2-19.私の価値②
「君の勝ちだ」
ヴィルヘルミーネ様は踵を返すと椅子に戻った。
「私は戦う前から負けていたんだな」
「マリー・ホーエンローエの事は切り札でした」
「見事だ。長年にわたり外務大臣を務めている家なだけあるな。使節を送る際のやりとりに慣れている」
「そうですね。フリードリヒ様は見事です。私のような頼りない使者でも、安全に外交できるようあらゆる手を尽くしています」
「マリー・ホーエンローエが手を汚し、我が妹が殺されて、それでも君が帰ってこなかった場合の想定もしていそうだ。後ろ暗い部分だろうから、君に伝える情報を選別したのだと思う」
私が切り札だと思っているマリー様のことも、切り札ではないかもしれないということか。フリードリヒ様ならそこまで考えていそうだ。
『この家のために、君を助けに行く王子様にはなれないんだ。許してくれ』
選択肢の中にフリードリヒ様自身が助けに来てくれる可能性なく、最悪私を切り捨てるという選択もあるのだろう。
「信じてもらえるか分からないが、私のこの行動はコンラート様に頼まれたものではないんだ。ホーエンローエとしてこういう考えになるのは自然ではあるが、エミリア様が来たら人質として幽閉しろとの指示はなかった。私の独断で行ったことだ。
ノコノコと気楽に来た君に、ホーエンローエを脅威と感じて欲しかったんだよ」
「ゲームに負けたからといって、最初から幽閉される可能性はなかったのですか?」
「現在遠征に行っているコンラート様から何かしらの指示がなければね。
私としては君に怖い思いをさせて足止めし、ヴォルトブルグ公に私の存在をアピールしたかった」
「……」
「格好悪いな。知って欲しかったんだ。女の私が政治の世界でも通用すると周囲に思わせたかった」
彼女は使用人にジャケットとネクタイを放った。襟元を緩める。
「私は男になりたかったのかもしれない。少なくとも、このホーエンローエで存在感を見せるような実力者となりたかった。そのためにホーエンローエの地では男である事が重要だった」
「妹も、先代の妃達も私のような野心家では無かった。貴族社会に生きる女として役に立つ事をしていた。
私はそれを歯痒く思っていた。能力があるのに押し込められているように感じたんだ。だからそうなりたくなくて男のように振る舞い、軍の中で役割を持った。
けれど、結局それはあくまで私が公爵夫人だから許される我儘だったんだろう」
「私が本当にするべきは男の真似事では無いのだと思う。
現実から目を背けるべきではなかった。
女だからこそ、公爵夫人だからこそ最大限力を発揮する方法を考えるべきだった。それこそ、君のように」
「……私ですか?」
彼女はこくりと頷いた。
「エミリア様の強さは、自らがまだ力のない存在であると真正面から認めているところだと思い知ったよ。
自分の実力がよく分かっているんだね。
だから、君は人に頼る。意見を聞く。そして考えて、話し合いをするんだ」
「……そうとも限りません。最近無茶をして怒られました」
「そうか。でも今回私はヴォルトブルグ公と君のコンビネーションにやられたと思っているよ。君と私、一対一であれば余裕で勝てると奢った私の負けだ。
君の背後にいる人間の存在を見ていなかった」
ヴィルヘルミーネ様は今回ほとんど単独で動いた。夫であるホーエンローエ公爵と共闘していれば手強かっただろう。
「なぜ、単独で行ったのですか?」
「なぜ?痛いところをつくな」
「ヴィルヘルミーネ様は優秀です。ホーエンローエ公爵と協力されたら、我が夫でも勝てなかったかもしれません」
「家の事より自分の欲を優先するような意見を言うつもりはないよ」
「でも、ヴィルヘルミーネ様は……」
そこまで言って、私は一つの可能性に辿り着いた。そしてそれを安易に口にしてしまった。
「コンラート様に実力を認めて欲しくて単独でこのようなことを?」
それを言うと、みるみるうちにヴィルヘルミーネ様の顔が赤くなってゆく。両手で顔を覆っているが、耳や首が赤い。
「コンラート様は私の憧れであり、尊敬する対象だ」
「!それってつまり推しですか?!ファンだったのですか?!?お慕いしているということですか!?!?」
私が急に目を輝かせてヴィルヘルミーネ様に詰め寄ると、その勢いに押されたようだった。
「まぁ。結婚する前から、お慕いしていた」
「素敵〜〜〜!!!」
「やめてくれ、恥ずかしい」
(そんなことありませんヴィルヘルミーネ様!貴族社会で恋愛結婚なんてそうあるものではありませんから!)
「ホーエンローエ公爵はおいくつでしたっけ?」
「34」
「フリードリヒ様と同い年ですのね!ということは……ヴィルヘルミーネ様もうんと年上の男性が好きなのですね!」
「いや、コンラート様のような凛々しく、賢く、格好良く、強い男性が好きなだけだ」
「つまり!コンラート様が好きだと!」
「そうだ!」
恥ずかしさが振り切れてヴィルヘルミーネ様はもう自棄になっていた。メイドに高いお酒を持ってくるように言っている。ついでに私ももらうことにした。
「コンラート様のような男性が好きということは……ガタイの良い方がお好きなのでしょうか?」
「私は腹筋が6つに割れていないと男とは認めん」
「なんと!それではホーエンローエ公はぴったりなお方ですね!この国の軍事のトップですから!絶対に6つに割れていますわ!いつから好きなのですか?!?」
酒が運ばれて来る。私とヴィルヘルミーネ様は勢いよく飲みだした。
「拳銃で数メートル先の的を的確に射抜いた時、私のハートも射抜かれたんだ」
「ほわぁぁぁぁぁ!!!」
一時間後、完全に出来上がった公爵夫人達がそこにいた。
「式典の軍服ではなく、戦地へ向かう時の実用的な服で戦いに行く様が実に素晴らしい。私も本当はお供したいんだ」
「それで、軍で指揮が取れるよう訓練なさっているのですね!」
「しかし、どうせ私は女だ。軍の兵たちは私の指示など聞きたくなさそうだ」
「ヴィルヘルミーネ様がコンラート様のお役に立ちたい一心だとお伝えしてはいかがでしょうか?!」
「はぁ?!そんなの無理だ!」
「こんなに純粋にお慕いする心を持っていることが分かれば、きっと皆さん協力して下さいます!」
「君ならできるというのか?屋敷中に夫にゾッコンなことをバラしながら生活するんだぞ」
「はい!現に今その状態で生活しています」
「すごいな君は!!!」
ワハハハハ!!!と高笑いするヴィルヘルミーネ様。私も何だか愉快な気持ちだ。
「君は夫とどこまでいっているんだ?結婚して一年過ぎたところだろう」
「どこまでとは?」
「キスとかそれ以上とか」
「えぇっ?!?」
私は赤ワインを口からぼたぼたと溢してしまった。血を吹いているみたいな様子を「実にワイルドだな!」とヴィルヘルミーネ様は笑う。
「フリードリヒ様からその、ここに送り出される前……キ……キキ、キスをされそうになったのですが、私はどうしたら良いか分からなくて。この好きは恋愛的な好きなのでしょうか?推しとかファンとかの好きではないかという可能性が拭えなくて……」
「ファンかもしれないが、恋愛的に好きでもあるという状態は両立すると私は思う。現に私がそうだ。人間として、異性として素晴らしい存在であるという認識もあるが、併せて少し情けないところだとか格好悪いところを愛しいと思うこともある」
それは盲点だった。そうか、推しであることと好きであることは両立するのか!!!それならば間違いなくこの感情は
「好きです、フリードリヒ様が!!!ものすごく!!!」
「今までの態度を見るに当たり前過ぎるな。むしろなぜ気づかなかったのかが不思議なくらいだ」
「えーっと……普通の恋人がすることはどこで学べば良いのでしょうか?」
「異性と付き合ったことはないのか?」
「ありますが、ずっと二番手の女だったので、普通の恋人同士がどういった感じか自信がなくて……」
「恋愛小説でも読むか?」
「ヴィルヘルミーネ様も読んでいるのですか?」
「……まぁ、それなりに……」
「おすすめを貸していただけませんか?!?」
そう言ったら資料室へ連れて行かれた。軍事関係の機密書類などが置いてあるみたいだ。
「絶対に手を触れないでくれ、洒落にならない」と言われる。背後に兵士もいたので、なるべく何も見ないように努めた。
兵士を帰すと、とある書棚の前でヴィルヘルミーネ様は止まった。一冊の本を抜き出すと、その奥にあるレバーを引く
本棚を扉のように引くと、部屋が出てきた。
「小説のような読み物はこちらに置いているんだ」
机と椅子が一つに、本棚に囲まれた空間。どう考えてもプライベートスペースだ。恐らくこの本棚はヴィルヘルミーネ様の蔵書だ。
(すごい量の恋愛小説……)
「オススメはこれとこれと……」
嬉しそうに本を取り出するヴィルヘルミーネ様。机の上にどんどん本が積まれてゆく。
「えっと、返すのが遅くなってしまうかもしれませんから、数冊で大丈夫です」
「そうか。ではこの流行りのやつを。これはみんな読んでいるから間違いない。そうだ、これも貸しておこう。少し刺激的だから実践向きだ」
「え?!?」
ニヤリと笑う彼女。表紙からはそうと見えない。
「それにしても、これだけ慕っておいて恋愛感情じゃないと思っていたなんて、ヴォルトブルグ公は相当振り回されてそうだな」
「フリードリヒ様と恋愛する自分が想像できなかったんです……」
「ではこれを読んで想像力を膨らませるんだな。ヴォルトブルグ公が可哀想だ」
分厚い小説で頭を軽く叩かれた。
「私を軽く捻ったヴォルブルグ公が勝てないのが君とは」
「?」
ヴィルヘルミーネ回終わりです。
次回はフリードリヒと合流してアナスタシアのいるルカト聖教国へ向かいます。




