2-23.ハネムーン
馬車で1時間ほど走る。
畑や家畜、合間にある村を見ながら進むと橋が見えた。
教会を中心とした街の一部は聖域として海で隔てられており、島のようになっている。
その景色は隔絶された世界のようだった。
(綺麗だけど、あの島に行ったら帰って来られなくなりそう……)
橋を渡りながら身震いする。この景色を見るのも最後?
教会の地下牢に幽閉される想像をしてしまった。怖すぎる。
一方のフリードリヒ様はマイペースだった。特に恐れている様子もなく外を眺めている。
「そんなに怖がらなくても大丈夫。綺麗な景色を楽しめば良いよ」
(あれを見たら無理です)
異様な状況を見て、私の警戒度は上がってしまった。
「ここはかつてハネムーンとして人気の地でもあったんだ」
「は、ハネムーン?!?」
「風光明媚でしょ?海に囲まれているから潮の満ち引きで海底が見えるんだよ。水位が結構浅いんだ」
そう言われると不思議な場所だ。世界には驚きな場所がたくさんあるのね。
「ここは幼い頃父の仕事で着いて行ったことがあってね。私の思い出の地でもあるんだ。アナスタシア様が政権を取る前にも、外務大臣としてここには何度か来たことがあるよ」
懐かしむように景色を見るフリードリヒ様。フリードリヒ様に関連のある場所だと言われると、少し嬉しくなる。
(ある意味の聖地巡礼だと思えば怖くないのでは?!?フリードリヒ様ゆかりの地へ来たと思えば……!)
ルカトの信者に言ったら怒られそうだし、フリードリヒ様にも呆れられそうなので心の中で1人思うことにした。
「怖くなくなってきました!」
結婚してから一年以上過ぎて気持ちが通じ合った夫婦に、思いもよらないハネムーンがやって来た。
***
とは言え、仕事が先である。浮かれたい気持ちを抑えて私はアナスタシア様へお会いしに行った。
「うーん、これは予想外だね」
巡礼者の列に並ばなければならないらしい。
先行するエリーゼ姉様が言う。
「アナスタシア様はできる限り平等に多くの人を救いたいという理念をお持ちです。そこに貧富や身分の差はございません」
事前に手紙を出しているが、返事が返って来ていないので「貴族だからって調子に乗るな、並べ」ということなのかもしれない。
フリードリヒ様は色々な国へ訪問しているため、こういう対応にも動じた様子はなく「大人しく並ばせてもらおうか」と言った。
周りを見渡すと、修道服を着た人が9割だ。黒と白の服を着た人ばかりがいる。そこで私は気づく。
「もしかして、これを見込んで私に喪服を?」
ふふ、とフリードリヒ様は笑った。さすが長年外交をやっているだけある。抜かりなしだ。ここでリーゼロッテ様が作ったような派手なドレスなんて着たら悪目立ちする。
「似合っていて可愛いよ」
先日まで自分で良いのかと聞いてきた彼とは大違いだ。
私が良いと言ったら急にグイグイと来る。
「ありがとうございます……フリードリヒ様もとても素敵です」
「ありがとう」
(余裕があり過ぎる!そういうところも好き!!)
ぽーっとしていると、エリーゼ姉様が咳払いをした。まずい、いちゃつき過ぎた。
***
結局アナスタシア様には会えなかった。16時で教会が閉まってしまったのである。
貴族や他の宗教の司祭など、特別な人が泊まる部屋に私達は宿泊することになった。
特別な人が泊まると言ってもあまり豪華な部屋ではない。
先日泊まった国境付近の部屋の半分ほどしかないし、置いてあるものも全て木製でシンプルなものばかりだ。
だが一般の巡礼者が共同の部屋で寝ることを思えば、ここはかなり豪華なのだった。
「エミリア、同室だからって落ち着いてね」
前回の私の困惑ぶりを思い出したのだろう。気遣ってくれる。
しかし、もうフリードリヒ様のファンであり、それによって失神したりおかしくなることが分かられて気遣われていると思うといたたまれない。
私のおかしさを理解しようとしてくれる優しさが痛い。
「だい……大丈夫です。フリードリヒ様は前回よりも余裕そうですね」
「ん?そりゃね。エミリアが私の事が好きで嫌がられてないと分かったから、あまり気にしなく良いと思って……」
2人の視線がなぜか自然とある一点に吸い寄せられた。
「「……」」
ベッドが一つしかない。
(なんで?!?)
ここには2人で宿泊すると言っていたはずだ。2人で泊まるなら普通ベッドは2つだろう。なぜ1つなの?!?
フリードリヒ様も同じことを思っているらしい。笑顔が引き攣っている。
後から聞いた話では、宿屋の主人が少しでもベッドを節約したかったらしく「夫婦なら大きめのベッド1つでいいだろ」と思って勝手に一つにしたらしい。
そんな理由など知らない私たちはひたすら困惑するばかり。別の部屋はないし、布団も一組。
「……とりあえず夕飯を食べようか」
「そ、そうですね」
問題を棚上げしたところで解消されるわけではない。むしろ意識してしまう。
(あと3時間もしないうちに一緒のベッドに……あと2時間半で……)
時計をチラチラと見てしまい食は進まないし、会話もない。
フリードリヒ様も全然話さない。こういう時気を遣ってくださる方なのに。ますます何を考えているか分からなくて私は困り果てた。
(一緒に寝るのが嫌なわけじゃない。でも、早い!展開が早い!!2人で同じベッドなんて……)
「エミリア」
「は、はい!」
フリードリヒ様は全然笑顔ではなく、本気で困った顔をしていた。
「まず一つ言っておくよ。今日君に手を出すつもりはないから」
(これは喜んでいいのよね?大切にされてるってことなのよね?)
私は以前リカから言われたことを思い出した。
「あの、私は恋愛における手順がよく分からないのです。なので、フリードリヒ様が思う順序で進めて欲しいのですが……」
「恋愛経験がないということ?」
(言いにくい。キラキラとしたフリードリヒ様に浮気相手だった私の話など……前奥様のことを思い出させてしまうかもしれないし)
「そう、ですね」
「そうなんだ。話してくれてありがとう。じゃぁ尚更ゆっくり進めないとね」
「ありがとうございます。ですが勘違いしないで頂きたいのが、フリードリヒ様に触れたいという気持ちはあり……先日頬にキスしてしまったのもそんな気持ちで……」
「なるほど」
こういう気持ちを赤裸々に話すのって恥ずかしいけれど、変に食い違うより良かったわよね?そうよね?そうじゃないと、私恥ずかしい思いをしただけなんだけど。
「お互いに変に意識したりせず寝られたら良いね。睡眠は大事だから」
「そうですね」
「エミリアは私が隣にいたら困惑しちゃうかな?それなら先に布団に入って寝ていいよ。読みたい本もあるし」
「では、それでお願いします。すみません……」
なんとか意識の擦り合わせができたわ。
安心したので少し笑ってみせると、フリードリヒ様もぎこちないながら口角を上げた。
((どう考えても意識せずにはいられないけど))
奇しくも2人の気持ちは完全に一致していた。
***
(普通に無理だろ)
私はエミリアが寝たのを確認してリビングに戻った。
(好きな女性と同じベッド?無理だろ。そんなに枯れていないぞ私は)
大きなため息が出てしまった。
ソファがあればそっちで寝ようと思うが、固い木製の椅子しかない。敷布団どころか掛け布団の類もないこのリビングで寝るのはかなりキツい。
しかし、それと同じかそれ以上にベッドで寝るのもキツい。
今日だって、仕事中なのに自然といちゃつき始めてしまったのだ。
懸命に理性で抑えていたが、エミリアが可愛いくて外用の顔を作るのに必死だった。
私が話しかけるとぱっと顔を輝かせ、けれども目を合わせると少し照れて、最後には、はにかみながら私の方を見る。
懸命に私の好きな話題を探しているのも分かるし、褒めればすぐ照れる。
視線で「好き」と言われているかのごとく見てくる。バレるとハッとして視線を逸らす。
人の感情の機微によく気づく自分の性質を呪った。こんなにもわかりやすい子もそういない。
どう考えてもあり得なくて見落としていたが、意識してみるとこんなにも。
そんな可愛い仕草ばかりする彼女を見て好きだという気持ちが加速しない方がおかしい。
(そんな状態で同じベッドで寝れるはずがないだろう。うっかり抱きしめた日には……)
相手は20。私は35。私は大人。両想いだからといって、そう簡単に手を出していい存在ではないはずだ。ゆっくり事を進めるという話もしたばかり……
とはいえ、非常に疲れているのも確かだ。公務で飛び回ってばかり。休みたい。
パジャマに着替えた。ベッドに座ってみる。
彼女を背にして恐る恐る横になる。
…………
大きな音がして起きた。朝日が昇っていた。
「エミリア……大丈夫?」
エミリアがベッドから転げ落ちていた。
次回 エミリアはアナスタシアと会うために姉と奔走します。一方のフリードリヒは……




