8.親友の訪問
パーティの翌日、私は部屋で自分の不甲斐なさに落ち込んでいた。
そんな時、リカが私宛の手紙を届けてくれた。
宛名にはの私の唯一の友達にして親友のルルの名前が書いてあった。
『親友のエミへ
結婚おめでと!お祝い届いた?エミは何が好きかとかあんまり言ってくれないから全然分かんなくて!顔料のセット送ったよ!そっちでいっぱい手に入ると思うけど、良かったら使って~!
推しと結婚なんてマジすごくない?!あたし自分の事みたいに嬉しくてさ!もう運命だよね!絶対そう!
話変わるけど、今度そっち行っても良いかな?エミの新居見てみたいし、ヴァルトブルグ家のお屋敷どんな感じか気になるんだよね~。
それに、知っての通りウチの家ボロだから、公爵夫人を呼ぶには相応しくないと思う 笑
返事待ってるね!エミ、楽しく過ごしてると信じてるよ!
ばいばーい!
ルルより』
何とも品のない手紙に笑ってしまう。いくら仲が良いとはいえ19歳の娘が書くにしては幼い。けど、私はルルのこういう素直で無邪気なところに癒されている。
早速私も返事を書いた。
『親愛なるルルへ
お手紙ありがとう。お祝いの顔料、とても嬉しかったです。大切に使います。
ルルにはフリードリヒ様の話をよくしていたから、私がいかにフリードリヒ様の事が好きか知っているよね。そんな私がヴァルトブルグ家に嫁ぐことができたのは、本当に幸運でした。
私もルルに会いたいと思っていたから、こちらへ来てもらえるととても嬉しく思います。
旦那様には話を通しておくから、気を付けてきてください。精一杯のおもてなしをさせてもらいます。
日時はいつがいいかしら。候補は…
ルルが来てくれるなんて本当に嬉しくて、今から待ちきれません。
あなたの親友 エミより』
「ルカ、これ出しておいてもらえる?」
「承知しました。エミリア様、今日はゆっくりなさってください。しばらく勉強は必要ありませんので」
「そうね。でも、少しだけやろうかしら。一気にやるのは辛かったわ…」
「そうですね。では3時間ほど」
「1時間で充分なんだけれど…」
さ、なにをやりますか?と張り切るリカ。期待には応えられそうにないけど、それでも精一杯頑張ろうかな。
*
「エミ〜!遊びに来たよっ!!!」
「ルル、遠いところまでありがとう」
ルルは玄関ロビーに入ると私の方へ駆けてきた。さながら主人を見つけた犬のようで、尻尾と耳の幻覚が見える。
後ろからルルのメイドが走ってルルを追いかける。追いつくと扇子でルルの頭をバシンとぶった。
「もぉぉぉ!!!何やってるんですか!!!お行儀良くと私何度も申しましたよね?!?相手は公爵夫人ですよ?!?!」
「エミだから良いじゃん」
「言いわけありますかっ!!!結婚なされて立場も変わったのです!!!せめて、せめてもう少しお話をしてからですね…!!!」
「ルル、遠いところまでありがとう」
「ううん!すっごいお屋敷だね〜!!!こんなお屋敷に何人で住んでるの?」
「旦那様と私と使用人で…びっくりだよね」
「あれ?お義父さんは?」
「ここから田舎の別荘で静かに暮らされてるらしいわ。実は直接は会ったことないのだけれど…」
「へー!結婚ってそんな感じなんだ。でも都合良いね!推しと二人きり!あたっ、そんな叩かないでよマグノリア」
「いいえ!私はルル様のお父様から厳しく躾けるように言われております。こちらの扇子もお父様の発案です」
「暴力反対!」
口を尖らせるルルを見て、変わっていないなと苦笑してしまった。
ルルとは学校を卒業してから一度しか会っていなかった。
この地方は一つの国のようにヴォルトブルグ家が治めている。
その中に、各地方を治めるがごとく侯爵、伯爵、子爵、男爵が治める土地があるのだが、ルルの家が治める領地は自然が豊かで山に囲まれており、交易のしにくい貧しい不便な土地なのだ。
そんな場所なこともあって、爵位も男爵で、貴族の中でも一番下だ。
そんなルルからすれば、私は雲の上のような存在になってしまったわけだが、偉いのはフリードリヒ様であって私ではないので、以前と同じ態度で全く問題はない。
むしろ、そうやって急に態度を変えることができない真っ直ぐで素直なルルが私は好きだった。
「メイドがお茶の用意をしてくれたから、あちらで一緒に飲みましょう?」
「わーい!あ、これうちの名産のお菓子!」
マグノリアがリカに差し出した。
「これ、私好き!ありがとう」
「うん!前これ持って行った時エミ喜んでたよね!」
こうした心遣いをしてくれるのはルルだけだった。
他の令嬢は当たり障りのないものを適当に渡すか、下手すれば誕生日などのプレゼントを何も返してくれないまである。
貴族同士の付き合いを考えるのならば失礼にあたるので返すべきなのだが、私は相当馬鹿にされているのだった。
リカにお茶を入れてもらい、ルルと窓辺に面したサンルームのような部屋でお菓子を摘んだ。
「おいし〜い!なんて甘いの?!」
砂糖菓子を目を輝かせて食べるルル。砂糖なんて貴重なものを贅沢に使えるのは本当のお金持ちだけだ。
私もこんなに砂糖が潤沢に使われているお菓子はこっちに来てから食べた。ここでは望めば毎日食べられる。恐ろしい財力である。
「ごめんね、うちなんてただのシュトレンで。名産のドライフルーツはたくさん入れたから……」
「私、ドライフルーツが好きだから嬉しいよ。ルルのとこの名産のフルーツは本当に美味しいから」
そう言うとルルは嬉しそうにえへへ、と笑った。メイドのマグノリアも嬉しそうだった。
「ねね、フリードリヒ…じゃなかった。バーデン大公様のお話聞かせて。エミが思ったような優しくてキラキラした人なの?」
よくぞ聞いてくれました!
「そうなのそうなの。ほんっっっっっとうに格好良くてキラキラしててね!目元が優しくて。
この前のパーティなんて、私すごく失敗しちゃって。全然何のお役にも立てなかったんだけど、それでもそれでいいって言ってくれて…役に立つとか考えなくていいって慰めてくれたの。
楽しんでくれたらそれでいいって…そんなわけないのに!パーティなんてそもそも楽しむものじゃないもの…」
「うわーぁ!すごいね!大公様!大丈夫だよ!エミが失敗したところで大公様には何の影響もないんだよ!大公様にとってはどうでもいいから、全然気にしなくていいんだよ!」
「ルル様…言い方…」
「え?なんか私また間違えた?」
「ううん。そうなの。私がいようがいまいが、フリードリヒ様にとってはどうでもいいのよ」
「え?うん?うーん?なんか違うような…あ!そう言うことじゃなくて!エミは立ってるだけで十分役に立ってるってこと!」
「そんなわけないわよ。役立たずが立ってたって目障りなだけ…」
「え?!でも、大公様に取っては目障りじゃなくて、えーとエミがそこに立っていてくれて嬉しかったんじゃないかなぁ?」
「道を塞ぐ石ころみたいなものよ?」
「うん!石ころでも、エミの顔の石ころなら可愛いからずっとそばに置いておきたい!」
ルルはよくこう言うことを言う。変な発言をしてしまうけれど、本人には本当に悪気はなくて、よくよく話を聞けば励まそうだとか喜ばせようだとかしているのだ。
心根は優しいのに、その優しさの出し方が下手なだけなのである。
「ありがとう、ルル。可愛い石ころなら、近くに置いておきたいわね」
「うん!エミはきっと大公様にとって可愛い石ころみたいなものだよ!そばに置いておきたいんだよ」
マグノリアが頭を抱えているのを見て、少し笑ってしまった。
マグノリアはルルに間違いを諭していた。それを聞いて、ルルは「あ!」という顔をした。
「ごめんね、エミ。石ころじゃなくて、なんかもっといい例えがあったね。えーと、えーと可愛いお花?」
「大丈夫。意味は伝わったから、石でも花でも一緒」
「良かった。本当にエミは優しいね。で、大公様のいいとこもっと教えて!」
そのあと、私は大公様がいかに優しく素晴らしかったかをルルに話した。ルルは「へぇ!」と楽しそうに聞いていた。
「じゃ、大公様ともっと仲良くならなくちゃ!」
「いや、それは十分。心臓が張り裂けちゃうわ」
「いや、仲良くなっても心臓が張り裂けることはないと思うけど…せっかく一緒にいるのにもっとお話ししたりしないの?見てるだけなんてもったいないよ〜」
「ルル様、よくぞ言ってくださいました!」
リカが声を上げた。
「奥様は旦那様が好きにも関わらず近寄ろうとしないのです」
「え?!だって、見たら目が焼けてしまうし、触れたらフリードリヒ様が汚れてしまうし、私の話はつまらないし…」
「だめだめだめ!そんなこと言ったらだめ!」
ルルは少し怒ったように言った。
「大公様が道端の石ころのエミに存在してるだけ良いって言ってるんだから、それでいいの!近づいて存在してるって見せてあげなくちゃ!」
「ルル様…!」
その言葉に感動したのはリカだった。
「なんて素直なお心。私感動いたしました。そうなのです。旦那様が奥様の存在を認めてくださっているのです。さっさと近づいて仲良くしてくだされば良いのです。焦ったい」
「リカ?さすがに口が悪いわよ」
「大変申し訳ございませんでした」
私の心は少し軽くなった。そうだ、フリードリヒ様はいるだけで良いと言ってくれているのだ。存在していることを示さなければ。いなくなったと思われたら探す手間が増えて、役立たずどころか足を引っ張ることになる。
「でも、輝きで目が焼けてしまうのよね…」
「薄目で見てみたらぁ?」
ルルは無邪気に砂糖菓子をつまみながらそう言った。
ルル・バウムガルテン:エミを馬鹿にしない唯一の親友。心優しいが、言葉選びが下手。男爵家の家系。
勉強はエミリア以上にできないが、ゲームが得意。




