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2-26.宗教司祭

 ハネムーンを終えた翌日、アナスタシア様と会う前の昼間。

 フリードリヒ様に私のアイデアを話した。


「なるほど。宗教司祭としての仕事を利用するのか」

「はい。アナスタシア様は国の仕事をする際、ルカトを出ると聞きました。ということは、国内の宗教の査察などに行っているということですよね?」


「ゴリツィン家は宗教司祭として国の仕事を疎かにしているけれども、登録された宗教の教祖への訪問は最低限の仕事としてしているね」


 宗教司祭担当として最低限、国内の宗教くらいは把握しておかないとまずい。

 そのため、新たな宗教として登録されれば教祖として会う事が可能だ。

「そうするならまず、宗教として認めてもらわないとね」

 そのために法律が必要だった。申請書類を出して要件を満たしていることを認めてもらわないといけない。


 フリードリヒ様が法律事典を開きながら申請内容を書いていく。


「これって、我家を宗教とするってことだよね」

「要件を見る限り、架空の宗教を作るのは無理そうです」

「そうなると私が教祖なのかな」

「そうなりますね」

 味のない食べ物でも食べたような、なんとも言えない表情をするフリードリヒ様。


「教えとかを考えないといけないよね」

「それは私が考えますのでご心配なく!……なんでそんな不安そうな顔をしているのですか?」

「こういう勢いで動いている時のエミリアは危ない気がするんだ……」

 頭痛でもしてきた、というような顔をしながらも、彼は私の案に乗ってくれた。


 ***


 翌朝、7時。

 アナスタシア様の時間の都合上、勝負は1時間。

 1時間以内に宗教として認めてもらい、そして教祖としてフリードリヒ様の話を聞いてもらう。


 実際フリードリヒ様とアナスタシア様がお話しできるのが何分かは分からないが、2人きりで5分以上話せるのは大きい。


「あらァ。こちらへどうぞ」

 私とフリードリヒ様は来賓対応室へ通された。

 ソファとテーブル。宗教画くらいしかない。


「さて、まずは宗教としての登録ですね。申請内容を読ませて貰いましたが、お聞きしたいことがあります」

「はい」

「申請書類としては問題ありませんが……まず目的をお聞かせ下さい」

 この場を取り仕切るのは、私の役目だった。


「バーデンの地の益々の繁栄と安寧です」

「そのための儀式などは?」

「定期的に我家内で信者同士の結束を深めるために交流の機会を設けています」

「ン〜……礼拝施設は?」

「我が屋敷内の食堂に信者が集まり、目的のために意識を統一させます」

 

「不 許 可」

 笑顔でそう言われた。


「それは宗教とは言えませんね。ただのサークル活動です」

(やっぱりだめか……!)

 宗教として認められなければ、フリードリヒ様は教祖として話ができない。


 仕方ない。奥の手を使うか。もう怖いものなどない。

 私はもう一枚の紙を出した。


「こちらはどうでしょうか」

「……フリードリヒ様教?」

「エミリア???」


 さぁ来なさい!!!聞かれなくてもオタクとしてフリードリヒ様の魅力を語ってあげるわ。


「まずこの宗教の設立目的です。フリードリヒ様の幸せを願うことで、自らを救うことを目的としています。

 儀式は毎晩の祈りです。写真を見ながら今日も幸せを与えて下さった我が教祖、いや神、フリードリヒ様に感謝の言葉を伝えます。

 儀式としては、毎晩フリードリヒ様のいる方角に向かって祈りを捧げ、年に一度盛大な生誕祭を執り行います」


「礼拝施設などは……」

「施設など必要ありません。常に私の心にいらっしゃるのです」

「信者は1人ですか」

「はい、私1人です!!!」


 さっきよりは宗教らしい発言に、アナスタシア様は困惑していた。


「私がこの宗教を設立した経緯を詳しくお話しします。日々の生活が苦しく暗闇中にいた時に、私はパーティ会場で一際輝く光を見つけました。最初はシャンデリアの輝きがそうさせているのかと思いましたが、全く違いました。彼自身が輝いているのです。

 最初にお会いした時に確信しました。これは神であると。(〜中略〜)更に信仰を深め、このお方のために命を投げ出す覚悟で今日までやって参りました。彼の望みを叶え、貢物(絵画)をし、神のために尽くしてきました。そしてこれからもそれを続けるつもりです」


「……熱意は分かりました。ですが、それは盲信的な恋愛に近いもののように感じます。あなたは信者を増やし、自らの教えを広める気はありますか?」

 その質問は、よもすれば浮気を肯定するかとも取れるものだった。

 しかし、私の答えは決まっている。


「もちろん、フリードリヒ様の素晴らしさを全世界の人に知っていただきたいです!」


 私のように幸せになる人、救われている人はたくさんいるはず。それを取ってはいけない。

 彼の素晴らしさはみんなのもの。フリードリヒ様の優しさ、知性によってバーデンの地が繁栄しているのだから。


 だが、フリードリヒ様に近づき過ぎる女性がいるのが嫌だという気持ちも同時に湧いてくる。

 

 みんなにフリードリヒ様を知ってもらって一緒に推したい。

 けれど、彼の妻は私だけが良い。

 

「……第一信徒である私が最もフリードリヒ様からの寵愛を受けたいとは思います」


 言わなくても良いのに、結局言ってしまった。


「不許可」


(だめかぁ……)


「ですが、彼の話を聞きます……カワイソウなので」

 振り返ると、フリードリヒ様が顔を押さえながら「勘弁してくれ」と赤くなっていた。


「真面目な話をしますから、出て言って下さい。狂信者エミリア」


 ***


 推しを語り過ぎて2人に呆れられて追い出された。

 

 罰のように来賓対応室の前に立たされていると、お姉様がやって来た。

「エミリアは昔からスイッチが入ると無茶苦茶なことするわよね。」

「そうだったかしら……」


「そうよ。あなたが6歳の時、ニコラに友達がバカにされた瞬間ビンタしてたわよね。

 別にニコラは悪口を言っただけなのに、言葉で言い返さずに暴力に走るとかなんて野蛮なのかしらと思ったわ。

 お父様とお母様もこれはまずいと思ったらしいわよ。それとこの前もニコラに2度もビンタしたらしいじゃない?」

 

「私って、酷いわね……」

 しゃがみ込んでため息を吐いた。やっぱり人に迷惑をかけてばかりだわ……

 今回もフリードリヒ様の意見を聞いてちゃんとすればよかった。ヴィルヘルミーネ様に話ができるって褒められたところなのに……


「羨ましいわ。そこまで強い意志を持ってやりたいと思えることがあるなんて」


 お姉様の言葉に顔を上げる。

 

「私はただお父様の意見を聞くだけだった。私には何がやりたいだとか、強い思いだとかそういうものはなかった」


「今だってそうよ。アナスタシア様を信じているけれど、あの人のためなら何でもできるなんて強がりなの。

 エミリアの好きな推しより、宗教としての崇拝の方が凄いって自分に言い聞かせるために強いことを言った。自分の考えの方が崇高で素晴らしいって、勝ってるって思いたかった」


「でも、その時点で負けよね。あなたは戦おうとしていない。自分が熱中しているものに真っ直ぐなだけで、私のことなんて見えていないもの」

 

「推しって凄いのね」とエリーゼ姉様は自嘲気味に言った。


「それなら、お姉様もフリードリヒ様を一緒に推さない?お姉様なら私、一緒に推せるわ」

「結構よ」

「話だけでも……」

「無理な布教活動は嫌われるからやめた方が良いわよ」


 お姉様に逃げられた。


 私は廊下に1人取り残される。2人が出てきたのは1時間後で、話し合い自体はうまくいったようだった。


 ***


「エミリア、アナスタシア様が今晩2人でお話ししたいとの事だよ」

 ホテルまでの道すがら、フリードリヒ様にそう言われた。

 

「そう言えば、エミリアの目的はアナスタシア様と仲良くなる事だったわね。このまま帰ったらドン引きされたままだったから、良かったわね」

 付き添いのお姉様にそう言われて思い出す。そうだ。私は公爵夫人同士の結束を深めるためにここへ来たのだった!


 その夜、私はアナスタシア様の部屋に1人で入った。

 一対一でお話しするのは初めての事だった。


「こんばんわ、狂信者エミリア」

「……すみません、その呼び方はちょっと……」

「ピッタリだと思うのですけれど……冗談です」

 冗談を言っているのか分からない奇妙な笑い方。目が全然笑っていない。


「私は信徒以外の人間と親しくなったことが無いのです。ですから、あなたの目的を知って尚、難しいと思いますよ」

「何か一緒に楽しいことをしませんか?」

「楽しいコト?神に祈り、お告げを聞くのはエミリア様には無理ですよ?」

「趣味とか、本当にないのですか?」

「聖書を読む事でしょうか?」

「じゃぁ、神に選ばれたから懸命に仕事をしているのではなく、自ら進んでこの生活をしているのですね」


 アナスタシア様は首を傾げながら明後日の方向を見る。

「アナタと一緒です。アナタはヴォルトブルグ公のために身を粉にして働きますね?私も神のために身を粉にして働きます。同じです」

(相手と楽しめるような話があればと思ったけれど……全然ダメそう。神様の話はちょっとついていけなさそうだわ)


「あ」


 アナスタシア様は「あ」と口を開けた。

「姉妹エリーゼが言っていました。他の世界を知る事によって、自らの信仰が深まると」

「?」

「各領土の公爵夫人とお話ししてみたいです」

「?!?」

 思ってもみないチャンスが飛び込んで来た。


 いや、ちょっと待って。

 今サロンを開いてアナスタシア様に来てもらったとして、以前の五大公爵会談の時のように話が噛み合わなくて終わるだけ。

 心を通わせるためになんか共通の話題を作らなくちゃ。


「アナスタシア様、『聖騎士エガントスの物語』はご存知ですか?」

「?」

「庶民から貴族まで、女性がこぞって読む大人気恋愛小説です」

 

 私がヴィルヘルミーネ様から借りたものを出すと、アナスタシア様はパラパラと開いた。

「そちらお貸ししますので読んで下さい。そして、今度開催するサロンでヴィルヘルミーネ様に返して下さい」

「……ハ?」

 私にこれ以上できる事はないだろう。無理な布教活動は嫌われる。


 

 エミリアが退出したドアを見ながらアナスタシアはポツリと呟く。

「狂信者エミリア、又貸しは悪行以前のマナーの問題ですよー」

次回 自らの屋敷に戻って来たエミリアはサロンの開催を計画します。

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