2-28.調査
私達は従者達からの情報を待ちながら屋敷に滞在していた。
それらしい情報があったら出向く予定だ。
リーゼロッテ様は仕事を持って来ており、進捗が芳しくなく忙しいらしい。
エレオノーレ様もホストなのでもてなしをしたりと気を遣ってくれて、意外と時間がない。
依頼者であり、最も暇な私が主に出向くのだった。
王都を調べてくれている従者達はそれらしい情報を時たま持って来てくれるのだが、偽情報を掴まされたり、やっと情報を入手したと思ってもそこには誰もいなかったりと逃げられている。
なんで逃げるの?犯罪でも犯しているの?
罪人はさすがにサロンに呼べないわよ?
焦れた私は、ついにリカと王都の商業エリアへ向かった。
「ねぇ、前から思っていたんだけど、私全然気にされないわね」
「エミリア様は元伯爵家の令嬢な上に公爵家の夫人として着任して日が浅いですし、王都の人間で知っている人はほとんどいらっしゃらないでしょう」
庶民服に着替えながらリカにそう言われた。
「それと、仕草が洗練されすぎていないのもバレにくいかと」
「貴族らしくないってこと?」
「まごうことなく貴族なのですが、他の方々と比べれば自らでできることが多いでしょう。従者の手を借りずとも着替えをしたり物を取りに行ったりと、よく動きますから」
「それは実家で馬鹿にされていたのが役立ったわね。お父様とお母様は私に興味がなくて、自分でやることも多かったから……さて、行きましょうか」
リカと連れ立って歩くと「あ、リカじゃない!」と女性二人組に声をかけられた。
「どうしたの?貴族のメイドを住み込みでやっているんじゃないの?」
「うん。たまには実家に顔を見せようと思って帰って来たんだ」
「そうなの?せっかくならうちの店、寄って行って!」
「今度ね」
「その子見ない子だけど友達?」
ぎくり、私はリカの後ろに隠れる。
「うん。メイドの友達」
「ふぅん。じゃぁまたね、リカ!」
全然怪しまれないんだけど。というかここまで来ると、そもそも私存在感ない……?
パーティで最近は存在感を出している私だが、伯爵令嬢の時は空気だった時を思い出した。
***
あまりにも空気過ぎて調子に乗り、私達は頻繁に街へ行き始めた。
そうして街へ行って3度目になると庶民に馴染み始め、あろうことか聞き込み調査まで始めたのだった。
「従者達が情報を手に入れられないのは、もしかしたら貴族の従者であるとバレているからかもしれません」
調査のために使わせてもらわせている従者はアルテンブルク家の人達だ。
もしかしたらバレているのかもしれない。ちゃんとうちの諜報に長けた人間を連れてくるべきだった。
「王都の人間は王族や貴族が好きな人間と嫌いな人間に極端に分かれています。そして恐らくですが、作家の方は貴族が嫌いなのではないでしょうか?」
「それって、見つけてもサロンに来てくれる可能性はないってこと……?」
「かもしれません」
ガッカリだ。とは言え他に案はないため、しばらくは調査を続ける予定だった。
そして私達は今日も調査のためにパン屋へ来ていた。
以前は混雑し過ぎて恐ろしいパン屋だったが、空いている時間帯を狙えばあまり混雑していないし、慣れてしまって何も気にしなくなっていた。
「こんにちは、おじさん。今日もプレッツェルを一つ下さい」
「おぉ、ご贔屓にどうも!リカと……」
「エミです」
「悪いね!客の名前は全員覚えているはずなんだけど、どうもアンタは忘れちまう!」
さすがに空気過ぎない?
「でも顔はよく覚えてるよ!大丈夫」
「ありがとうございます」
ヘラヘラと笑って気まずさを紛らわす。
次に向かったのは本屋やカフェ。情報が集まりやすいところを順繰りと巡る。
リカの容姿が目立つのもあって「また来たのかい!」と声をかけられることも多かった。
私は忘れられていることも多かったので、適当に苦笑いしていた。
***
その日は、ソフィア様から有力な情報が手に入った日だった。
気合を入れて街を歩いていると、肩を叩かれた。
振り返って衝撃を受ける。
「フッ……!」
リードリヒ様!!!
「こんにちは、エミリア……エミって読んだ方が親しげかな?」
少し機嫌良さそうに笑う彼。ラフな格好で従者も付けずに現れて衝撃を受ける。
「あぁ、大丈夫だよ。そこら辺に見張りの人間はたくさんいるからね。昨日からうちの密偵も入り込ませている」
「そうなのですか……」
リカ、フリードリヒ様、私の3人で街を歩いている。ものすごく奇妙だ。
「調査はあまり進んでいないようだね」
「そうなんです。でも今日有力な情報を手に入れて!」
「けれど逃げられてばかりなんだよね」
「誰かに取り次いでもらう必要があるかもしれませんね」
取り次いでくれそうな親しい人の情報収集に、今日もいつものパン屋へ行く。
「リカとエミと……アンタ誰だ?」
変装しているフリードリヒ様は薄汚れていて髪も無造作だが、それでもイケメンすぎるのだろう。警戒されている。
「お忍びで来ているんです。どうか内密に」
「貴族か。リカとエミの知り合いって事か?」
「エミの夫です」
パン屋の主人が手で口を覆う。
「お願いですから、あんまり大騒ぎしないで下さい。探している人がいて街へ出向いているんです」
「もしかして、作家先生の居場所を調べているのはお前らか?」
刺々しい物言いに申し訳なくなる。貴族が嫌いなタイプの人間だったようだ。
「ごめんなさい、おじさん。騙しているみたいでしたよね……おじさんにはたくさんお世話になっていたので、申し訳ありません」
「エミではなく、私が探していたのです。それを彼女は手助けしようとして、危険も顧みずこうして何度も街へ来て自ら調べようと」
え?どういうことだろう。探しているのはどちらかと言えば私だ。私が不思議そうにフリードリヒ様を見るとリカも言う。
「エミ様は旦那様のためを思って一生懸命でした。しかし、このパン屋で買い物をしていたのはここのパンが美味しかったからです。以前もお忍びで買いに来ており、本当に気に入っているのです」
(なんかリカとフリードリヒ様がうまいことやろうとしているみたいだけど……私は余計なことを言わない方が良いかしら?)
どうしたら良いかわからなくてオロオロしていると、おじさんは頷いた。
「エミ……様は貴族だとは思えないほど腰が低いお方だった。俺の家のパンをとても喜んで食べてくれたし、こうして旦那のために懸命に働いていたんだな」
(なんか私の好感度が上がっている……)
「あら?リカとエミちゃんの知り合い……って!誰このイケメン!」
たまに出てくるおばさんがフリードリヒ様を指差して言う。キラキラとしたオーラがおばさんをノックアウトした。
パン屋さんの好感度が上がり、パン屋のおじさんが本屋へ着いて来てくれることになった。
ちなみに、フリードリヒ様はパン屋でお留守番だ。
「ん?リカとこの前小説を買ってくれた……エミちゃん?」
「ちょっと話がある」
本屋のお爺さんを裏手に連れて行ったパン屋のおじさん。「えぇっ?!?」という声が聞こえた。
「そっかぁ……エミちゃんが貴族……」
リカが家紋のブローチを本屋の店主に見せた。それに仰天する。
「えぇっ!?!この家紋!!!」
目を輝かせる本屋のお爺さん。ものすごく興奮した目で見ている。パン屋のおじさんは呆れたように「この爺さん、こういうものが好きなんだよ」と言った。
「そうなのですか?ではそれは差し上げます」
そう言った瞬間、リカが「ダメです!」と言う。
「そんな旦那様からもらった大切なものをあげるなど!!!」
(いや、これは家にあったそんな大それたものでは……)
庶民の人からしたら値が張るものだろうが。
「リカ、情報を下さるならお礼をしないと。私は先生とどうしても会わないといけないし……」
「そうですね。旦那様のためですからね。交換条件なら差し上げても……とても……とても大切なものですが……先生はこの国のために必要なお方です……」
悔しさを顔に滲ませるリカ。あなたそんな顔できたの?
「エミの旦那……つまり、当主が直々に探しててさ。深刻な顔してたんだよ」
みんな演技派だなぁ……
そこまで聞かされると、本屋の店主は話をしてくれた。
「ただ先生は変わってるし、貴族がどうとか全く気にしない方だ。あまり期待しない方がいい。……エミちゃん、そんな悲しそうな顔をしないでおくれよ」
居場所を掴めて嬉しいが、サロンに連れて行けなければ意味がない。どうしたら良いものか。
「わしが一緒に行こう。少しは役に立つかもしれん」
***
会ってみると拍子抜けするほど先生は協力的だった。
従者達が怪しくて逃げ回っていただけだったらしい。
新作が貴族社会を舞台にするもので私達に話を聞きたいぐらいだったようで、色々な国の公爵夫人が来ると聞いて目を輝かせていた。
「本屋のお爺さんもありがとうございました」
「良いんだよ。エミちゃんの力になれて嬉しいよ」
庶民の方達の優しさに私は感動する。
(やったー!これできっとみんな来てくれるわ!!!)
リカが詳しい話をしている間に私は外に出て喜びを噛み締めていた。
遠くにパン屋のおばさんと一緒にフリードリヒ様が歩いてやって来る。一足先に帰ったパン屋のおじさんが、ここを教えてくれたのかもしれない。
(フリードリヒ様!私やりました!)
手を振ろうとした時だった。急に体がぐいと引っ張られた。
「?!」
路地裏へ男に引き込まれたと気づいたのは、引き込まれた後だった。
私はパニックになって声も出ない。
(どうしよう?!フリードリヒ様!リカ!)
私の身体はひょいと抱き上げられ、大通りが遠くなって行く。
「助けて……!」
予想外のことが起きると大声なんか出ないのだと、私はその時知った。
次回 エミリアが拐われてしまってフリードリヒは……




