2-5.四人でお茶会
私とフリードリヒ様は仲直りのためにローゼンベルグ家へ行くことになった。
メモを見ながらリーゼロッテ様の復習をする。
リーゼロッテ・ローゼンベルグ(28)
現当主レオポルドの妻。レオポルド様の一つ上。元侯爵家令嬢で22歳でローゼンベルグ家へ嫁ぐ。
無類のファッション好きで、数年前に自らのブランドを立ち上げデザイナーもしている。彼女が手がけたドレスや小物は社交界の流行となり、女性達の憧れの的。
赤が好き。好きな花は赤い薔薇。
実は甘い物が苦手で、どちらかというとしょっぱい物が好き。
(そういえば、この前もサンドイッチ食べてたな……)
フリードリヒ様から得られた情報はこのくらいだった。
3日ほどで辿り着いた城はなんともまぁ派手だった。
屋根が赤で、壁が白なのだ。庭に咲いた花も赤と白が多い。
部屋の中も赤い絨毯とカーテンで、全然落ち着かない。
「ようこそいらっしゃいました」
流石に使用人は赤とか白ではなかった。良かった。
「エミリア先生〜!」
そういえば、レオポルド様はよく白いタキシードを着ていた。この城にピッタリだ。
「先日の会談ではご挨拶できず、申し訳ございませ……」
「構いませんよ、先生!あぁいう場では美術の話はあまりできないでしょうから。それにしても先日送って頂いた絵画!実に素晴らしいものでございました!!!ありがとうございました!!」
前のめりのレオポルド様。根負けした私とフリードリヒ様は、先日レオポルド様に一枚絵画をプレゼントしたのだった。
「他の貴族に見せたら欲しいという声があったよ!やっぱり私の目に狂いはなかった!また描いてもらえないですか先生?!」
私の両手を掴んだ瞬間フリードリヒ様の待ったがかかった。
「レオポルド、人の妻の手をそのように掴むのはいかがなものかな?」
「フリードリヒ、これはファンが先生と握手しているだけだよ?なんのいやらしさもない」
「当たり前だ」
「当たり前よ!バカ!」
後ろから目を尖らせてリーゼロッテ様がやって来た。
「我夫が失礼を。申し訳ございません、ヴォルトヴルグ公」
「リーゼロッテ様お久しゅうございます」
フリードリヒ様はリーゼロッテ様と付き合いが長いらしい。
「立ち話も何ですわ。お部屋へご案内致します」
レオポルド様より年下なのに、リーゼロッテ様が領主なんじゃないかっていうくらいしっかりなされている。
案内された部屋は赤い壁紙に金の小物が目立った。宗教画や神話画、そして肖像画が飾られている。
床が茶色なだけで安心した。
それに比べれば私達は地味である。フリードリヒ様はグレーのフロックコートだし、私は黄色い柄の入った白いドレスだ。
部屋に入ると私は早速先日の非礼をお詫びした。フリードリヒ様が私に詳しい事情を説明していなかったことを話し、彼もまた詫びた。
それを聞いて、リーゼロッテ様はふぅと息を漏らす。
「エミリア様、あなた先日言った事がどんなことかお分かりになった?」
「はい、このような情勢の中、同盟相手にやる気のない発言をしてしまって……」
「そうよ。それに、ヴィルヘルミーネ様にバカにされていたでしょう」
「え?」
「あの方の可愛いは褒め言葉ではなくってよ」
「あぁ、彼女は手玉に取れそうな子を皮肉を込めて「可愛い」と言うよね」
レオポルド様は苦手そうな顔をした。
私は恥ずかしくなった。
「まぁいいわこの事は。これからも私達は仲良くしていかなくてはね。よろしく、エミリア様」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します」
私がペコペコとすると、リーゼロッテ様はコーヒーを飲んだ。
(……あれ?手が震えてらっしゃる?)
何か恐ろしいことでもあるのだろうか。そういえば随分厚化粧だ。この前よりも、多分。
(体調が優れないの?)
四人でしばらく話をしたが、フリードリヒ様とレオポルド様は二人で乗馬に出てしまった。
リーゼロッテ様と二人きり。
私には甘いスイーツ。リーゼロッテ様にはチーズが出される。けれども、食欲もなさそう。体調が悪いのであれば、休んでもらった方が……
「エミリア様、この前は怒って出て行ってしまってごめんなさい」
「いいえ」
「あなたにこんなことを言うのは良くないと思うのだけれど、私は不安なの」
「私が頼りないからですか」
「以前の奥様は人としてはどうかと思っていたけれど、しっかりしてらしたから」
「……」
「気の毒に思っているのよ。伯爵令嬢だったあなたが公爵家に嫁いで約一年で隣国が戦争。公爵夫人として家と夫を支えなければならない状況だなんて」
まだ20になったばかりだしね、とリーゼロッテ様は続けた。
「でも、私の不安もわかるでしょう?」
「はい……」
「あなたとは仲良くしたいけれど、どうしても力不足が否めない。あなたにかまっている暇はないの」
「……」
「ごめんなさいね」
そう言って、豪華なリボンの付いた手袋でコーヒーカップを掴む。
「頑張ったら、同じ公爵夫人として認めて下さいますか?」
「……体調が悪いからもう部屋に戻りますわ。ゆっくりなさっていってね」
***
怒ってはいなそうだが、リーゼロッテ様と仲良くするというのは少し難しいかもしれなかった。
有事の際に同盟国の妻がこの体たらくでは心配にもなる。
「どうしたら良いと思う?リカ」
「エミリア様が急にしっかりなさるというのは無理でしょう」
「う……その通りね」
「定石通り、贈り物をしたりお手紙を送るくらいしかできないのではないでしょうか」
忙しいと言われているのに頻繁に通うのも邪魔だ。そうなると、どんなプレゼントをするかが重要なわけだけれど……
リーゼロッテ様だから、オシャレなものだろうか?でもハイセンスな彼女を唸らせるのは並大抵のことではないわよね……
「同じ土俵で戦うのは無謀でございます」
ハイセンスなものは諦めることにした。
「そう言えば、リーゼロッテ様は体調が悪そうだったわ。身体に良いものでもお送りしたら喜ばれるかも」
「ついでに街へ出てローゼンベルグ公爵夫人がデザインしているドレスを見に行っては?」
「それは良いわね!」
贈り物をするにしても、相手のことを知る必要があるだろう。よし!
***
私は街の仕立て屋の工房に来ていた。ここで、リーゼロッテ様がデザインしたドレスが見られると聞いたからだ。
簡素な部屋でいくつかドレスを見せてもらう。そこには、ふんだんなレースに彩られた白いドレスがあった。
「これがリーゼロッテ様がデザインしたものを忠実に再現した一番人気のエーデルのドレスです」
よく見ると全体に金色の花が刺繍してある。これはエーデルの花だ。繊細でとても美しかった。
「ちなみに、これはおいくらですか?」
値段を聞いて驚いた。貴族のドレスにしても高い。
「これはリーゼロッテ様のデザインを忠実に再現したものでございますゆえ、みなさまお買い求めになられます」
公爵夫人になってから私は自らの希望でドレスを買っていない。思い切って買うのもあり?いや、でもこれはあからさま過ぎるわ……
結構な数のドレスを見せてもらった後、エメラルドグリーンに白い花柄の、リーゼロッテ様がデザインしたものの中で地味めなものを一つ買うことにした。これもそこそこの値段したけれど、公爵夫人となった今ではこれくらい買っても良いはず。
「工房を見学してもよろしいでしょうか?」
許可を得て工房内に入る。布や糸の香り。ほつれたレースがところどこに落ちていて、職人達が服を一つ一つ手作りしていた。素晴らしい技術だった。
「あそこで作っているのは何ですか?」
貴族が着ないような簡素なドレスに見える。
「あぁ、あれは市民達向けの簡素なデザインのものです。リーゼロッテ様のデザインの人気ぶりは市民にも浸透しておりまして、特に先ほど見て頂いたエーデルの花のドレスを模倣したものが大流行しているのでございます」
それってパクリなのでは?と思ったが、先ほど見たものと全くの別物と言って良いほどなので目を瞑ることにする。それ以外にも、リーゼロッテ様がデザインした模様を取り入れた小物や髪飾りもこの工房では作っているらしかった。
「公爵夫人でありながら、素晴らしいデザイナーなのですね」
リカと帰りながら話をした。
「本当ね。どれを取っても心躍るようなデザインだったわ。あまりにも素晴らしかったから、庶民風のものだけれどリカにもドレスを一着買ったの。気に入ったら着てくれると嬉しいわ」
「えっ?私にですか?」
「うん。華やかなデザインはリカの方が似合う気がしたの」
「……ありがとうございます」
(あら?珍しくニヤけてる?)
その後薬屋を巡ったが、リーゼロッテ様の不調がいまいち分からないため、とりあえずカモミールなどのリラックス効果のあるものを買って帰った。
喜んでもらえそうな具体的な案が思いつかず、私は途方に暮れていた。
次回はフリードリヒとエミリアの二人の会話がメインです




