2-8. 元皇女
数週間後、ドレスが完成したとリーゼロッテ様から手紙が届いた。
「ぜひ見にいらして」
そう言われたら行かないわけにはいかない。私もどんなものができたのか楽しみだった。
真っ赤な布地をベースに、黄色や白や青の極彩色のドレスが出来上がっていた。
(あれ?私が見てたデザインにこんなのあったっけ?)
ポカンとしていると、リーゼロッテ様はオホホと笑い始めた。
「エミリア様がお手伝いしてくれたものは全部ボツにしたわ」
「えぇ?!」
「あなたの絵を見てインスピレーションが浮かんだの。だから一から作り直したわ」
(私の絵をどう見たらこのデザインに……)
「あなたの淡くて明るい光の色を見て、鮮やかで明るい方がもっと素晴らしいんじゃないかって思ったのよ」
やっぱりこっちの方が好みだわ〜!と笑うリーゼロッテ様。
「これを着る人は、きっとパーティで主役になる。その願いを込めたデザインよ!着るのが楽しみだわ!」
嬉しそうなリーゼロッテ様を見て、私も嬉しくなった。
「ところで、レオポルド様とは仲直りされたのですか?」
「えぇ、数日前に」
実は、数日前までレオポルド様から何通も手紙が届いていた。どうしたらリーゼロッテ様の機嫌が治るだろうとか、どう思っているか聞いてくれだとか。
その手紙に私は「お忙しいと思うので、しばらく応援だけして放っておいてはいかがでしょうか」とか返したが、それでも落ち込んだ手紙が何通も来ていた。
「もう、そんな手紙を出していたの?ちゃんと仕事して欲しいものだわ」
やれやれと呆れたリーゼロッテ様。だけれど、こうして自らのペースで仕事をできるのは、レオポルド様のお陰もあるのだろう。それを分かっているから、公爵夫人としての活動も疎かにせずリーゼロッテ様は夫を支えている。
「エレオノーレ様のことだけれど、彼女の事はここに詳しく書いておいたわ。最近お会いしたけれど、彼女の心中は複雑ね。まだ十八なのに……」
「……」
エレオノーレ様とリーゼロッテ様は実は仲が良く、軽口を言い合う仲なのだそうだ。しかし、この情勢で冗談を冗談捉えられなくなり、この前は口論に発展してしまったのだとか。
リーゼロッテ様は先日会いに行き、仲直りしたとのこと。
「その時に、少しあなたの事をどう思っているか聞いてみたわ」
「ど、どうでしたか?」
「完全に見下されている感じだったわね」
リーゼロッテ様曰く、私のことは伯爵家上がりの公爵家の妻にそぐわない貴族で、王家と対等に話すのに値しない相手ならしかった。
「一応あなたのことをフォローしてはみたんだけれど、全然ダメだったわ。力及ばずごめんなさいね」
「いえ、これは私とエレオノーレ様の問題ですので……リーゼロッテ様、口添えありがとうございます」
彼女は以前に比べてにこやかな笑顔を見せてくれた。同盟相手として対等とまではいかないかもしれないが、私のことを同盟相手として認めてくれたように思った。
***
時は遡り、リーゼロッテ様のドレス作りをお手伝いして屋敷に帰った次の日。
その話をリカ、マリー様、アルブレヒトに伝えると、3人とも大層喜んでくれた。
そしてマリー様がこう言い出した。
「せっかくなので、他のお三方も攻略してしまいましょう!」
「「「え?!」」」
リカ、アルブレヒト、私の3人の声が重なる。
「マリー、平時と違う今、同盟相手でもない他のお三方と仲良くなるのは大変難しくございます!会うことさえも難しいですぞ!」
「そうかしら?」
「……」
リカは考えあぐねているようだ。
「他のお三方と仲良くなれば、公爵家の結束を強め意見を一つにまとめることに繋がるでしょうか?そうすればフリードリヒ様、ひいては我が家のお役に立てるということですよね?」
「それはそうですが……王家分家のアルテンブルク、軍事のホーエンローエ、宗教のゴリツィン。皆特色がある曲者揃いで、とても自らの意見を曲げるような人間ではございません。
特にゴリツィンのアナスタシア様はルカトの狂聖女なんてあだ名が付いているほどです。信徒からは熱狂的に好かれていますが、それ以外からは白い目で見られております」
「逆に言えば、アナスタシア様以外はなんとかなりそうではありませんか?」
「マリー、ホーエンローエの恐ろしさはあなたが一番ご存じ……」
人を殺せそうな視線をアルブレヒトに向けるマリー様。怖すぎ。何を知っているの?
「アルテンブルク家はどうですか?我が家は代々王家と付き合いがございます。特に旦那様は現国王夫妻のお気に入りだと記憶していますが」
リカが冷静な口調で言った。
「リーゼロッテ様がエレオノーレ様との仲を取り持ってくれるやもしれませんな」
「まずは簡単そうなところから攻めましょうか」
簡単……?
『役立たず』とはっきりと私を嘲笑した彼女。あの人と仲良くなるのが一番簡単なの……?
役立たずという言葉は私に一番刺さる言葉だ。しかし、フリードリヒ様のためなら耐えてみせる。
「リーゼロッテ様にお手紙を書いて、エレオノーレ様にお会いできないか聞いてみます」
まずは情報収集から。
***
エレオノーレ・アルテンブルク
現国王(アルテンベルク家)夫妻の次女であり、アルテンブルク家の公爵夫人。両親との仲は良好。
白い髪に金の瞳を持つ若干18の少女。母親である妃は異国の姫だったため、白い髪を持つ人間はこの国ではあまりいない。
高貴な生まれでプライドが高い。
リーゼロッテ様とは幼い頃から親戚のように付き合いがあったため親しい。
リーゼロッテ様曰く普通の夫人ならしい。
「でも今は王家の力が弱いでしょ?分家も五大公爵家の中で一番弱いから、今後どうするか家の中で揉めているそうよ」
あと、普通に夫と仲が悪いらしい。完全な政略結婚で幼馴染同志だったらしいが、幼い頃からエレオノーレ様は夫のカール様が好きじゃなかったのだとか。
(こんなものかしら……?)
リーゼロッテ様と仲良くなる間に行っていたパーティや、リーゼロッテ様などから聞いた情報ではこんな感じ。
「何か手紙は届いていない?」
情報収集をしながら、私はエレオノーレ様に謁見できないか手紙を出していた。
アルブレヒトが首を振る。返事すらないらしい。
リーゼロッテ様からも出してくれたらしいが、一応そちらには「NO」の返事があった。
(明らかに下に見られているわね……)
こうなれば、誰かを介して私と会って貰えるようにお願いするしかない。
私は、フリードリヒ様の執務室へ向かった。
ノックをして声をかける。すると「どうぞ」と声があった。
いつも通りニコニコしたフリードリヒ様がそこにいた。話を聞きに来ただけだが、この笑顔を見ただけで新棟まで来た甲斐があるというものだ。
「エレオノーレ様についてお聞かせ願いたいのです」
「エミリア、公爵家のご夫人達と仲良くなろうとしているのかな?」
バレてる。いや、隠していたわけではないけれど、フリードリヒ様は私をあまり政治に関わらせないように考えていた。
なので、公爵家をまとめるために公爵家の妻達と仲良くなろうする行動を、私は後ろめたく思っていた。
「リーゼロッテ様と仲違いをして仲直りするために色々と考えていたら、他のご夫人方とも仲良くなりたいなぁと……」
「……リーゼロッテ様が、エミリアをとても気に入っていたよ。そして、今後彼女がやろうとしていることを尊重して欲しいと言っていた。同盟相手として、エミリアの成長を心から望んでいると」
ローゼロッテ様!!!私の魂胆は見え見えだったのですね……
「私は公爵夫人の皆様と仲良くなりたいと考えています」
「……なぜ?」
「公爵夫人としての仕事だからです」
「……私はあまりそれを歓迎しないな」
(え……?)
「今それをする時期ではないと思っている。いずれは各公爵夫人と仲良くなって欲しいと考えているけれど、この有事にやらなくても良い」
「……私のやろうとしていることは、フリードリヒ様、ひいてはヴォルトブルグ家のお役には立たないということですか……?」
「……」
無言の肯定だった。屋敷の使用人達とも相談して決めたことなのに。
「話は以上かな?」
いつもの笑顔が怖い。拒絶されている。
私は何も言う事ができず部屋を去った。
***
メイド長室へリカと共に入ると、そこにはアルブレヒトとマリー様がいた。
メイド長と執事の二人はフリードリヒ様の考えていることをすぐに察したようで、話し合いをしていたようだ。
「奥様、今話し合いをした結果、奥様が望むのであれば公爵夫人攻略計画を進めようと考えました」
「えぇ?!?でも、それは当主の意に背くことに……」
「何が一番我家のためになるかを相談した結果でございます」
「私も賛成です」
リカまで!
私がオロオロとしていると、マリー様が聞く。
「奥様が今一番心配していることは何ですか?」
「フリードリヒ様の意に背いてしまうことです!」
「それでは、やり遂げる自信はあると?」
アルブレヒトにそう聞かれ答えに詰まる。リーゼロッテ様は同盟国なので仲良くなることに積極的だったが、他の夫人はそうではない。難易度は更に上がるだろう。
「自信は……ありません。けれど、できることは全てやりたいのです。私ができるように皆さん力を貸してもらえないでしょうか?」
マリー様がアルブレヒトに目配せした「ほら、言った通りでしょう」と言う風に。
「奥様はご自身の弱さを認めてらっしゃるのですね。それゆえ人に頼る事ができる。ある意味、冷静な判断でございます」
アルブレヒトは厳しい目をした。
「今旦那様は冷静ではない」
「え……」
「2年間、旦那様は多くの身内に裏切られ頼る事ができるのは自分一人でした。なので、今も自分一人でなんとかしようとしているのです。
しかし、この有事を当主一人で乗り越えるのは荷が重い。公爵家同士や領内の貴族との結束を強めるためには、公爵家の妻が社交の場に出るのは当たり前のことです。今エミリア様が出ているパーティは最低限のものでしかありません。もっと外へ出ていく必要があります。
……正直、私は旦那様と同様に奥様を侮っていたのかもしれません。しかし家族と決別を果たし、ローゼンベルグ家との絆も強くなるように働きかけるという成果を見て、奥様であれば他のご夫人方を攻略できるのではと考え始めました」
アルブレヒトは胸に手を当て、頭を下げる。
「奥様、共にこの家を支えてもらえないでしょうか。そのためであれば、使用人一同奥様への協力を惜しみません。どうかお願い致します」
マリー様もリカも頭を下げる。
その時私は思った。
(私は、ヴォルトブルグ家の妻なんだ)
この家で二番目に偉い人間なのだと。
「……」
フリードリヒ様の顔がチラつく。彼に背くことになってしまう。
唇を噛み締めた。
けれど、フリードリヒ様が今冷静でないと言うのならば、それを正すのは妻にしかできないのではないかしら。
「……分かりました。この家のために手を尽くします」
辛い。いずれ彼のためになるとは信じているけれど、ひと時でもあなたの敵になるのは辛すぎる。
このあと、私はフリードリヒ様の事深くを知ることになる。
ヴォルトブルグ家で二番目に公爵家の内情に詳しい人間であり、フリードリヒ様が最も嫌いな相手に会う事になるからだ。
次回新キャラが出てきます。




