?!」

 愛しておいでです。

 愛しておいでです?!?

「ファンだってバレるじゃない!!!」

「それですか?」


 リカが呆れたような顔をして入ってきた。外に丸聞こえだったらしい。

「エミリア様にとって旦那様はただの推しなのですか?」

「ただの推しではないわ!とんでもない推しなのよ!!」

「一緒では……」

「違う!私は年上の男性が好きだけれど、フリードリヒ様は別格なの!」

「本当、旦那様の事となると豹変しますね…」

「とんでもない方なのよ、私にとっては」


 生きる糧だった。


 役立たずとして家では呆れられ、学校やパーティーでは気が弱いために馬鹿にされ。

 自らのせいだ、仕方ないと諦めていても守れなかった心を、フリードリヒ様は慰めてくれた。

 つまらないパーティを乗り切れたのも、あの方を一目見れたらと思っての事だった。


 他の推しの殿方は、どうしても嫌な噂が付き纏った。不倫して若い女に入れ上げているだとか、妻子を酷い扱いしているだとか、良からぬことを企んでいるだとか。

 けれども、フリードリヒ様は違った。そんな噂を聞いた事がない。ずっと美しく格好良いまま。むしろ良い噂の方が多い。

 そんな優しい方なら、私のような落ちこぼれにも優しくして下さるだろうと夢を見て、辛い時は写真を見て慰められていた。


「愛してるとか、そういう相手とはとても考えられないの……」

 私がしんみりとしていると、リカが盆を持ちながら言った。

「それでも、エミリア様はフリードリヒ様の奥様となられました。あなたは今、バーデン大公及びヴォルトブルグ公爵家の妻なのですよ」


 厳しさを解いているのか、励まされているのか分からない言葉だった。

何とか投稿しました。

もうストックがないので、投稿頻度は下がりそうです…

とりあえず、明日の分まではあります…

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