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2-24.狂聖女

フリードリヒ様と同じベッドで寝た日の朝、いよいよ心臓がもたなくなり私はお姉様のところへ逃げ込んだ。

「困った子ね……」

「それだけで来たわけじゃないわ。アナスタシア様に他に会える方法がないか考えたいの」

 今日もフリードリヒ様はあの列に並んでくれているらしい。

 お姉様のところへ行くと言ったら、フリードリヒ様は「お義姉さんに他の方法がないか聞いてみて」と言っていた。


「どうにかならない?お姉様。私達なんとかアナスタシア様と仲良くならなければならないの。他の巡礼者の方達も話を聞いてもらえるのは5分程度なんでしょう?5分で仲良くなるのは無理よ」

 それはそうだとお姉様も分かっていたらしい。

「そう言われると思って、一応手は考えてあるわ」

「本当?!」

「えぇ、でも私はエミリアがルカトにとってどのくらい信用に足る人間かまだ判断できない。アナスタシア様と長時間話すなんて巡礼者でもできないの」

「……じゃぁ私の命の次に大切なものをお姉様に渡すわ」


 私は胸ポケットから小さな巾着を出した。


「結婚指輪よ。私がアナスタシア様に酷いことをして、お姉様がこの国を追放されたらお金に換えて。うちの家紋が付いているし、大きなダイヤだからそれなりの額になるはず」

「……」

「これくらいしか出せるものはないわ」

 お姉様は大きなため息をついた。

「本当あなたは、昔からやると決めたら大胆よね。こんなもの貰えないわ」

 お姉様は私に指輪を突き返した。


「エミリアがアナスタシア様を害する理由は特にない。信じるわ。今夜アナスタシア様に会いに行けるようにする」


 ***


 そのままお姉様と行動し夕飯を食べた後、私達は教会へ向かった。

 暗い中、手に持ったランプを頼りに進む。勝手口の方へ進み、通用路を通って階段をひたすら登った。

 登り終えて進んだ廊下の先には扉が一つしかなかった。


「失礼します」

「入っていいわ」


 部屋にいたのはアナスタシア様だった。

 膝に手を置いて座っている。


 お姉様曰く、この時間はアナスタシア様の授業時間ならしい。お姉様は夕食後彼女に勉強を教えに行っていた。


「姉妹エリーゼの実妹がエミリア様だとはねェ」

 小首を傾げながら口角を上げる。


「勉強時間の5分だけよ。絵を描きたいなんて戯言はいいわ」

「いえ、私は絵を描きに来ました」

「理解できない。そんなコトのためにルカトに来たわけじゃないでしょう?」

「はい。けれどもし我が夫が何の成果も得られないのであれば、せめて絵だけでも持って帰りたいのです。アナスタシア様とお姉様がお勉強している姿の」


「アナスタシア様、妹がこう言っているので、私達は勉強を始めましょう」


 2人は勉強を始めた。アナスタシア様は外国語を勉強していた。その姿を見ながら、私はひたすらクロッキーをした。


 勉強が終わると、私も姉と退出した。日付はとうに超えていた。


「アナスタシア様はこれから寝るの?」

「そうよ。夜明け前1度目の礼拝を教会で初めて、教会やこのルカトを治める仕事。

 9時から16時まで礼拝を挟みながら信者の話を聞いて、日没の礼拝、夜9時の礼拝。

 宗教司祭としての国の仕事や勉強をして日付を超えた時間に寝る。

 これを国の仕事で出張するときや祭りの時期以外、毎日休みなく5年やっているわ」


 信者のために身を粉にして働く人。その通りだった。

 私のようにのんびり絵など描く時間などない。今日の時間はさぞ滑稽だっただろう。

(それでも、接点を作るとしたらこれしか考えつかないけれど……)

 

「じゃぁ趣味とかはないの?」

「聞いたことないわね」

「お好きなものとかは?」

「さぁ?あえて言うなら花かしら?“花を捧げる信者は多いわ」

「好きなお花とか……」

「もういいでしょ」


 お姉様にも嫌われそうなので、これ以上はやめた。


***


 翌日も翌々日もアナスタシア様の元へ私はお姉様と行った。

 夕飯を終えたらお姉様の元へ行き、朝食の後に宿に戻る生活の私はほとんどフリードリヒ様と会えなくなってしまった。


 今までのアナスタシア様の情報をまとめてみたが、私的な面に関してはほとんど収穫がない。


 アナスタシア・ミハイロヴナ・ゴリツィン(?)

 最高指導者として就任したのは5年前。同時に国の要職である宗教司祭にもなる。毎日ルカトのために身を粉にして働く人。

 夫はパーヴェル・ニコラヴィッチ・ゴリツィンだが、教会で元帥を務めながら教会内の仕事をしているため、ほとんど外へ出て来ない。

 優しくて穏和な人だという噂の小男。

 アナスタシア様自身の性格は不明。信者に対しては慈悲深く祈りを捧げ、優しい声をかけるが、私とは教会で最初に話したきり会話はない。

 

「エミリア、無理をしていない?」

 心配そうなフリードリヒ様の顔。アナスタシア様と夜に会っていることは伝えていた。詳しい話はできないけれど。

「ごめんね。歯痒いばかりだけれど、私に今できることはほとんだないんだ。話を聞いてもらえたけどほんの数分で嫌がられてしまったし、礼拝に参加してみたけれど成果はなくてね」

 

「何年も長くお休みとっていなかったので、せっかくならゆっくりなさったらどうでしょう。それと……明日は私もアナスタシア様のところへ行く予定はございませんから、えぇっとハネムーンを再開したく……」

 そう言うと、フリードリヒ様はニコリと笑った。

「私にとって良い休みになってしまうね。応援しかできないけれど、何かあったらいつでも言ってね」


 椅子に座って本を読むフリードリヒ様がこちらに手を振る。

「君ならできると信じているよ」


 ***


 信じてもらっているところ悪いが、フリードリヒ様と同じくらい私も成果はなかった。

「もう諦めたら?」

「無理よ。平和のためだもの」

「おかしいわよ、エミリア」

 何が?と思いお姉様を見る。


「あなた、世界平和とか願う人間じゃなかったわ。自らの平穏無事を願いながら、ビクビク生きていたじゃない」

「私は変わったのよ。公爵家のご夫人方をまとめて意見を統一しないと……」

「気味が悪いわね」

 何の成果も得られず5日経とうとしていることと、あんまりな言い様に私は少し腹を立ててしまった。


「あの家にいた時とは違うの。今は大切な人がたくさんいるから。あの人達、特にフリードリヒ様のために頑張りたいのよ」

「……そう言えばあなたが出て行った後、戸棚の下からヴォルトブルグ公らしき写真が一枚出てきたわね」

「!!!」

「男性だったけどよく分からなかったから捨ててしまったわ」

(一枚無くしたと思ってたのは、そこにあったのね?!?)


 秘蔵写真が見つかってしまい恥ずかしさに悶絶する。最悪。わざわざ言わなくても良いじゃない。もうお姉様なんて大嫌い。

 ショックで顔を覆っているが、エリーゼ姉様もフリードリヒ様と同じく推しだとかそういうのが分からない人間なの……か?


「エリーゼ姉様って推しはいないの?」

「推し?何それ」

「誰かのファンってこと」

「ファン?そんなの生まれてこの方いないわ」

「アナスタシア様のファンではないの?」

「ファンというのとは違うでしょう。私はアナスタシア様を崇拝しているのよ。彼女のためなら何だってできるの」


 私はその日、宿へ帰った。

「フリードリヒ様、法律の本はございますか?」

「法律?あるよ」

 分厚い法律の本を開く。しかし、何がどこに書いてあるか分からない。

「何を探しているの?」

「この国の宗教法についてです」

「それならこのページかな」


 びっしりと書いてある条文にめまいがした。

「慣れてないと読み解くのは難しいよね。専門用語なんかもあるし。急ぎ?」

「いえ。明日はアナスタシア様と会えないので急ぎというほどでは」

「じゃぁ明後日の昼間にでも一緒に読み解こうか」

「はい。そうします」

 パタン、と本を閉じた。


 気づくと、フリードリヒ様が嬉しそうに笑っている。

「どうしたのですか?」

「いつも朝帰りのエミリアが夜に帰ってきたから嬉しくてね」

 その言い方では不良みたいではないですか……

「すみません」

「ごめん、謝ることではないよ。ただ少し……」

「少し?」

「寂しかった、かな?」


 寂しかった?!?フリードリヒ様が?!?


「私と会えなくて、ですか?」

「他にある?」

(きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!生きてて良かった!頑張って良かった!)


「私も!私も大変寂しかったです!!」

「うん。じゃぁエミリア今日はベッドで寝て」

(え、これってもしかして一緒に寝るってこと?!フリードリヒ様そういう気分?だめだわ!ゆっくりって言ってたけど、彼を寂しがらせてしまったのだもの!求められたら何でも応じてしまうわ)

 

「フリードリヒ様、私……」

「君の寝顔を眺めてるから」

「恥ずかしくて寝れません!やめて下さい!」

 愉快そうに笑うフリードリヒ様。

 冗談ですよね?そうですよね?!?

次回 2人はルカトを観光します。

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