2-27.サロン
5日かけて、私達はルカトからバーデンの地、我が家に帰って来た。
家に帰って来たのだという実感で胸が熱くなる。私はこの屋敷を二週間以上留守にしていたのだった。
「マリー!」
ホーエンローエの屋敷で物騒な話をしてから、私はマリー様の事が気になっていた。何か彼女が危ない事をやる必要が出ていたらどうしようかと思っていたのだ。
しかし、マリー様はいつも通りの笑顔で「お帰りなさいませ奥様」と迎えてくれた。
「また相談したいことがあるから、ディナーの後集まってもらえない?」
マリー、ルカ、アルブレヒドは「承知しました、奥様」と頭を下げた。
***
夕飯後、フリードリヒ様も交えてヴィルヘルミーネ様とアナスタシア様のことを話した。
「素晴らしいです奥様!私は信じておりましたよ」
マリー様に抱きしめられる。アルブレヒドはまたもや泣いていた。
リカもマリー様に褒められていて、少し照れくさそうだった。
「エミリアのお陰で私の方もアナスタシア様とお話ができた。ありがとう、エミリア」
「そんな何度も言わないで下さい。ヴォルトブルグ家のためにしたまでですから……」
「今日集まっていただいたのは、公爵夫人全ての攻略がまだ終わっていないからです」
「アナスタシア様との2人でのお話しが上手くいかなかったのですか?」
「はい。ナスタシア様とお話ししましたが、正直彼女のことは理解できず……仲良くなるまでには至りませんでした」
一番時間をかけたのにも関わらず、彼女だけは無理だった。
「ですが、チャンスはあります。アナスタシア様は他の公爵夫人と交流したいそうなのです!」
「「「「……」」」」
私以外の全員が黙った。
え?なんで?
「エミリア様、アナスタシア様が交流したくとも、他の御三方はアナスタシア様と交流したくないのでは?」
リカにズバリと言われる。
「皆様アナスタシア様のことを警戒しております。公爵夫人同士の関係が悪くない平時でも、アナスタシア様とは皆様交流はありませんでした」
「……案はあります」
「何?」
フリードリヒ様が聞く。
「『聖騎士エガントス』です」
「それって……若い女性に大流行しているというあの?」
「はい。それを共通の話題とすれば話をしたくなるのではないでしょうか」
「それだけで来て下さいますかね?エガントスの話をしたいのであれば、他にもたくさん貴族がおります」
公爵夫人は皆それぞれ家が遠く、馬車で数日かかる距離だ。中間の場所か王都を予定していたが難しいかもしれない。
「少し弱いですわね。もう少し皆様を惹きつける何かが必要です」
「そうですか……」
がくり、と肩を落とした。全員が来てくれなければ、アナスタシア様の望みは叶わない。アナスタシア様、ひいては全員の結束を深めるのに良い機会だと思ったのだけれど……
「サロンの開催場所をエーデルの花畑にするのはどう?」
フリードリヒ様がそう提案した。
「良いですね!素敵な場所でお茶を楽しめば、話も弾みますし!」
物語の聖地と呼ばれるあの場所は簡単には入れないが、フリードリヒ様の許可があれば入ることができる!
「あそこの管理人に手紙を書こう」
***
サロンの準備をするべく使用人達と相談する傍ら、私はリーゼロッテ様、エレオノーレ様、ヴィルヘルミーネ様に手紙を書いた。
返事は以下の通りだった。
リーゼロッテ『新作衣装の作成で忙しくて、ちょっと難しいわ』
エレオノーレ『そう簡単には外出できません。ごめんなさいお姉様』
ヴィルヘルミーネ『エーデルは遠く、そう簡単に行ける場所ではない。お断りするよ、悪いね』
(3人共に断られた?!?)
仲良くなったとは言え皆様長年の付き合いではない。遠いし忙しいので難しかった。
「どうしましょう。アルブレヒト」
以前サロンについて話をしてくれたアルブレヒドに聞いてみる。
「最近流行りのサロンは貴族だけでなく庶民を呼ぶこともあります」
「庶民の方が来るの?!」
「主に知識人階級の方達ですね。学者や音楽家など、教養に富んだ方とお話ができるので貴族側にそういう需要があるのです」
なるほど。サロンも進化しているのね。
「そういう方々を呼べば来て下さるでしょうか」
「来て下さる可能性は高くなりましょう」
「どのような方との伝がありますか?」
ヴォルトブルグは公爵家なので、他の貴族伝いに有名人を呼ぶ事は可能だ。
アルブレヒトは有名な音楽家や学者に当たってくれるとのことだった。
だが、これでもまだ足りない気がする。私が呼ぼうとしているのは全員公爵夫人なのだ。自らの伝でもどうにかなりそうなのである。
その時、私は一つのことを閃き、ソフィア様に手紙を書いた。
***
「私をサロンへ、エーデルの花畑へ呼んで下さるのですか?!?」
屋敷のサンルームでソフィア様は大興奮だった。
「えぇ、是非に。ただ、大ファンのあなたに一つ協力して欲しいことがあるのだけれど……」
「何なりと!何なりと申し付け下さいませバーデン大公夫人!」
遜った態度をされて何だか気まずい。フリードリヒ様に圧をかけられてから、ソフィア様はものすごく従順になってしまった。
「エガントスの作者の方を探して欲しいの」
「えっ?!それは……」
「あまり良くないとは分かってはいるの。でも、どうしてもお願いしたくて……どうにかならないかしら」
公爵夫人方の共通点は聖騎士エガントスの物語。それならば作者にも興味があるはず。ビッグゲストを呼んだら来てくれるのでは?と考えたのだった。
「王都にいるとの噂はございます」
「そうなの?」
「でも変わった方らしく、あまり人前に出ることはないのだとか……」
「探すのは難しいということかしら」
「はい。時間がかかるかもしれません。ですが、私も協力致します」
「ありがとうソフィア様」
ソフィア様が帰ってから、私はフリードリヒ様の元へ行った。
「え?王都の商業エリアに行きたいの?」
「はい!そこにエガントスの作者の方がいるかもしれないんです」
「うーん……」
フリードリヒ様は困った顔をする。
「エミリアの作家を呼ぶというのはいい案だと思うけど……エミリア自ら足を運びたいの?」
「誠意を持って、直接お話ししたいのです」
大ベストセラー作家という貴族とは別の意味で偉大な存在。そんなお忙しい方を、従者が簡単に連れて来られるとは思えない。
「私も調べてみるよ」
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「あんまり私を不安にさせるような事をしないで欲しい。庶民には貴族を恨んでいる人間もいるんだ」
「そうですよね……」
私がしょんぼりとしているを見て、フリードリヒ様はぽんと頭に手を置いた。
「街へ行くときは教えて。できる限り一緒に行くよ」
「えっ?!」
フリードリヒ様は軽く微笑む。
「今度は私も君を守れそうだしね」
***
とはいえ、フリードリヒ様はそう簡単に時間を作れるわけではない。
予定されていた社交パーティに出たあと、私は早速王都へ向かった。
「エミリア!長旅大変そうだったわね!」
「お姉様!来て下さりありがとうございます!」
アルテンブルク領のエレオノーレ様の屋敷に、リーゼロッテ様とエレオノーレ様と私の3人で集まった。
この3人は家から王都まで比較的近いのでお願いしたら集まってくれた。
「それで?聖騎士エガントスの作者を探したいの?」
「はい。王都のどこかにいるらしいのです」
「それは私も聞いたことがあります」
「エレオノーレ様は流行りのものが好きですものね〜」
リーゼロッテ様にそう揶揄われて、エレオノーレ様は「悪い?」と拗ねたようにそっぽを向いた。
「それで、また街歩きをしたいの?」
「はい。リーゼロッテ様がいて下さったら心強いと……」
「さすがに公爵夫人3人で王都に行くのは目立ちすぎると思うけど」
「そうですか……」
しかし、エレオノーレ様の目はキラキラと輝いている。行きたくて行きたくて仕方がないようだ。
リーゼロッテ様は呆れたように「分かったわ」と言った。
「何度も行く必要があるのなら、3人で交代で行きましょう」
「えっ!お姉様と行けないのですか……?」
「エレオノーレ様はそもそも行けるか怪しいではないですか?」
許可を取ったら確実に行けない。時間のない中こっそり抜け出すしかない彼女と一緒に行くのは非効率と言えた。
「……分かりましたわ」
ガックリと肩を落とすエレオノーレ様。
「ですがエミリアお姉様、しばらく我家に泊まってくださるのですよね?」
「本当に泊まってよろしいのですか?」
「もちろんです!無駄に豪華なだけで大して使われていないこの宮殿が役に立って嬉しいくらいです。リーゼロッテ様も時間が許す限りいて下さいな」
「ありがとう。私はエミリアに次の新作ドレスの手伝いをしてもらいながら、しばらくここに滞在するわ」
社交のために移動したと思えば屋敷を取り仕切ったりと案外公爵夫人も忙しい。
3人は束の間の息抜きを楽しんだ。
次回 フリードリヒも合流して街で調査を始めます




