7.公爵夫人として
エミリアがついに公爵夫人としてデビューします。頑張るエミリアですが…
フリードリヒ様と夕食を共にして二週間、私はリカから特訓を受けていた。
礼儀作法をもっと洗練されたものにしたり、ダンスの練習をさせられたり。一番厳しかったのは教養だった。一日5時間は勉強させられたと思う。辛かった。
しかし、私には楽しみがあった。フリードリヒ様との夕食である。あの日以降、ほとんど欠かさずフリードリヒ様は夕食の時間に食堂へ来てくれた。
最初は緊張に緊張していた私だが人間慣れるもので、まだぎこちないものの声が震えることなく会話ができるようになっていた。
全てはフリードリヒ様のお役に立つため。迷惑をかけないため。私は追い詰められればそれなりに頑張れる人間なのだ。
そう思いながら死に物狂いでパーティの準備をした。
「迷惑を掛けませんように。役には立てなくても、迷惑だけは掛けませんように…」
あとは神に祈るのみ。そう思いながらベッドに入ったが、一睡もできなかった。
翌朝
「奥様、大丈夫ですか…」
「ダメ…」
「ですよね。顔色が悪いです」
「吐きそうだわ…」
朝食など胃に入る訳もなく。
人生を掛けた大勝負。第一印象が大事。これを失敗したら、フリードリヒ様が笑われる。そんなことあってはならない。私が私を許せない。
「もし失敗したら、事故に見せかけて私を崖から突き落としてね、リカ…」
「嫌です。私が罰せられますから。マリー様にばれたらどんな折檻をされるか」
「大丈夫。あなたは優秀だからバレないわ。というか、今からでもフリードリヒ様の奥様にならない?私よりいい妻になれるわ」
「何を馬鹿なことを…」
昼ご飯は吐きそうになりながら胃に詰め込み、準備を始めた。
マリー様に選んでもらったドレスや小物で着飾る。化粧はリカが担当してくれた。本当に彼女は優秀だ。
準備を終えて馬車に乗る。目指すはノイブルク家だ。
ソフィア嬢と話す内容をメモを見ながら考えたり、詰め込んだ教養を復習しているとノイブルク家のお屋敷に着いた。
パーティが始まってすぐ、私とフリードリヒ様は私の紹介のため各貴族の元へ挨拶へ回った。
しかし挨拶を終えると私はフリードリヒ様と別れることになった。なぜなら、フリードリヒ様は他の男性貴族と外交の話をしなければならないからだ。
困って席に一人ぽつんと立っていると、見知った令嬢に話しかけられた。
「あらエミリア…いやヴァルトブルグ公爵夫人の方がよろしいかしら?」
慇懃無礼にこちらを見ているのはソフィア嬢だった。
「お招きいただき光栄です」
「こちらこそ、公爵夫人をこんな遠いところまで呼びつけてしまって。わざわざありがとうございますわ」
「えぇと…そんなことはございません。ノイブルク家当主アルフォンス様のお誕生日ですから」
こういう嫌味に、私はいつもスマートな返答ができない。
「それと、ソフィア様も少し先ですがお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。それを聞いたのはもう7人目だけれど」
「あら、そうでしたか…では、もう贈り物もたくさん貰っていますでしょうか。私からもささやかながら、プレゼントをお送りしました」
「さっすがエミリアね!」
ソフィア様は目を輝かせた。
「気が利くわ。今年は少し贈り物が少なくて落ち込んでいたの。それで?何をくれるの?」
「ソフィア様がお好きな物語の挿絵を絵師に描かせました。それとエーデルの花畑に咲いていたのと同じ種類の花々を…」
「きゃー!ありがとう!」
目がキラキラ輝いている。相当“エガントス“にお熱のよう。
「さすがエミリアは分かってるわ。ついでに、公爵様にエーデルのモデルになった場所に入る許可を貰えないかしら?」
「えっ…」
困った。いつものソフィア様のお願いは、可能な限り何とかしている。しかし、これはレベルが違うし、何よりフリードリヒ様にお願いしなくてはいけない。
「…」
フリードリヒ様に迷惑はかけたくない。でもいつもやっているし、断りづらい。
「一応、お願いしてみます…」
「ありがとう!さすがエミリアね!」
「はは…」
ソフィア様が去って行って、私はひどくホッとした。
それからも、代わる代わる私の元に人がやって来る。みんなフリードリヒ様の若い妻である私に興味津々、といった感じだ。
私がフリードリヒ様をどう思っているのかだとか、どういう縁があったのだとか、婉曲的に、しかし遠慮なく聞いてくる。多分私が若い上に自信無さげなので、軽く見られているのだろう。
だめだ、だめ。フリードリヒ様のために公爵夫人らしく振舞うように練習したではないか。自信を持って、上を向いて、余裕の笑み。仕草は優雅に上品に。
頑張っているのに、相手の態度が全然変わらない。ずっと私の事を小馬鹿にしている気がする。
皆がぐにゃぐにゃと歪んで意地悪に見えた。
きっと、繕った演技のボロが出ているのだ。私が馬鹿にされたら、フリードリヒ様に迷惑がかかるのに。
でも、私の能力じゃこれが精一杯なの。落ちこぼれの私が、公爵夫人の器を見せるなんて…永遠に無理。
でも、迷惑かけるのは嫌。
とにかく笑わないと。お願い皆早くどこか行って。お願い。
喉がひりひりして、声が出なくなってしまいそう。
「エミリア」
肩に何かが触れてビクリとして振り返ると、そこにはフリードリヒ様がいた。
「ヴァルトブルグ公、これはこれは」
「うちの妻をあんまりイジメないでやってくださいな。老練なあなたにかかれば、うちの妻など赤子の手を捻るようなものでしょう」
「まさか!ヴァルトブルグ公の奥様にそんなこと致しませんよ!」
「どうだか?うちの父が奥方に昔失礼なことを申しましたからね。やり返されても不思議じゃない」
「もう10年も昔の話です。水に流してるよな、ローゼ」
「えぇ、もうすっかり忘れていましたわ」
「それなら良いのですが」
うふふ、あはは、と笑い合う3人。
私はその様子を眺めるだけだった。
「あら、ヴォルドブルグ公爵夫人、飲み物が空ですわ」
「えっ、あ…」
「では私も一緒に取ってまいります。それでは失礼」
フリードリヒ様に肩を抱かれ、私は会場を後にしたのだった。
バルコニーでぼんやりしていると、飲み物を持ったフリードリヒ様がやって来た。
「ごめんね、エミリア。一人にして」
「えっ、いえ、そんな」
「大変だったね」
そう言って飲み物を手渡すフリードリヒ様。
私はフリードリヒ様の輝かしさと、先ほどまでのプレッシャーで混乱していた。
とりあえず飲み物に口を付けると、口の中がひどく渇いていたことに気づいた。
「今日はもう帰ろうか」
「えっ、ダメです!フリードリヒ様、まだお話しする方がいらっしゃるでしょう…?」
「大体は話せたよ、エミリアが頑張ってくれたお陰でね」
「私なんか、何のお役にも立っていません…むしろ足を引っ張ってばかりで…」
「そんなことない」
そんなわけ…と思ってフリードリヒ様を見ると、嬉しそうに、しかし少し申し訳なさそうに笑っていた。
「エミリアが教えてくれた事は、すごくアルフォンス氏を喜ばせたよ。他の方々とお話しするのもエミリアの力を借りたんだ。
それに、私が仕事の話ができるように一人でみんなからの質問に応対してくれた。本当に助かったんだよ」
主人が話をする間、妻が他の人の相手をするのは当たり前だ。ここにいるご夫人の全員がそんなこと簡単にやってのける。
むしろ、情報交換をして何かしら収穫を持ってきてもいいくらいなのだ。それなのに、私はいっぱいいっぱいで公爵夫人として恥ずかしい振舞いをして、フリードリヒ様の手を煩わせた。
「そ、そんな、私は、何のお役にも立っておりません…」
「役に立とうとなんて思わなくていいんだよ」
「えっ…」
「ここにいてくれるだけでいいんだ。私の役に立とうだなんて思わなくていい。パーティを楽しめるようになったら尚良いね」
目線を合わせるようにフリードリヒ様が私を見る。
背景のパーティの光がフリードリヒ様を輝かせる飾りのようだった。
「は、はい…」
美しすぎて、優しすぎて。私にはもったいないほど、輝いている。
だから、思った。
やっぱり私はこの人の隣に立てない、と。
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