2-20.合流
ヴィルヘルミーネ様と恋バナで大いに盛り上がり、名残惜しいままお別れとなった。
お詫びだとかで名産品や価値のありそうなものをたくさん持たせてもらい、よっこらと馬車が走り出す。
「うぅ、気持ち悪い……二日酔いに馬車は辛いわ」
「昨晩まで人質がどうとか言っていたのに、急に親友みたいになるなんて俄かに信じられません。素直に尊敬しました」
「ありがとう……賭けには勝ったみたいね」
蓋を開けてみれば、ヴォルトブルグの大勝ちだった。
馬車が最後の城壁を越え門から出ようという時、私達は門兵に止められた。
「ヴォルトブルグ公爵から速達のお手紙です」
「フルードリヒ様?!?」
それは間違いなくうちの家紋だった。
そこには、フリードリヒ様がルカト聖教国へ今向かっているという事が書かれていた。
(アナスタシア様に会うために次に行こうと思っていたところだわ)
フリードリヒ様曰く、合流して一緒に行かないかとのこと。屋敷に戻るだけで片道5日はかかるけれども、ここからルカトは馬車で2日もあれば着く。
リーゼロッテ様やエレオノーレ様など多くの人から届いている手紙があるだろうから、確認してからと思い一旦帰ろうと考えていたのだけれど……
「他に小包が届いております」
その心配は無くなったらしい。私宛の手紙が入っていた。これを読みながらフリードリヒ様との合流地点までゆっくり移動するのが良いかもしれない。
「旦那様は結局エミリア様が心配で来たのではないですか?」
リカがニヤニヤしている。
「そっ……そうだと、すごく、嬉しい……」
私は完全に恋する乙女と化した。
***
フリードリヒ様は昼夜問わず馬車を飛ばしてきたらしい。
予定通り合流地点の街まで来た。
「エミリア!無事で良かった!!!」
フリードリヒ様に抱きしめられてしまった。
「あの、あの、ふ、ふりーどりひさま、あの」
(うわぁぁぁ……フリードリヒ様の良い香り……1週間以上会ってなかったから刺激強過ぎ……)
いつも香るコロンが薄まっている気がする。
「あ、ごめんね急に抱きしめたりして」
パッと身体を離された。
目の前に好きな人の顔がある。体が燃えるように熱くなり、思考がショートした。
(私の好きな人が、フリードリヒ様。恋愛的な意味で。フリードリヒ様も、多分、私のこと……)
いくら自信のない私でも、これは好きだと分かる。ホーエンローエに行く前に、未遂だが唇が触れそうになったのだ。
(りょ、りょ、りょ、りょうおもひ……キス……推しと、好きな人と、りょうおも……)
「エミリア?!?!」
「エミリア様?!?!そんな気はしていました!!!」
リカが叫ぶ声を最後に、私の意識は途切れた。
***
1日休みを挟み、私達はルカトへ出発した。
ホーエンローエの地はバーデンの地より広いが、山地が多い。しかも岩山が多いのだ。悪路で馬車の乗り心地は最悪だし、馬を替える必要もあってなかなか進まない。
それを見ながら、フリードリヒ様が色々と説明してくれた。
「ホーエンローエは我が国のように平地が少ないために、畑や酪農ができる土地が少ない。だから物資の奪い合いが頻繁に発生するんだ。ほら、あそこは貴族の邸宅だろうけど、山城だね。城塞の役割があるんだろうね」
我領地がのんびりとできるのは資源に恵まれているからなのか。バーデンの地では争いなど滅多に起きない。
「……ということは、ホーエンローエがうちの屋敷に攻めてきたら……」
「まずいだろうね」
ひぇぇぇぇと顔を青ざめさせていると「そんなに怖がらなくても良いよ」と言った。
「でも、攻められたら住むところがなくなってしまうんじゃ……」
「別荘はいくつかあるし、そのうちの一つは山城だから。最悪そこに籠城することになるね」
「えっ」
山城も持ってるの?
「公爵家はみんな持ってるよ。頻繁に攻められる事はないから平時は住み心地が良くて便利な場所にいて、攻められたら逃げられるようにしてるんだ。場所は内緒だから、辺境伯くらいしか知らないけど。有事に備えてちゃんと手入れするように管理人に伝えてるから、安心して」
公爵家は抜かりないのであった。
さて、しばらくすると平地になってきた。
「ここはホーエンローエとルカトの国境地帯だね」
トウモロコシや小麦の畑が広がっている。金色の草波の先に石造りの高い壁が見える。
壁に近づくと、黒っぽい修道服を着た人が増えてきた。ルカトにある教会を目指しやって来たらしく、検問所で長蛇の列ができていた。
「事前に申請しておいたけど、信者じゃない私達をすんなり通してくれるかな」
修道服の人たちはすんなりと入国を許可されている。
馬車を降りてフリードリヒ様自ら話に行った。暫くして戻ってきたが、どうもダメだったらしい。
「関係の深い信者がいれば良いんだけど……」
どうしよう、入ることもできないなんて。アナスタシア様に会うのってこんなに難易度高いの?!
フリードリヒ様も、アナスタシア様とは五大公爵会談でしか会ったことがないとのこと。
顔を合わせられるだけでレアな存在ならしい。
「足止めだね。何日ここで粘れるかな……アナスタシア様より前の指導者は、何日かこの付近に滞在すれば通してくれたんだよ」
フリードリヒ様は連絡を取っていたルカトの信者の貴族へ手紙を出し、働きかけを頼んでいた。
「貴族が使用する宿は取ってあるからそこへ行こうか」
しかし、宿屋の店主にこんなことを言われた。
「申し訳ありません。現在巡礼者が多い時期でして。他の貴族の方で泊まる方がいらっしゃいますので、スイートルーム二つはお貸しできません」
「「……」」
(え?!?こっちが先に予約したのに??!)
この周辺は信者とその巡礼者で商売が成り立っている。優先されるべきは信者なのだ。
他の貴族はホーエンローエの貴族であるし、トラブルも起こしたくない。
「分かりました。こっちのスイートルーム一つは確実にお願いします」
従者達用の部屋も少なくされ、皆には狭苦しい思いを何日もさせてしまうと思うと申し訳なかった。
だが、そんなことを考えている場合ではなかった。
「ごめんねエミリア。同室になってしまうけど許してね」
「……は」
「大丈夫だよ、スイートルームは広いから。プライベートは守れるようにする」
“同室“という言葉が衝撃的すぎて何も入ってこなかった。
(同室……?同室って?え?フリードリヒ様と私が同じ部屋?え?2人きりで?)
私は今だに馬車の2人きりの時間をフリードリヒ様を直視しないようにしているくらいなのだ。
今回だって、うたた寝したり(完全な狸寝入り)周辺の地理についてフリードリヒ様に説明頂いて1日気を逸らしていた。
お陰でホーエンローエの地の城塞や都市の作り、輸出入、文化、風土、気候、あらゆるものに詳しくなった。
(これ以上の難しい話は無理です!!!)
フリードリヒ様も、部屋にいるのに仕事の話ばかりしていたら気が滅入るに決まっている。
私は彼に連行される囚人の如く下を向いて、最上階のスイートルームへ向かった。
「うわぁ……素敵な部屋……」
素敵な部屋だ。そうなのだが、それ以上に素敵なフリードリヒ様と同室なことが大問題で、部屋なんかどうでもなんて良い。
従者達が荷物を運び込み、荷解きをする。
入ってきたリカがすぐに出ようとしたが、フリードリヒ様に呼び止められた。
「リカはここでエミリアの世話をするためにいて欲しい」
リカが私の方を見る。あの目は「断れ」と言っている。
(えっ、断るの?どうしよう?どうしたら良いの?)
だが、フリードリヒ様が何かをするときにいてくれた方が良いだろう。一般的には控えて貰ってもおかしくない。
「……じゃぁ、リカ、ここに控えていて」
(うわぁぁぁぁごめんなさい、そんなに睨まないで!)
一つため息を吐くと、彼女はコーヒーと紅茶を淹れ始めた。
その後コーヒーと紅茶を飲みながら話した話といえば、ルカトで今後やるべき事だとかそんなことだった。
仕事らしい会話だったし、リカもいるので私はリラックスして会話を出来た。
フリードリヒ様は別の机でまた手紙を書いたり仕事を始めたので、私も恋愛小説でも読もう……
「エミリア様、逃げましたね」
「うぐ」
「夫婦なのに、なぜ同じ部屋で2人でいることが気まずいんです!」
「いや、だって……」
「気持ちが通じ合ったのでしょう?」
「通じ合ったからこそ気まずいんじゃない!好きな人と密室で2人きりなのよ!密室で男女がやることと言ったら……」
「そんな急に旦那様が事を急ぐと思うのですか?」
「で、でも、恋人ってそういうものじゃ……私はそういうのしかした事ないもの」
「……まさか、そんな……」
「二番手の女なんてそういうものでしょ?」
普通の恋愛が分からないのだ、私は。どう進めていくとか、順序だとか、そういうものが……
「フリードリヒ様に求められたらなんでもするけれど……でも、彼は大切な人だから丁寧に進めるものな気がして。そういうのも今これで勉強しているところで……」
刺激が強くない方の小説を見ながらそう言う。
「全部お伝えしたらよろしいのでは」
「えっ」
「よく知らないと、分からないと。エミリア様はどうしたいのですか?」
どうしたいのだろう、私は。
今までは求められた事をしていた。それこそ、役に立つならそれで良いかな、くらいの気持ちで。
でも何となく他の人はもっとゆっくり事を進めていて、お互い一歩一歩息を合わせていた気がする。
「あ……」
そういえばこの前大胆にも私から頬にキスをしたのだった。
あれはフリードリヒ様が愛おしくて、ついした行動だった。私がやりたいのはあぁいう事なのかもしれない。
優しく触れたいのかも。
フリードリヒ様に触れる事を意識した瞬間、急に緊張してきた。
(他の男の人とはもっとすごいことしてるのに……!初めて経験する気持ちだわ!)
チラリと背後の彼を見る。見ただけでおかしくなりそうだった。
次回、ついに同じ部屋で2人きりになり……




