2-22.入国
昨晩は疲れ切って、お風呂に入ったらすぐに寝てしまった。
そうして翌日、少しでも早くルカトに入ろうと従者達やフリードリヒ様は手を尽くしているようだった。
(暇なのは私とリカくらいなのかしら)
何もできず手持ち無沙汰で、どうにも落ち着かなかった。
どこまでも続いているのではないかと錯覚するような畑を見るが、それもすぐに見飽きてしまいリカを伴って壁の近くをうろうろとしてみた。
そんなことを一時間ほど続けていると、畑の先に人が歩いているのを見つけた。
修道服を着た女性だ。手には野菜を持っている。
(……あれ?)
こちらへ向かってくる女性。ふわりと風が吹き枯れ草が目に入る。その女性もそうなのだろう、目を擦って——
「……お姉様?」
私より濃い赤毛の髪。この辺りでは珍しいだろう。間違いなくお姉様だ。
「エミリア?」
「どうしてここに?」
***
お姉様と2人で話したくて、リカには先に帰って貰った。
小麦畑を2人でゆっくりと歩きながら、お姉様は没落し庶民に身を落としてからの生活について語った。
「あの後私は路頭に迷って、お父様やお母様と一緒に教会へ保護を求めに行ったの。そこで寝食を世話になってね。ただで施しをされるのが申し訳なくなって、私は教会の手伝いをした」
「お父様やお母様も最初少ししていたんだけど、清貧な生活に耐えられなかったみたい。近くの街で仕事を見つけてなんとか生活しているらしいわ。
私は修道女としての生活が合っていたから真面目にお勤めしていたら、一度ルカトを見に行ったほうが良いと言われて巡礼者としてこちらへ来て、最近ルカトの信民となったの」
驚きはあったが、あの真面目なお姉様に修道女は合っていそうな気もした。
「エミリアはどうしてここへ?公爵夫人をやっているのではないの?」
「旦那様と一緒にアナスタシア様に会いにきたの」
「この辺りもきな臭くなって来たから、その関係かしら」
「うん」
お姉様は少し迷って、しかし意を決したように言った。
「アナスタシアに会うのなら、ルカトに入国したいのね」
「うん……」
「私は19年間、あなたをあの屋敷で虐げてきた。行いを悔い改める良い機会なのかもしれない」
「どういうこと?」
「ルカトへの入国の手助けをします」
「え?」
「この国にいるのは貧しい人間ばかりで、救いを求めてくる人が多いの。そうしてアナスタシア様に救われた人々の多くは、ここに住むか伝道者師として旅をする。
でもみんなが簡単にルカトに住めるわけじゃない。信心深く、この国の発展に寄与する人のみがルカト聖教国に住める」
ルカトは五代公爵家の中で二番目に小さい。我が領地の半分以下だ。
そして、ルカトは我が国だけでなく、この周辺地域全体に多くの信者を抱える大規模な宗教だ。
一貴族であるゴリツィンの敷地内、つまりルカト聖教国に住める人間は限られているのだ。
「じゃぁお姉様は選ばれしルカト信民なのね!すごいわ」
お姉様は学があったため、ルカトで教職についているらしい。
「信者以外のルカトへの入国には、ルカト聖教国の信民と深い関係のある人間と入るのが一番容易だわ。私とエミリアは姉妹だから、血縁関係は関係性として強い」
そう言えば、フリードリヒ様もそんな事を言っていた。
「ただそれでも聖教国内での行動は制限されてしまうけどね。一定の範囲内は自由に移動できるけど、中心部に近づくには私と歩く必要がある。それでも良いかしら」
「ありがとうお姉様!」
「ちなみに、具体的には何をしようとしているの?それによっては、私は信民として入国させるわけにはいかない」
私は公爵夫人を一人一人攻略してまわっている事を話した。
「それは随分すごい事をしているのね……」
「でも、この国の意思を統一するために大切な事なの」
お姉様は目を伏せて少し考えると
「そうね。アナスタシア様にとっても、他の公爵家のご夫人方と会うのは悪いことではないかもしれない」
と言った。
「でも、あまり期待しないほうが良いわ。アナスタシア様は歴代のルカトの指導者の中でも保守的で、信民をとても大切にしてくれる反面、信者と神以外に興味がないの。
信者以外の人間だからと言って酷い事をなさるわけではないけど……その、本当に興味がなくて相手にされないかも」
「でも、信者のために身を粉にして働く、素晴らしい人なのよ。24時間365日、神と信者のことのみを考えて生きている。
まさに聖女。
人を救うために生まれたと言っても過言でない方。神秘的な術も使えるしね」
お姉様も信者として心酔しているところがあるのかもしれない。神秘的な術だなんて。
お姉様はあの検問所を通り国内へ帰って行った。
***
翌日お姉様が検問所に現れ、私達を入国させてくれることになった。
「入れるのは身元のしっかりしているヴォルトブルグ夫妻のみよ」
(え……)
私はフリードリヒ様と顔を見合わせてしまう。
「例外は認められないわ」
「分かったよ。ありがとう、お義姉さん」
「……いいえ」
エリーゼ姉様はフリードリヒ様の事をなんとも言えない目で見ていた。
没落する際に助けを求めて拒否の手紙を送られている。恨むことはお門違いとは言えど、味方とは言いにくいのだろう。
門が開かれた。
信者とは別の通用口から通される。手荷物検査や何やら色々と書類を書かされついに入国となった。
壁を隔てた先は——
「すごく……綺麗」
「うん、本当だね」
小高い場所に立つ教会を囲んだ大きな街が裾野まで広がっている。
その先は壁の外と同じく穀倉地帯だ。
祝福するような鐘の音が聞こえる。
すると、急に大きな声が聞こえた。
検問所の人と巡礼者が手を止め、地面に五体投地しているのだ。
そうして顔を上げつつ叫ぶ。
「アナスタシア様万歳!アナスタシア様万歳!神の国ルカトは聖女の導きと御業による永遠の命を約束された土地!」
異世界の光景に、背中がぞわりとした。
ホーエンローエも怖かったが、こっちはこっちで得体が知れなくて怖い……
(なんかすごいところに来ちゃった……)
相当訛りがあるが、同じ言語で祈り?をしているのも恐怖だった。意味が伝わってくるからこそ、脳が理解を拒む。
アナスタシア様と出会った時の光のない黒い目を思い出した。
『神は私をお救いになる』
(やっと入国できたけど、もう帰りたいかも)
次回 気持ちが通じ合い、フリードリヒの遠慮がなくなり……?




