2-15.訪問
なんとか会う機会を作ることができ、訪問する際の土産物を私は選ぶことにした。
「プレゼントはお酒が良いと思うのですが詳しくなく、何が良いでしょうか」
料理人とアルブレヒトとフリードリヒ様の4人で食堂に集まる。
(お忙しいところ悪いとは思っているのだけれどフリードリヒ様とたくさん会えて幸せだわ……)
フリードリヒ様もお酒が好きだ。よく食後にワインを飲んでいる。
(真剣に悩んでいる顔も素敵……)
「ウチはワイン文化が盛んだけど、ホーエンローエの土地はビールの方が人気だね。ヴィルヘルミーネ様もビールが好きだと聞いたよ」
「ビールだとローゼンベルグの北の方のものも有名ですぜ」
「上質なビールは飲み飽きてるかもしれません」
「うちの土地にもビールを生産しているところはある。そこの方が珍しいから、以前ご主人のコンラート様にお贈りしたけど」
あーだこーだと話し合う3人。なかなか決まらないようだ。
「そういえば、パイプも好きという情報をご令嬢達の間から聞いたのですが……あまりよく知らないのですが、パイプに関するものをお贈りするというのはどうでしょうか?」
「「「……」」」
あれ?みんな黙ってしまったわ。
「まぁ、それも……」
「ヴィルヘルミーネ様にそういったものを贈ったことはございませんが……」
「パイプでしたら詳しいお方が……おっと」
「「……」」
(私がよく知らずパイプについて話したからかしら?あまり良いものではないのかしら?)
「ワインで良いかと思います、奥様。俺が今年のできのいいやつを選びますわ!」
「そうですね!その年の良いものを飲みたいと言いますものね!」
その後はいつも通りの空気で私は少しホッとした。
***
一通りゲームも覚えたし、賭けの練習もした。お酒も覚えた。
なんだか一気に大人のなった気分。ヴィルヘルミーネ様は大人の女性なのね。
ドレスもシックなものにする。可愛らしさは控えめ。
(可愛らしいは褒め言葉じゃないみたいだから!)
今日だけは少しだけ格好良い女性を目指すわ!
馬車で4日かけて私はホーエンローエ家の敷地に着いた。
ホーエンローエ家の城は城塞だった。遠くから見ても塀があり、堀が見える。
辿り着くまでは悪路だった。山の頂上のようなところに建っていて、攻め難いようになっているのだろう。
まず敷地内に入るのに兵士達によるチェック。
その後は馬車で敷地内を移動なのだが、堀があってなかなかまっすぐ進まない。
しばらくして小さな門みたいなものが現れ馬車を降りた。
門を通ると、急に喧騒に包まれた。
「……町?」
パン屋や服屋、小道具屋。私の家の近くにある街の小さいバージョンだ。どこからか陽気な音楽も聞こえる。
石畳に石の建物、全て石でできているのが特徴的だが、馴染みのある風景だった。さっきまで敵の領地に向かうのだと緊張していたのが嘘のようだった。
花吹雪が舞った。
公爵夫人が来るということで町民は歓待してくれた。町中には至る所に花が置いてある。
街灯には「ようこそいらっしゃいました!」と言う横断幕がいくつも飾られていた。
メインストリートの沿道には多くの町民が詰めかけている。
誘われるまま階段を登る。階段の脇には兵士が並んでいる。階段を登り終えると城の入り口の目の前になり、ギィと軋む音を立てて木製の大きめの戸が開いた。
屋敷内もローゼンベルグ家やうちの屋敷に比べると石壁で簡素なものだった。しかし、壁に沿ってずらりと甲冑が並び、歴史のありそうな槍や刀などが絵画のように飾られている。
華やかさと言うより力強さだ。中庭に噴水のような水場があって、顔を出したら兵士達が体を洗っていた。
思わず目を背けた。上半身だけとは言え、男性の裸体など初めて見た。領主の城を警護する兵士なのかもしれない。
上階へ上がると急に豪華な作りになった。
廊下は明らかに質の良いふかふかの絨毯。ガラス棚にはトロフィーが飾られていたり、歴代当主だろう人の絵画並んでいたり。
豪華な家系図は、権威を示すものとして定期的に更新されているのかもしれない。まだ数年しか経っていないのだろう、色褪せず美しい装飾だ。
エントランスのような開けた場所に一人の女性が早足で現れた。
「お迎えが遅れてすまない、エミリア嬢」
式典の時と似たような格好でヴィルヘルミーネ様が現れた。軍帽を被っていないので綺麗なお顔がよく見える。
「訓練に立ち会っていたんだ」
「いいえ、私達が少し早く着いてしまいましたから」
「ありがとう」
涼やかな笑顔。軍人といった風なのに暑苦しくなく爽やかだ。
来賓室に案内された。
「遠いところまで来て下さって感謝します」
「こちらこそ、色々とご準備下さってありがとうございます。町がすごく華やかで素敵でした」
「山の上なので肌寒くありませんでしたか?」
「いえ、景色が良い場所で、素敵なところですね」
(……あ、私明らかにスムーズに話ができている)
リーゼロッテ様やエレオノーレ様の時と違う。いや、変わったのだ。二人と仲良くなるという経験を経て、社交の会話が上手くなった。
パーティやサロンに積極的に参加したのも良かったのかもしれない。
(成長してるんだわ、私)
領地についての会話もできるようになっていた。バーデンという地について、この一年私はずいぶん勉強した。
直前にフリードリヒ様やアルブレヒトによく出る話題を習ったことで、自然とそれらの情報が出るようになっていた。
「そうですか、今年はこちらも雨が多く日照時間が足らないからか作物の出来がよくないのです。私の好きなビールの出来もイマイチで!」
ハハハ!と男性のように笑うヴィルヘルミーネ様。
だんだんと政治の話が増えてきて私は焦る。どこまで着いていけるかしら。外国の事情なんかは難しくてまだ全然なの!
明らかに他二人より会話レベルが高い気がする。
「あぁ、硬い話ばかりですまないね。趣味の話でもしようか」
その提案に私はホッとした。
「ヴィルヘルミーネ様はお酒がお好きだと伺いましたので、今日は手土産にワインをお持ちしました」
「ワインか!バーデンは有名なワインの産地だね」
「今回持ってきたのは南の方の……」
従者が持ってきたワインのラベルを見ながら嬉しそうな顔をする。やっぱりワインで正解だったみたい。
「エミリア嬢はイケる口かい?」
(きた!!!)
昼間っから早いと思わなくもないが、味見程度なのだろう。
そして、このホーエンローエの地でのコミュニケーションとして酒は非常に大事だと聞いている。
フリードリヒ様は私が外でお酒を飲むことを非常に心配していた。あまりお酒に強くないからだ。
ワインは強いお酒だから一口だけにしよう。ディナーの時も食前酒、食事の途中、最後と三回お酒が出ると聞いてるし。
ヴィルヘルミーネ様はグラスを振って香りを楽しむと、一息に呑んだ。
「……ん」
舌で薄く唇を濡らすように舐めるセクシーな仕草。これは女性の目がハートになるのも無理はない。
私も呑んでみたが、残念ながら美味しさの違いがあまり分からなかった。経験が圧倒的にないからだろう。
(ヴィルヘルミーネ様はすごいなぁ……)
これなら彼女が私のことを手玉に取れると思うのも無理はない。対等な立場になれる気がしない。
***
ディナーの後、ほろ酔い気分で私は部屋の外を見ていた。
眼下に見えるのオレンジ色の温かみのある光。皆寝静まっているのだろうか。ひどく静かで、心温まる景色だった。
「エミリア様、酔っ払ってますね」
「やっぱりワインは強いわね……。良い景色ねぇ……リカ」
「……」
リカは何も言わず、私の荷物を整理していた。少しくらい話に付き合ってくれても良いじゃない。
「ねー、ディナーの時のヴィルヘルミーネ様との会話どうだった?仲良くなれたかしら?」
「以前よりは態度を軟化させているとは思いますが、仲良くなったかと言われますと……」
「そうよねぇ……」
お酒を飲んでもヴィルヘルミーネ様の様子に変わりはなかった。強いていうなら少しお喋りになったくらい。
でも、あまり私的な会話は出てこなかった。むしろ……
「私の方が色々と話してしまった気がする」
最近は質問することも多いけれど、どちらかと言うと聞くことが多い私が話をさせられてしまった。
「ヴィルヘルミーネ様の話題が良かったのでしょう。よくエミリア様のことを調べているように思いました」
「……うぅ」
「フリードリヒ様について聞かれたら、エミリア様は立て板に水のように話しますからね」
そう!フリードリヒ様と仲が良いのかと聞かれたのだ。そうしてつい、酔っていたのもあってフリードリヒ様のことを話してしまった。
フリードリヒ様が何を調べようとしているだとか、外交の日程などは話さなかったけれど、余計なことを話した気がする。
太陽の元で輝いているだとか、乗馬姿が素敵だとか、そういえば、寝顔が愛らしいなんて事も言ってしまった!ごめんなさいフリードリヒ様!!ヴィルヘルミーネ様に口止めしておかなければ。
「明後日までに、どうにかしなければなりませんね」
リカが言いたいのは、明後日までにヴィルヘルミーネ様を攻略する必要があるということだ。片道4日かかるこの城塞には何度も通えない。
国際情勢は刻一刻と変化しているし、あまりゆっくりとしてはいられないのだ。
(もう五大公爵会談から二ヶ月が経ってしまう)
明後日は午前中に出発する。
明日が勝負だ。
次回ヴィルヘルミーネとカードゲームで賭けをします。
彼女達が賭けるものは……




