2-9.前当主
いずれ会う必要があるとは思っていた。
けれどこのタイミングになろうとは考えていなかった。そして、一人で会いにいくことになろうとも。
あの作戦会議の後、4人で今後どのようにしていくかを具体的に考えた。
攻略の順番は
エレノオーレ・アルテンブルク
ヴィルヘルミーネ・ホーエンローエ
アナスタシア・ミハイロヴナ・ゴリツィン
の難易度の低い順で行うことになった。
というのも、一人攻略するごとに攻略した公爵夫人から他の夫人の情報が手に入るからだ。
「我家は歴史がありますから、王家と深いお付き合いがございます。予定通り王家分家からかと」
王家の内情を今最も知っているのはフリードリヒ様なのだが、彼から情報を得られない以上他の人間を頼るしかない。
「そうなると、旦那様のお父様である前当主ハインリヒ様とお会いになるのが一番でしょう」
ハインリヒ様についてはフリードリヒ様から何も聞かされていない。むしろ遠ざけられている節すらある。結婚した当初挨拶に行かなくて良いのか聞いた事があるが「気にしなくて良い」と言われているからだ。
そしてこの3人の暗い表情。
屋敷内で相当嫌われていたとみた。
「会いたくない……!だって全然挨拶に来ない失礼な嫁だと思われてるもの!会ってくれるかすら怪しいわ!」
公爵夫人を攻略するつもりが、なぜ先に義父を攻略しなければならないのか……
せめてフリードリヒ様と行きたかった!!!
私が不安で泣きそうになっているとリカが「しっかりして下さい、エミリア様!」と檄を飛ばした。
「妹のニコラ様やお父様をやっつけたでしょう!エミリア様ならできます!」
「やっつけたの?」
マリー様がポカンとしている。
「やっつけたと言いますか……えぇと……」
「あれはやっつけたに入ります。スカッと致しました!ニコラ様をビンタしたところなんて特に……!」
アルブレヒトとマリー様が驚きで口が塞がっていない。
暴力を振るったからって幻滅しないで!ビンタはやり過ぎだったと自分でも思っているのよ!
「二発も!」
「「二発も?!?」」
「やめてやめて!恥ずかしいわ!!!あの時はどうかしてたのよ!!」
この事実はあの場にいたリカしか知らないのだ。フリードリヒ様でさえ……
「絶対にフリードリヒ様には言わないで下さい……嫌われてしまいます。今でさえ嫌われかけているのに……。フリードリヒ様に嫌われたら私生きていけません。身を投げて死にます」
グスグスと泣いていると、3人に慰められた。
そして、ついに今日。私は馬車で前当主ハインリヒ様の別荘へ向かったのだった。
今回着いていくメイドはマリー様だった。前当主の時代からに長く勤めていて顔見知りであり、マリー様の事を気に入っているからだ。
青い顔で吐きそうな顔をしている私を見て、マリー様は心配そうにしている。
「奥様、何かありましたら私が旦那様の代わりに守りますから」
「うぅ……ありがとうマリー。情けない公爵夫人でごめんなさい……」
あの屋敷で二番目に偉い私だけど、一番情けない人間だわ。
「あの……ハインリヒ様ってどんな方ですか?」
「……」
マリー様の目が鋭くなったのを、私は見逃さなかった。
「旦那様……フリードリヒ様のお母さんを虐めていた方です」
「え……」
「役立たずだとか、しょうがないやつだとか、女は男の機嫌を取るためにいるだとか……浮気をしても堂々と開き直っておりました」
「酷い……」
「あの時の奥様は本当に可哀想でした。ですから、フリードリヒ様はハインリヒ様を恨んでおいでです。そのお母様を見ているから、女性に対してフリードリヒ様はお優しいのだと思います」
私を政治に関わらせないようにというのは、そういう理由があるのかもしれない。女性を、妻を、苦しめたくないと。
しかし、現在の私に心の余裕はない。フリードリヒ様やお母様に同情するよりも
「そんな恐ろしい人会いたくない……!やっぱり帰りたいです!!ハインリヒ様以外に話を聞ける方はおりませんか?!?」
「奥様……」
馬車は出発してしまっているが、今すぐ引き返して欲しい。
***
ハインリヒ様は意外と近いところに住んでいたらしい。半日ほどで別荘に着いた。
思ったより小さく真新しい建物だった。もちろん人一人住むには十分だし、家の中は全部で10部屋近くあるだろう。しかし、ヴォルトヴルグ家前当主が住むには見窄らしい感じがした。
ハインリヒ様には事前に手紙を出していた。そこには『いつでも来て構わない』と書かれていたので早速来た次第である。
年老いたメイドが出迎えてくれた。しかし、生気がなく事務的に案内するのみだった。酷い扱いをされているのかもしれない。
屋敷の中は美術品が多く展示されていた。マリー様曰く、美術品収集が好きだとのこと。金や銀の装飾のある階段やシャンデリアなど豪勢なものが並べられているが、屋敷自体が小さく財力があるようにあまり見えないため、外と中がチグハグだ。無理やり内部で威光を見せようとしているようにも思える。
ハインリヒ様の出迎えはなかった。
指示された二階奥の部屋へ向かう。有名人や歴代ヴォルトブルグ家当主の肖像画が延々と続いている廊下を進む。
「やぁ、来たか。公爵夫人。久しいな、マリー・ミュラー」
見た瞬間、私はこの人が嫌いだと思った。
自らの父親と似た匂いを感じる男だった。しかし、更に嫌な感じがする。初めて会ったのに既に見下されているのが分かる。
「そこに座りたまえ」
「失礼致します」
「愚息は元気かな?」
「……はい」
グラスに入ったワインを傾けながら、フゥンと私の顔を見た。
フリードリヒ様よりも肌が浅黒く、黒髪だ。似ているのは輪郭くらいか。
顔のパーツもキツイので、あまり似ているように思えない。蛇に睨まれたカエルの気持ちになる。
「私がなぜ君を公爵夫人としてあてがったか分かるか?」
急にそんなことを聞かれ、ティーカップが震えた。
「……ちょうど良く、婚約破棄された令嬢がいたからでしょうか」
「少し違うな」
ハインリヒ様は顎を触った。
「私が君を気に入ったからだ」
「え……」
この人と私は今日初めて会った。そして、社交界でも私は特に目立たずこれといった噂もない令嬢だった。彼は私の何を知って気に入ったのだろう。
「フリードリヒにあてがえる女は3人いた。その中で君を一番気に入った。なぜか?」
ハハハ、と渇いた笑いをする。
「君が一番若かったからだ。そして従順そうだった。君みたいな好条件の女はなかなかいない。フリードリヒの望みとも一致していたしな」
「フリードリヒ様は、私に何を望んだのですか?」
つい聞いてしまった。多分、聞かない方が良いのに。
「物静かな女性——奇しくも私と好みが合うんだ。さすが息子と言ったところか。私の妻も物静かで、従順で、いい女だったよ。息子を育てるという役目をちゃんと果たした。本当に良い女だ」
それは自分にとって“都合の”良い女だ。
「君もちゃんと役目を果たしたまえと言いたかったところなんだ。しかし、フリードリヒから屋敷に近づくなと言われていてね。今やあいつが全てを握っていると言っていい。下手に逆らうと路頭に迷う可能性すらある。それが君自ら来てくれるとは、本当にありがたい。しかし君自らこちらへ来られるという こ と は ——」
どんどん声が低くなってゆく。憎しみのこもった顔になり、急に態度が豹変した。
「アイツはまた!妻を躾けていないのか!!好き勝手やらせて!!一度やらかしているというのに、なぁぜ学ばない!!!恥の上塗りをしようというのか!!!アイツはヴォルトブルグを潰す気だ!!!お前もお前だ!なぜ好き勝手する!!従順で物静かな女をあてがったはずだ!!!」
逆上する老人。しかし、急に意気消沈する。
「……しかし……あいつがヴォルトブルグを潰すというならどうもできん。私は当主としての役目を終えた。私があとできるとするならば……」
老人は自棄になり愉快そうな笑みを浮かべる。
「私的な復讐くらいだ!」
「追放し、このように散々な目に合わせたアイツに嫌がらせをするためならば、お前の要求を飲んでやってもいい。さぁて、何を聞きたい?できるだけアイツが嫌がりそうなことをしでかしてくれ。エミリア・リーベンタール!」
***
同じ空間にいるだけで疲れる人だった。
出会ってしばらくは人を出迎える穏やかそうな顔。急に豹変し暴言を吐いたと思ったら静かになり、企むような笑みを浮かべる。
「元々ああいった人なんですか?」
帰りの馬車でマリー様に聞いた。
「怒ったと思ったら笑ったり、暴力を振るったと思ったら優しく頭を撫でてみたり……周りの人間を振り回す、理解に苦しむ方でした。屋敷中の人間が旦那様の顔色を伺い、どうしようもないことで怒鳴られていました。もちろん、フリードリヒ様も」
私にとってフリードリヒ様はキラキラとした大人の男性だった。しかし、フリードリヒ様にも子供時代があったわけで、あの義父と何十年も一緒に暮らしていたのだ。
「お母様が最もひどい扱いを受けていましたので、フリードリヒ様はハインリヒ様の機嫌を取るために言いつけ通り優秀な人間を演じていました。時には代りに殴られたり……」
それを聞いた瞬間怒りが湧いてきた。実父とはいえ何の悪いこともしていないフリードリヒ様を殴るなど……
(一発ビンタしてから帰れば良かった)
「奥様?」
「なんでもありませんことよ?」
嫌がらせをしたいというハインリヒ老人と利害が一致してしまい情報は入手できたが、フリードリヒ様を裏切ったようで最悪の気分だ。
「私のやろうとしていることは合っているのでしょうか……」
きっとフリードリヒ様はハインリヒ老人と会った事を知ってしまうだろう。彼を悲しませたくはないのに……
「中途半端が一番良くありません。旦那様に認められるまでやり切るのです」
(フリードリヒ様とますます顔合わせずらいよ……)
次回エレオノーレが出てきます。




