2-10.18歳の公爵夫人
「旦那様、こちらの件でお伺いしたいのですが……」
窓から馬車を見ていると、アルブレヒトに声をかけられた。
「あぁ、これか……」
この部下は優秀ではあるのだが少し遅かった。あの馬車にはエミリアが乗っているのだろう。
彼女が父のところへ行ったことは予想がつく。四人で茶会を催した後もリーゼロッテ様のところへ行ったエミリアを見て、私は彼女の動きを怪しいと踏んだ。
なので先んじて手紙を父に出しておいた。『妻が来ても追い返すように』と。
しかし、上手くいかないだろうというのは分かっている。父は私の嫌がらせのためにエミリアを助けるだろう。
「……」
先日は言い過ぎてしまった。失敗だ。マリー、アルブレヒト、リカとエミリアが何かしようとしているのは察していたのだから、完全に彼女の行動を否定するのではなく、ほどほどの仕事を与え満足させれば良かった。そうすれば、コントロール下に置けたのに……
「旦那様」
「……えっと、ごめん。もう一度お願いできるかな」
(コントロール下に置けたのに?これだから私は……)
エミリアを支配しようとでもしているのか?エミリアは一人の人間だ。だが、まだ若く守る必要のある存在で……
だめだ、考えがまとまらない。アルブレヒトの話も全く入ってこない。明日も社交がある。地方貴族との領地経営に関する会議も……
「……悪い、少し休むよ。外国からきた書簡の整理を頼む」
(結局のところ、私は父に似ているのかもしれない。どんなに取り繕ったところで……いや、疲れている時に考えるのはやめよう)
久しぶりにベッドで横になると意識が途切れた。
***
屋敷に帰った日、フリードリヒ様は夕食に現れなかった。私も食欲がなく、屋敷中が暗い気がした。
「ごめんなさい。今日も料理は美味しかったわ。食べられる気分じゃなかっただけなの……」
言い訳するように調理室にそう言いに行って、メイド長室でまたいつもの四人が集まる。
「ハインリヒ……様がアルテンブルク家の前当主に取り次いで下さって、エレオノーレ様とは会えそうです」
「私もフリードリヒ様の書棚を拝見して、エレオノーレ様について調べました。アルテンブルク家に過去に贈った贈り物や会話の記録がありましたので、お伺いするときの参考になればと思っております」
「アルブレヒト、旦那様へのフォローもお願いするわ。奥様の行動を勘違いさせないよううまく伝えて頂戴。情報の操作もよろしくね」
「心得ております、マリー」
「エレオノーレ様にお会いする時は、リカ、あなたが奥様に付くのよ。奥様をお支えなさい」
「承知致しました」
「奥様は緊張なさらないで下さいませ。万全の準備を整えます」
「ありがとう」
私って本当に情けな……
***
品のある服装に身を包み、私はアルテンブルク家へ足を踏み入れた。
白の壁に青の屋根、銀の装飾の宮殿。それがアルテンブルク家だった。王室カラーである銀と青をモチーフとしているのだろう。
宮殿自体は恐ろしく大きいし、内装も派手だ。我が家が地味に思える。だが、これは権威を見せるための豪華さ。分家とは言え王族が公爵家より見窄らしい家には住めない。
実際は、領土が我が家の半分以下のアルテンブルク家の方が貧乏なのだった。
来賓室へ入ると、白く長い髪を二つに縛った黄金の目をした美少女がソファに座っていた。
「失礼致します」
気品はあるが、私より童顔で背も低い。以前見た時は緊張していたからかもっと大きな存在に思えたが、近くで見ると18歳の美少女だ。
「本日は謁見をお許し頂きありがとうございます。お会いできて光栄至極にございます」
「……お座り下さい」
リカ並みに無表情だわ。何を考えているか全然分からないけれど、少なくとも心を開いてはくれていなさそう。
そう思いながら座る。アルブレヒトが調べた高級焼き菓子をお渡しして、事前に用意していた会話通りに話を進めた。
家の話だとか、最近の趣味だとか。当たり障りのない返事しか返って来ず、雲を掴むようだった。
「エミリア様は外国の書物はお読みにならないのですね」
「……えぇ、すみません、外国語が得意ではなく……」
「そうですか」
棘あるような、呆れたような返事。
(教養がないとみなされたー)
ただでさえ伯爵家出身として馬鹿にされているのに、頭も悪いと思われたに違いない。音楽や外国語などここ一年で頑張ってはみているけれど、さすがに元皇女様に勝てるはずもなかった。付け焼き刃の知識ではさらに墓穴を掘ることだろう。
いつも通り「さすがです」とニコニコと話を聞いてみたが、褒め言葉など聞き慣れているであろうエレノオーレ様に効果は無かった。
(目も合わせてくれない。退屈そうになさっている……追い出されそうな予感……!?)
やっと取り付けた謁見だ。何か爪痕を残さなければ。各ご夫人方を攻略するのに時間がないのだ。
考えるのよエミリア。エレオノーレ様の興味のありそうな事……
一瞬私は冷静になった。
エレオノーレ様は18歳。つまり私と2歳差で、他の公爵夫人より圧倒的に年齢が近い!私の周りで流行している事はエレオノーレ様も興味があるかもしれない!
「それでは、そろそろ私は……」
「エレオノーレ様!最近流行りのお菓子があるのをご存知ですか?!」
「え……」
エレオノーレ様が求めているのは高級菓子ではないかもしれない!
勢いよく思いついたことを口にする。
「隣国の貴族の間で人気で、我が国でも令嬢や若いご夫人方の間で、形が可愛らしく流行っているお菓子があるのです」
「……」
「えーっと名前は……クリームの入っていて……」
ど忘れしてしまった!私の馬鹿!
「シュークリーム」
「そう!それです!」
「エミリアは好きなの?」
「いえ、食べたことがなくて……でも、甘いお菓子は好きです。話には聞いていて、素敵だなと思っていて……」
「食べる?」
「よろしいのですか?!」
時間繋ぎができた!
「甘くておいひ〜……ですっ!」
出てきたシュークリームはとろけそうな甘さだった。
下品な反応になってしまって恥ずかしくなり、エレオノーレ様のご機嫌を伺う。
彼女はくすくすと笑っていたが、馬鹿にするような笑いではなかった。
「エレオノーレ様は今食べたいお菓子などございますか?」
取り寄せて送ったら少しは仲良くなれるかも?!
「……自分で全部手に入るわ」
「そ、そうですか……」
下心が見抜かれた気がする。そうよねぇ……。とりあえずお菓子トークで場を繋ごうかな。
「私の友達の実家は果物の栽培が盛んで美味しいものが取れるのです。そこのドライフルーツで作ったシュトレンがとても素晴らしく」
「おいしいドライフルーツのシュトレン……素敵ね。エミリアは実家にいた時にどのようなお菓子を食べてた?」
私も一応伯爵家の貴族なのであまり変わらない気がしたが、一度ルルと街へ出かけたときのことを思い出した。
『ここのプレッツェルはね!バーデン領で5本の指に入るんだよぉ!でも今まで食べた中で一番は王都にある……』
プレッツェルは庶民のパンの代表格だ。だが、甘いものもある。
「エレオノーレ様、私、美味しいプレッツェルの話を聞いたことがございます。それはそれは美味しいそうで、王都にある店らしいのです」
エレオノーレ様の目が輝いた。
「なんて名前の店なの?どこにあるの?」
場所を教えるとエレオノーレ様は眉間に皺を寄せて考え始め、しかしため息をついた。
「……でも多分、こんな庶民の店のプレッツエルなんて食べたらダメって言われるわ……ありがとう、エミリア」
食べるのもダメだなんて!取り寄せて食べるくらいならいいじゃない!あぁ、あんなに悲しそうな顔をされて。なんて可哀想なの。
なんて可愛らしい人なの?妹みたいに思えてくる。ニコラとは全然違うわ。
どうにかできないかしら……
***
私はエレオノーレ様の顔が忘れられず、リーゼロッテ様に手紙を出してこのことを相談した。すると、手紙と一緒にドレスが二つ贈られてきた。
「これは?」
ドレスと言っても以前工房で見た庶民的なドレスだ。同封された手紙にはこう書いてあった。
『これを着て王都を二人で散歩なさったらいかが?』
「えーーーーー?!?!?」
元皇女が、王都を、散歩?!?!
私でもかなりびっくりされてしまうのに、エレオノーレ様と??
『絶対みんなから反対されるから、こっそりね!私がたまに王宮から工房へ抜け出しているルートを教えてあげる。そこなら安全だから』
そうだった。この人ファッションのためなら屋敷を飛び出すような人だった。王都には素晴らしい工房がたくさんある。まさか、王宮に行くたびにコソコソとお忍びで街を歩いているの?この人。
『従者は一人だけね。友達四人で出かける風を装うのよ。当日は私もアリバイ工作してあげる!』
リーゼロッテ様、楽しんでませんか……?
マリー様やアルブレヒトにも言えそうにない。リカにこっそり告げるとジトリとした目をされたが「承知しました」と言ってくれた。
次回エレオノーレと街歩きです。
エミリアも貴族なので、街歩きなどまともにしたことがなく……




