2-6.彼の秘密
その日の夕食の時間、フリードリヒ様は今日もいらっしゃらなかった。お仕事が忙しいからと分かっているが少し寂しい。
そして、何より心配だ。
「ちゃんと食事を取ってますでしょうか?寝れていますでしょうか?」
マリー様にそう聞くと、彼女は少し険しい顔をする。
「眠りが浅いと聞いております。神経が昂っておられるのでしょう。食事もおざなりだと」
五大公爵会談後、彼とはほとんど顔を合わせていない。心配でたまらない私の様子をマリー様は察したのだろう。
「奥様、旦那様にお食事を持って行っていただけませんか?」
「良いのですか?」
「はい。是非」
そう言われて夕食が終わり次第私は新棟へ向かった。新棟にあるキッチンへ寄り、食事を持ってフリードリヒ様の執務室へ向かう。
ノックしたが応答はない。入って良いのか迷ったが、まさか倒れていたらと嫌な想像が頭を過った。
「フリードリヒ様!大丈夫ですか?!」
勢いよくドアを開けた。
フリードリヒ様が机で倒れ……いや寝ていた。
(うわぁぁぁぁぁ激レアの寝顔だぁぁぁぁ!!!まさか寝ているとは!初めて見た!うわははははははは!!!)
ニヤニヤとしながら執務机の端に盆を置き、少し顔を寄せて見る。
(うーん、犯罪。犯罪級に綺麗な顔してる。心なしか良い匂いも……あ、気を失いそう。離れよう)
頭を上げるとぐらりと眩暈がして身体が傾いた。急いで執務机に手を着く。
ガタン!と大きな音が鳴ってしまった。
「……?」
とろんとした眠そうな目が私を捉えていた。
「……??」
「あのっ、これは」
「……??!」
「すみません」
ガタガタガタと椅子が引かれる音がして、完全に覚醒したフリードリヒ様がこちらを見た。
「へ、あ、なん、なんで……」
「えっと、フリードリヒ様……食事を……」
よく見ると寝癖がぴょこんとついている。
「エミリアが?なぜ??」
「最近お会いしてませんでしたので、心配になり……」
顔や頭をペタペタと触りながら彼は顔を青くしていた。コートに皺がついているのが気になったのか、脱いで適当に椅子に掛ける。
(あぁ、もしかして格好悪いところを見せているのではと心配しているのかしら?)
寝癖は付いているし服は皺になっているけれども大丈夫です。いつも通り素敵ですフリードリヒ様。
というか、今日はどこかセクシーな気がしてなぜか私は今ドキドキしています。
見てはいけないところを見てしまった気がする。こんなにもだらしない——いや、家でこれならば一般的にだらしない部類ではないと思うけれど、完璧でないフリードリヒ様を見て、私は胸の高鳴りが抑えられなかった。
(どうしよう、可愛い)
さっきの寝顔を見た時の喜びとは似ているが少し違う気がする。そういえば前にもこんなことがあったような。そうだ、美術館へ行って髪が伸びる人形の話をした時だ。天然な発言が可愛らしかった。
「お食事をどうぞ。冷めないうちに」
「……あぁ」
耳が赤くなっている。可愛い。取り繕うのが上手な方なのに。
一呼吸置いたら少し落ち着いたらしく食べ始めた。
「……そんなに見られると食べにくいんだけど」
「アルブレヒトが、気を抜くとフリードリヒ様がお食事を抜くので見張れとおっしゃいまして……」
「……大丈夫だよ、ちゃんと食べるよ」
調子を崩したフリードリヒ様は私の方をチラリと見る。なんだかいつもと逆になったみたいだ。
まぁ、私もずっとは見ていられないのだけれど。
なんだか恥ずかしいが「見張るのがフリードリヒ様のお役に立つことです」とアルブレヒトに言われたことだし、料理人は私にお菓子とお茶も持たせてくれたのでそれを摘んだ。
食後に二人でコーヒーを飲んでいると、フリードリヒ様の手が少し震えているのに気づいた。
「手が震えていますが大丈夫ですか?!」
「え?あぁ、コーヒーを飲み過ぎたかな。今日は6杯目だから」
「なぜそんなにたくさん飲むのですか?」
「眠気が覚めたり、集中力が高まるから仕事が忙しいとつい飲んでしまうんだ」
「そうなのですね……」
(……あ)
「リーゼロッテ様も手が震えていました。コーヒーを飲んだ後に」
「彼女も忙しいんだね。デザイナーでもあるしね」
そうか、公爵夫人の仕事をしながらデザイナーでもあるのか。締め切りなんかがあるのかも。
(コーヒーを飲んで頑張ってらっしゃるんだわ)
「忙しいときに欲しいものはなんでしょうか?」
「そうだね、真実を言うと人手だけれど……それは叶わないだろうからね。よく眠れるためのハーブとか、コーヒー自体が好きならコーヒーに似たもので覚醒作用のない飲み物なんかも良いかもね」
フリードリヒ様は過去にコロンをプレゼントしたことがあるらしい。その時の好みなんかも聞いて、私は彼の執務室を後にした。
***
エミリアが出ていくのを見て、ため息をついた。
「焦った……」
起きたらまさか彼女がいるとは夢にも思わなかった。
思い出すといまだに心臓が煩い。格好悪いところを見せてしまった。彼女の前では完璧な自分でいたかったのに、こんなシワのついた服で……
清潔感のない格好をしてしまった。
「まさか寝癖なんてついてないよな?勘弁してくれ」
嫌な予感しかせず、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
しれっとした顔でアルブレヒトが入って来て、私は思わず睨んでしまった。
「余計なことはしないでくれ」
なんのことやら?という顔をしているが証拠は上がっている。
「彼女の前ではちゃんとしていたいんだ。十五歳も年上のおじさんの不潔なところを見たら不快だろう。気を使い過ぎるくらいでちょうど良いんだよ」
「それで前奥様の時より気を遣われているんですね」
毎日コロンもつけているし、服にも念入りにアイロンをしてもらっている。それだというのに、こんなことをされれば台無しだ。
忙しいだけでなく、気を使う必要があるから最近は一緒に夕食を取っていないというのに。
「ですが、少しは癒されたのではありませんか?」
「顔を見れたのは嬉しいが……はぁ。アルブレヒト、このコートを手入れしておいてくれ」
アルブレヒトは首を傾げ、コートの匂いを嗅ぐ。
「……旦那様、エミリア様が来てからパイプはお辞めになったのでは」
「もうやらないよ。食事の匂いに混じってシェリー酒の匂いが消えているといいんだけど」
あぁ、余裕がなくて本当に自分が嫌になる。
次回リーゼロッテ回です。




