2-7.デザイナー
フリードリヒ様の助言をもとに、一言手紙を添えて私はプレゼントを送った。
だが喜んでもらえているか分からない。返事を待っているわけではないが、反応がないと変なものを送ってしまったのではと不安になる。
レオポルド様に手紙を送ってそれとなく聞いてみる。
すると、家にご招待された。
(行って大丈夫なのかなぁ……)
フリードリヒ様は忙しくて着いて行ってもらうのが申し訳なさ過ぎるので一人で行くことにした。せっかくなので、先日買ったリーゼロッテ様のドレスを着て行く。話のタネにはなるかもしれない。
ローゼンベルグ家の屋敷に着くと、出迎えたのはレオポルド様だった。
「妻は少ししたら行くと言っているから、待っていてくれないかな?」
「はい」
レオポルド様にしてはテンションが低い。この人も当主なのでなんだかんだ忙しいのだろう。時間を作ってもらって申し訳ないので、ご挨拶をしたらさっさと帰ろうと思った。
応接室でしばらく待っていると、リーゼロッテ様が現れた。
「お待たせしてごめんなさいね」
「いえ!こちらこそお忙しいところ申し訳ありません。近くで用事がありまして、ご挨拶だけして帰りますので」
「いいえ、先日もらったプレゼントのお礼をしたいと思っていたところなのよ。私が疲れていると気づいたのね」
「デザイナーもしているリーゼロッテ様がお忙しいのは当たり前のことだと思いまして、少しでも元気になってもらえたらと……」
「あのコーヒーの代わりの飲み物美味しいわ」
応接室で話をする。当たり障りのない会話だ。美しいドレスを着て、おしゃれな手袋をしてフリードリヒ様のようにこの人も身なりに気を使っているのだろう。
私にできることはこれだけなのかと思うと悔しい。フリードリヒ様も、レオポルド様も、リーゼロッテ様もみんなお忙しいのに、私と来たらまだ役立たずのまま……
しばらくしてレオポルド様が現れた。耳打ちすると、リーゼロッテ様はどこかへ消えた。
「ごめんね、妻は仕事があって」
「お忙しいところ本当に申し訳ございません。私もうお暇致します……」
「ちょっと待って。来て欲しいところがあるんだ」
レオポルド様へ着いていく。何だろう。
「そういえば、今日は珍しく手袋をしているね先生」
「えっ」
「手に怪我でもしているの?」
「お恥ずかしながら、絵の具が手に着いているのに気づかずに来てしまって……馬車の中で気づいたので、メイドが持っていたものを着けました」
「だからドレスと合ってないんだね。取ってしまった方が良い」
「はい……」
しょんぼりとしながら私はレオポルド様に着いていった。すると、見たことのある部屋に着いた。
「……工房?」
「妻のアトリエさ」
布や糸やレースにリボン、様々な物が床に落ちていた。メイドが箒で掃除をしている。
「リーゼ!」
「何よ、忙し……」
奥の方にいた作業着のようなエプロンドレスを着た女性は、リーゼロッテ様だった。
「キャァァァァァァァ!!!」
そう叫ぶと、彼女は椅子から転げ落ちた。
「リーゼ!」
「アンタ何考えてるの?!?!頭おかしいんじゃない?!?自分の妻がこんな格好なのよ、それを人前に見せるなんて!!!」
端切れを頭につけたまま叫ぶ。
「僕は君のこの職人の姿が一番好きだから、エミリア先生に見せたかったんだよ」
「知らないわよ!!!本当アンタときたら、この、しようもない!ばか!!!」
リーゼロッテ様は育ちが良いので、上手い罵倒が思いつかないらしかった。
涙目になるリーゼロッテ様。レオポルド様が何をしたいかが、私は分かった。
「リーゼロッテ様!」
「え、エ、エミリア?」
「私にできることはないでしょうか?!お手伝いいたします!!!」
「エミリア?」
レオポルド様が笑顔で固まっている気がするが、知ったことではない。これが私のできること!さすがレオポルド様!!!
「私も絵をよく描いていまして、人物画も最近練習しているんです!下書きをなぞるくらいならできるかもしれません。色も……ご指定頂いたところに塗るならなんとか力になれるかも……お片付けでも構いません!」
ポカンとするリーゼロッテ様。相手はプロ。素人では邪魔だろうか。
「あ、いや、お邪魔でしたら、今すぐ帰ります」
「……アナタ……本当に絵を描いているのね」
私の右手をリーゼロッテ様がそっと掴んだ。
こぼれ落ちそうなくらい大きな目から、一つ涙が落ちた。レオポルド様がギョッとする。
「リーゼ?!?ごめん、僕が悪かったよ。もうしないから、エミリア先生なら君の友達になれるんじゃないかって思ったんだ……」
「うるさいわよレオポルド、あっち行って」
「え?!僕の事嫌いになった?!?」
「うるさい、それは仕事が終わったら考える。……エミリアはここにいてくれる?」
「はい」
しっしとレオポルド様が部屋から追い出された。
***
数十分後、私はリーゼロッテ様から渡された下書きの線を見本通りになぞっていた。
「こ、こんな感じでどうでしょう……」
「うん」
彼女の思った通りの出来ではなかったのだろう。今までは全部一人でやっていたらしいので、私の筆では満足いかないのも無理はない。
「あの、どこか言ってくだされば描き直します……お手を煩わせるようであれば、出ていきます……」
「いいえ。次お願い。今度はもっと曲線的に、メリハリをつけて」
「は、はい」
背中合わせでひたすら描き続ける。描いたものを渡すと、色やデザインを描き加えられた最終稿が渡され、それをさらに清書する。
今度はデザインをパターンとして型紙におこしたものを私が切る。それ使って、ペンで布にパターンを描き写し、切る。
「上手ね」
「え」
「線を引き慣れているのかしら」
それだけ言うと、また型紙を作り始めた。
「縫い合わせるのは素人にはできないわ。お疲れ様」
「は、はい」
私は本を整理したり、そこら辺に散らばった紙をまとめることにした。
メイドがやって来て、私達にコーヒーを持って来た。
「あれ?これって……」
「あなたがくれたものよ」
コーヒーの代用としてプレゼントした、香ばしい香りの薬草の根を煎じた飲み物だった。
「人がいても邪魔なだけだと思っていたけれど、一緒にやるのも悪くないわね」
(役に立ったってこと?!やったー!!)
リーゼロッテ様が優しく笑う。
「……最初はハンカチに刺繍するところから始まったの」
伸びをしながら、彼女は話し始めた。
「刺繍って令嬢の趣味として一般的でしょう?私はそれが上手かった。色々な縫い方を覚えて、好きな模様やモチーフが縫い付けられると分かったとき、世界が開いたようだった。全部が思い通りの世界になったの」
あの日を思い出す彼女の目は、子供のようだった。
「だんだん既製品のドレスじゃ飽き足らなくなって、オリジナルのドレスに刺繍がしたくなった。ドレスを作ろうとしたとき、それまで父や母が褒めてくれていたのが一変してやめろと言われた」
そんなもの職人がやることだ。貴族がやることではない。刺繍だって、趣味の一環の範囲内で止めるべきだと。
「でもどうしても作りたくて、本と布を取り寄せてこっそり作り始めた。うまくいかなくて道具がダメなのだと気づいて、街まで勝手に出かけたの。それで職人の工房へ行って縫い方を教えてもらって、道具ももらった。
でも、そんなのすぐにバレるでしょ。すごく怒られたんだけど、懲りずに出歩くからついにお父様とお母様は諦めて、勉強と並行するなら良いとお許し下さった。
そこからは、お父様とお母様もなんだかんだ応援してくれて、アトリエを作ってくれたり、職人を部屋に呼んでくれて教えてもらったりした」
リーゼロッテ様が机の引き出しから一枚の古い紙を取り出した。
「一番最初のドレスができたとき、私は死んでも良いとすら思ったの。今思うと拙くて笑ってしまうのだけれど、私の好きなものを全部詰め合わせたような作品だった。クローゼットの奥にしまってあるから、今でもたまに見るのよ。
そうやって、どんどん新しいドレスや小物を作ってパーティに身につけていったらすごく評判になった。どこで買ったか聞かれたから、自分で作ってるって言ったらすごく驚かれて、注文が殺到し始めたの。それからは簡単な見本だけを作って、細部は職人に頼んで作ってもらってる」
「でもね、最近期待が重く感じるようになった。あんなに好きでやっていたデザインが、周りの評判を気にするようになってからつまらなくなってきてしまったの。もっともっととせがまれて、新しいものを形にしようとすればするほど分からなくなって……。それにこの国際情勢。最悪よ。こんな余裕のない状態で良いものなんてできないわ」
「最近、夫からあなたのが絵を描いてると聞いた。どうせ夫の気を引きたいだけの女だと思っていたから、嫌な人なんだろうと思っていた。こうして何かを作る苦しみも知らないのだろうと。それでも作らずにはいられないこの気持ちを分からないのだろうと。けれども、あなたの手と線の引き方を見て思ったわ。作る苦しみを知っているかは分からないけど、あなたも描かずにはいられない人なのね」
「私にとって、描くことは苦しみから逃れることでした。なので、リーゼロッテ様とは違います」
「そうなの?今も苦しみから逃れるためだけに絵を描いているの?」
その言葉を聞いて、私はフリードリヒ様を思い浮かべた。苦しい時だけではなく、あの人の笑顔が見たくて筆をとっていると。
何かを察したように彼女は笑う。
「レオポルドからあなたの絵が売れたと聞いたわ。あなたも作家になるつもりなら私と同じ苦しみを味わうことになるわよ」
「私にできるでしょうか」
「さぁね。けれど、そうしたら私にとってかけがえのない仲間になるかも」
もうお友達ではあるけれどね。とリーゼロッテ様は笑った。
リーゼロッテ回終了です。
次回、別の公爵夫人についてエミリアはフリードリヒに聞きますが、それに対してフリードリヒの返事は……




