2-21.一つ屋根の下
夕飯の給仕を終えた後リカがこう言った。
「私達使用人も本日の業務を終了したく。ルカト国境までの移動で使用人達も疲れております」
フリードリヒ様は何か言おうとしたみたいだったが、私はフリードリヒ様とお話をするために決意した。
「分かりました。リカ、お疲れ様。下がって」
パタン、とドアが閉まった。
何も音がしない。
とても彼を見れる気がしなくて、息遣いに耳を澄ます。
衣擦れと椅子を引く音がした。
「エミリアは優しいね」
私の顔を覗き込むようにフリードリヒ様は言った。
「あ、いえ……」
「寝る場所のことなんだけど」
何も悪い事をしていないのに、ぎくりとする。
「この部屋、家族向けでね。寝室が二つあるんだ。こっちを使って」
案内された部屋のベッドは、キングサイズのものが一つだった。
(もう一つの部屋に同じものがあるのよね……?)
フリードリヒ様の考えを読めないかと顔を見てみたが、いつも通りの笑顔で何も分からない。
「わ、分かりました」
「うん、じゃぁお風呂入っておいで」
「おふろっ?!……いえいえいえお先に入って下さい!」
「大丈夫だよ、私は外で入ってくるから」
ひっくり返りそうになった。外?!?共有の?!?公爵家当主が?!?この国でトップ10に入るお方が庶民とお風呂?!?
「ダメです!!!絶対ダメです!!!」
「従者と入るよ。今回ついて来てくれた従者達と腹を割って話したいし……」
「私と!私とお話ししましょう!」
「……」
(………………あ)
「ちちちちち違います!私何を言って、お風呂に一緒に入るとかそんなわけなくて、でも、あのっ」
「うん、落ち着いて」
「……はい、申し訳ありません」
一旦ソファに座らされ、私はしょんぼりとした。
「ごめん、私がちゃんと話をすれば良かったね。一方的に決めようとして」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます………」
「うん、本音を話そうか。夫婦なわけだしね」
びくりと体が動く。
夫婦が、同じ部屋。男と女が一つ屋根の下。
「恥ずかしい話なんだけど、私もどうしたら良いか分からなくて」
「……え」
「エミリアは私の事が好き……で合ってる?」
「はい」
「この前君から頬にキスをもらって、私は思わず君と会える最後かもしれないと思って唇に返そうと思ったんだけど……でも、やっぱり気になってしまうんだ。歳の差が」
「……」
「恋愛する相手が私で本当に良いの?」
「はい。私の心にはフリードリヒ様しかおりません」
「同じくらいの歳の男の子達と恋愛したくはない?」
「はい。なぜそんな事を聞くのですか?」
夫婦なのに。別に不倫しているわけでもないのに、なぜこんな事を聞かれるのか分からない。
「君を、エミリアを、手放せそうにないから……」
「え?」
苦しそうに下を向いているフリードリヒ様。
「まだ、まだここまでなら何とかする。でも、一度手に入った君を、もう他の人に渡すなんて考えられない……」
その言葉を聞いて思う。
(あぁ、この人はなんて優しいんだろう)
私達は両思い。フリードリヒ様は私の事が好き。
けれども、それでも私の可能性を考えて手放す選択肢を与えてくれる。
私の事を本当に想ってくれているんだ。
好きな相手にこんなこと言いたくないはずだ。
だって、私が逆の立場なら絶対嫌だもの。
好きな人に「もっとあなたに良い人がいるんじゃないか」なんて優しく言えると思えない。
「やっぱりやめます」って言われる可能性を考えたら、心が張り裂けそう。
それでもフリードリヒ様は笑顔を作って「それが良いよ」って言ってくれるのかもしれない。
「その言葉を聞いて、もっと好きになってしまいました」
この人は本当にどこまで私を落とすつもりなの?
もう無理、本当、推しとしてもそうだけど、この人本当に私をどうするつもり?
「もう無理です。フリードリヒ様格好良過ぎ……」
額に手を当てて天を仰いでしまった。
「えっと」
「あなたが自信を持てるよう、私も本音をお話しします。嫌いにならないで下さいね」
この重たい愛を受け止められる?
あなたのファン歴10年の愛を見せつけてあげるわ。
***
30分近くマシンガントークのように今までの愛をぶつけた結果、フリードリヒ様は逃げた。
そうして今お風呂に入りに行っている。
「……勝った」
私は清々しい気持ちだった。今まで胸に秘めていたあなたへの想いを伝えてしまったのだ!
「……引かれたかも」
急に頭が冷えた。
フリードリヒ様は呆気に取られていて、何も口を挟まなかった。
(もっと小出しにすれば良かった!!!推しに便箋10枚に渡るファンレターを朗読した気分だわ!!!恥ずかしい!!!)
「でも、歳上男性から言われたいセリフ第一位みたいなこと言われて愛が爆発しちゃったんだもの」
他にいい人がいるよ系の言葉は、私の中で年上の男性と恋愛する上で一番言われたいセリフだ。
年上男性が好きな私だって、若い女だからとデレデレしてくる歳上男は汚いおっさんである。
「あ〜〜〜ついに現実で言われる日が来ようとは……しかも一番の推しのフリードリヒ様に……死んでしまっても良い」
「エミリア、何死のうとしてるの?」
「うひゃぁぁぁ!!!」
ソファの上で50cmくらい飛んだ気がする。
「……すみません、引きましたよね。でもお願いですから、恋人関係を解消したいとは言わないでください。お願いします……」
下を向いてダラダラと冷や汗をかく私。
「ん……正直その推しとか言うのはよく分からないんだけど、私の熱心なファンだったてことで合ってる?」
「はい」
「それで、実家で辛いことが合った時、私の事を思って乗り越えていたと……あぁ!だからいつも救ってくれたとか言っていたのか!」
ぽん、と彼は納得した顔をした。
「今まで疑問に思っていたことが全て解決したよ。ファンだったから会うのに緊張して気を失いそうになったり、まともに話ができなかったりしたんだね」
「引きませんか?」
「ん〜……好かれてたって事だよね?いいんじゃない?」
この人ちょっと抜けてるというかポジティブというか、こういうところあるよね……
呆れた気持ちで顔を上げた瞬間、私は後ろに飛び退いた。
お風呂上がりのフリードリヒ様がいたのだ。
み、水が滴っていらっしゃる……!ひぃ……!刺激が強すぎる!!!
「申し訳ないんだけど、私は誰かのファンになった事がないんだ。だからエミリアの行動はとても不思議なんだけど……なんで顔を抑えて震えているの?大丈夫?」
「聞かないで下さい!」
「ごめんね。繊細な問題だったかな……」
(私はどうしたら良いの?!?)
「お風呂入ってきます!!!」
「あ、一旦お湯抜いて今沸かして……」
「同じお湯に入りたいほどの変態ではありませんっ!!!」
「えぇ……?」
***
恐ろしいほどの愛を聞かされた私は、心を落ち着けるため湯船に浸かっていた。
(ここ5年くらいで一番新鮮な驚きだったかもしれない)
まさか私にファンがいるとは。
学生時代それなりにモテてはいた。
言い寄られたことは結構あるし、好きな女性とは必ず付き合えたけれど、さすがにファンがいたとは思えない。
(モテてたとは言っても、私は公爵家当主が約束された身だったから、肩書きとか財力に言い寄られたのだと思っているけど)
元妻とは完全な政略結婚で、25歳に入籍すると決まっていた。妻も私の事が恋愛的に好きだったわけではないし、私もそうだったので、25歳になるまでは自由に恋愛していた。
(彼女のことは恋愛的に好きだった時があったのだろうか……。彼女は私がつまらなくて冷めたのだろうか)
結局、家を運営する良きパートナーとしての信頼に落ち着いていたわけだが。
(約10年恋愛してない。エミリアはどうなんだ?私のことをファンと言ってたから、さすがに同い年の男性と恋愛していたと思うが)
レオポルドや社交パーティで他の男性と話すのは全然平気そうだったし、全くの初心ではなさそうだ。
(私で彼女を楽しませられるのかは分からないが……あそこまで熱心なファンだと言われれば、大丈夫な気がしてきた。見てるだけで幸せとか言っていたし……)
「……」
今日だけで何回好きって言葉を聞いただろう。あんなに熱烈な告白もそうそうない。
「あー……何照れているんだ私は。いい歳して……」
こんな男が格好良いわけがないだろ。
次回 2人にとって想定外の人が現れて入国の手助けをしてくれます




