6.ディナーを共に
「旦那様、今日はお時間がおありですね」
最近なぜか執事長の圧が強い。私の時間を抑えようとよく声をかけてくる。
「今日は久しぶりに1人で本でも読もうかと…」
「本を読むのは結構ですが、夕飯を奥様と取る時間はございますね」
「…いや、アルブレヒト、何度も言うようだがエミリアは私のような歳の離れた男と夕飯など取りたくないと思う。彼女も気を使うだろう」
年上の私が話題を振れば上辺だけの会話なら出来なくはないだろうが、夫と食事中に当たり障りのない話をするなど、エミリアも心休まらないだろう。
「旦那様、お言葉ですがそのような態度では一生気まずいままです。これから一緒に公務をこなすのですから、そのような態度は良くありません。奥様も困りますでしょう」
「…それもそうだな。では、夕飯の時間は定刻通りに行く」
「…よし」
「何でそんなに嬉しそうなんだ」
「いえ、何でもありません」
最近の執事はどこか可笑しい。というか、屋敷の空気が変な気がする。
*
「すまないね、エミリア。なかなか一緒に夕飯が取れなくて」
「め、滅相もございません!私の事はお気になさらず、お仕事に集中頂いた方がよろしいかと存じます。今日も、無理をしていらっしゃいませんか…?」
「大丈夫だよ。ありがとう。この生活には慣れたかな?」
「はい!大変、大変楽しく過ごさせて頂いております!」
あまりにも大袈裟な気がする。やはり、気遣われていないだろうか。
「何か不便があったらメイドに言うのだよ。君の事をおざなりにする使用人はいないだろうが、失礼な態度を取られたらすぐにメイド長のマリーへ言ってくれ」
「は、はいっ!」
エミリアはひどく緊張していて、食事中よく手が止まっていた。
私の顔色を窺っているのか、チラチラとこちらを見たり下を向いたりしている。
可哀そうだ…
「学校ではどのようなことを勉強していたのかな?」
「え、あ、はいっ。読み書きや歴史、基礎的な作法などを学んでいました」
「修辞学や算術、弁証法など、特殊な科目も勉強していたと聞いたけれども」
「あぁ…はい…すみませんが、どれもあまり得意ではなく…フリードリヒ様のお役に立つことは出来ないかと存じます…」
「いや、役に立つか聞いたのではないので別に構わないよ。今日は何をして過ごしていたの?」
「庭の花々の写生を…」
「写生?」
絵を描いていたという事か?
「私は趣味で絵画を集めているんだ。もし良かったら見せてくれないかな?」
「そ、そんな!お見せできるものではございません!」
「あぁごめん、無理にとは言わないよ」
残念だ。エミリアが絵が好きなら話ができるし、人の描いた絵を見るのは好きなのだけれど。
「!わ、私が書いたようなゴミ…ではなく、拙いものでよろしければお見せします!」
「そうか!それは嬉しいよ!モチーフは草花ばかりなのかい?宗教画などは描かないのかな?」
「あ、はい。すみません。低俗な絵ばかりで…」
「いいんだよ。そういう素朴で生活に密着した絵が最近は好きでね。是非見てみたいな」
正直皆、宗教画とか貴族の肖像画ばかり描くから飽き飽きしていた。草花の絵は客間などには飾れないけど、気に入ったら私室に飾りたい。
「是非、見せてね」
どんな絵も心を込めて描いたものは素晴らしいものだ。
「は、はいっ…」
エミリアは恥ずかしそうに下を向いてしまった。人に作品を見せるのは恥ずかしい物だろう。
「ところで、友達を呼んでも良いんだよ?遠くだろうから申し訳ないけれども、客室はたくさんあるから泊まってもらえばいい」
「で、では呼んでみます」
「お友達とはどういう話をするのかな?」
「たわいもない話です。最近楽しかった物語の話だとか、恋の話だとか、好きなものだとか…」
本当に年頃の少女がするようなたわいもない話だな。楽しいなら良いことだ。
「いいね。ノイブルク家のソフィア嬢と仲が良いと聞いたけれど」
「仲が良いとまではいかないかもしれませんが…ソフィア様は最近流行している恋物語が好きだそうです。家にはそのような物語の本がたくさんある様です」
「そうなんだね。ソフィア嬢はどういう物語が好きなのだろう?」
「“聖騎士エガントス“の大ファンだそうで…部屋に絵も飾っているそうです。物語の舞台になる場所も行ったとか。エーデルの花畑で告白するシーンがあるのですが、そこへ行きたいと仰っていました。辺境の地なので、許可がないといけない場所のようでなかなか行けなくて悔しいと…」
ソフィア嬢に関して詳しい。だいぶ仲が良いのではないか?
「ねぇ…ソフィア嬢の好きなものについて、もう少し教えてくれないかい?」
ソフィア嬢はノイブルク家の長女だ。娘は彼女1人で、父親に溺愛されていると聞く。私と別派閥の貴族で、出来ればこちら側に引き込みたい相手だ。
この情報は使えるかもしれない。
「ソフィア様は…」
詳しく突っ込んで聞くと、エミリアはソフィア嬢について何でも答えた。
「ありがとう、エミリア」
「今度のパーティはノイブルク家がいらっしゃるのですか?」
「え、あぁ。実はノイブルク家の当主、アルフォンス氏のご招待なんだ」
アルフォンス氏はソフィア嬢の父親だ。
「実はパーティの日、アルフォンス氏の誕生日が近くてね。何か祝いの品でも送ろうと考えていて」
「ソフィア様の誕生日もお父様の翌日だったと思います」
「え?」
風向きが変わった。これにマリーとアルブレヒトも気づいたようだった。
「…君は友達の父親の誕生日を知っているの?」
「ソフィア様が仰っていらしたので…」
「では、お父上は何が好きか聞いている?」
「えぇと、趣味はクリケット?という外国のスポーツで、あらゆるところから道具を取り寄せるほど夢中だとか。3か月前に出た最後のパーティでは、外国産の道具が欲しいと聞きました」
その他にも、アルフォンス氏についての私生活の情報が出てきた。
「…」
「も、申し訳ございません。私ばかりお話しし過ぎました」
「いや、こちらが聞いたのだから、気にしないで」
恐縮している彼女を安心させるように笑顔を作った。
「奥様は記憶力がよろしいのでございますね」
マリーが嬉しそうに言う。
「め、滅相もありません!すぐ忘れてしまうので、メモに残しているのです」
「メモに、残す…?」
マリーがこちらに目配せする。もしかしてそれは、宝の山ではないか?
「その、もし良かったらなんだけど、少しそのメモを見せてもらう事はできないだろうか?」
「!もしかして、何かお役に立ちますか?!」
「うん。他の貴族の方々の好きなものを知りたいんだ。おもてなしの役に立つのだよ」
「それでしたら、ぜひ!乱雑なノートなので、明日清書してお持ちします!」
親に褒められた子供のような喜びように、私は微笑ましくなった。
翌日、エミリアは恐る恐る書斎へ入って来た。
私の書斎はダークブラウンの木目調の床や家具で統一されている。
壁にはいくつかの宗教画が飾られ、たくさんの書類や本が書棚に並べられていた。
そして部屋の奥には大仰な文机が鎮座していて、当たり前だが非常に硬い雰囲気だ。リラックスとは程遠い。
つまり、威圧感が凄いと思われる。
今日もエミリア嬢は恐縮しきっているようで、下を向いてぷるぷると震えていた。
「わざわざ新棟まで来てくれてありがとう」
前妻と結婚し、旧棟だけでは手狭になったので旧棟の1/3程の新棟を建てた。私は主にそこで仕事をしている。
「本当にこのお屋敷は広いですね…」
「迷ったかな?」
「リカに連れて来てもらいました」
「そうか」
「あの、これが昨日お願いされたメモです…」
「ありがとう!」
これがあれば、アルフォンス氏との話がスムーズに進むだろう。それ以外の貴族との社交にも、大いに役立つに違いない。
「あの、本当にこんなメモがフリードリヒ様のお役に立つのでしょうか…?」
このような情報が社交で大いに役に立つことを、エミリアが知らないのも無理はない。
お互いの利益のための交渉は、条件だけではなく関係性がものを言う事を、私も仕事を始めて実感した。
結局“人”だ。どんなに良い条件を持っていても、話を聞いてもらえなければ意味がない。
逆に、気安い仲になれば話しにくい事でも「聞くだけ聞こう」と言ってもらえる。
「うん。ところで、そっちに持っているのは…」
「あ、はい。これがその、絵です…」
エミリアが私に一枚のキャンバスを渡した。昔に書いたものだろうか?少し土埃などで汚れていた。
「へぇ…」
雑な筆だった。下書きと言われても納得するような、全体的にぼんやりとした印象だ。
だが、いくつか気付いたことがある。
「これは最近描かれたものかな?」
「はい」
精工とはいえないが、背景にぼんやりと建物らしきものが描かれている。多分うちの屋敷だ。
「これ以外に絵はある?」
「1枚だけありますが…同じような構図でつまらないと思い、一枚しか持ってきませんでした。よろしければお持ちしますが…」
「うん…」
彼女のような貴族の令嬢はあまり出掛けない。つまり、絵を描くにしても庭の草木に限定すれば、どうしても同じような物にならざる負えない。恐らく、彼女は同じような絵を何枚も描き続けているのだろう。
だが、来る日も来る日も同じような物を描き続けて楽しいだろうか?丁寧な筆致で描きこんでいくのならわかる。しかし、こんな下書きともいえる雑な絵を何枚も。ひたすらに。
そしてこの汚れと絵の構図から言って、外で描かれたものだろう。てっきり室内に花を活けて描いているのかと思った。外で描くのは珍しい。
あまりにも予想外な絵を見せられて、私は混乱していた。この絵はどう評価すればよいか分からない。様々な絵を見てきたが、このタイプは見たことがなかった。プロやアマチュアの筆とも、子供の落書きとも違う。綺麗に上手く描こうなどという気が端からない絵。
だが、なぜだか私はこの絵が好きだった。
そして、絵に教養のない…絵の常識に凝り固まっていない人間に、この絵は気に入られるのではないかと思った。
この絵から彼女の内面が知れる気がして、私はとても興味がわいたというのもあった。
「とても素敵な絵だ。そして興味深い。もう一枚もぜひ持ってきてほしいな」
「えっ!はい!持ってきます!」
彼女の頬が赤く上気した。驚きと興奮。そして満面の笑み。
そうだよな。自分の作品が褒められたら嬉しいよな。
マリーから聞いていたのは、エミリアがひどく凡庸で、それ故自信がない人間だという事だった。
彼女の「役に立ちますか?」という口癖のような言葉からも見て取れる。多分、エミリアは酷く平凡で役に立てない自分がコンプレックスなのだ。そして、人の役に立つことができなければ、自分に存在価値がないと思っている。
あまり褒められたことのないだろうエミリアは、自分が描いた絵を褒められてとても嬉しいのだろう。
…全てにおいて恵まれている私には、その気持ちはあまり分からない。
だが、人間の価値は役に立つか立たないかでは決まらない。
存在しているだけで価値があるのだ。
私が今それを言っても薄っぺらいだけで意味がないだろう。彼女の事を真に愛する人がいてくれれば、その言葉は本物として心に届く。
「フリードリヒ様は本当にお優しい方ですね」
目を細めて眦を下げるその笑い方は母にそっくりで、私も釣られて笑ってしまった。
<補足>エミリアが他の貴族の情報を集めていたのは父親から頼まれたためです。
姉のエリーザがパーティで使う情報の記録係のようなことをしていました。
エミリアは基本他の貴族に馬鹿にされている事と(実際そこまで頭の回る方ではない)聞き上手なところがあり(自ら積極的に会話する方ではないため)結構口を滑らせてくれます。




