2-4.お近づきになるには
一泊して朝、私とフリードリヒ様は会談後初めて顔を合わせた。
「おはようございます、フリードリヒ様」
用事があって夜に帰った家、朝の礼拝がある家など様々な事情があるため、朝食は各家ごとだった。
「おはよう、エミリア」
いつも通りのように見える。
アナスタシア様から聞いた様子だと、どうもひどい状況になったようだけれど、そんなところは微塵も見せない。
朝から綺麗なフリードリヒ様だ。しかしそれが更に私を不安にさせる。
(相当、無理されているんじゃ……)
気になってしまってチラチラと彼の顔を何度も見てしまう。
「……?どうしたのエミリア。食欲ない?」
「えっ、あっいいえ」
「この甘い味付けのハムが苦手かな?無理に全部食べなくて良いからね」
「あ、はい……」
聞いたらダメだろうか。五大公爵会談の内容を。昨日何があったのかを。
「エミリア?どうしたの?」
「あのっ、昨日の会談はどうでしたか……?」
「うん、つつがなく終わったよ」
私はそれを聞いてショックを受けた。
(これは嘘かもしれない。そしてそのことを、アナスタシア様から聞かなければ気づかなかった)
ここにはヴォルトブルグ家の人間しかいないのに、身だしなみがきっちりとして朝から隙がない。
何もないと怪しまれないようにしているみたいだと私は思ってしまったのだ。
「具体的にはどのようなお話をされたのですか?」
「興味があるの?」
「え、はい!」
「エミリアが気にすることじゃないよ。隣国が戦争を始めたから、我が国の公爵家同士の絆を深め合いましょうって話をしただけだ。エミリアの方はどうだった?」
「え、私ですか……」
「何か嫌な事を言われたんじゃない?」
心配そうな顔をする彼から逃れるように視線を外す。だが社交は仕事だ。ちゃんと領主に伝えるべきだろうと思い素直に話した。
「それは……」
フリードリヒ様の顔が曇る。
「申し訳ありません。うまく会話もできなくて、足を引っ張ってしまって……」
「いや、これは私のせいだ。ちゃんと家の事情を伝えておかなかったから、エミリアを傷つけてしまったんだ。ローゼンベルグ家とヴォルトブルグ家で同盟を結んでいたことや、ホーエンローエ家とアルテンブルク家が急接近していることをちゃんと伝えなかったから……。本当にごめんねエミリア」
昨日は一晩泣いて目が真っ赤に腫れてしまい、リカに頑張って化粧してもらったくらいには辛かったが、そんなことはどうでも良くなった。
(推しの顔が曇っている!晴らさねば!!!)
私が傷ついていることを気に病んでいるのであれば、私の傷をさっさと癒すまでだ。そしてその傷はフリードリヒ様によって今ここで癒やされた。
「いいえ!気にしないで下さい!全然!ぜんっぜん大丈夫です!!!」
「え?いや、無理しなくて……」
「無理ではありません!フリードリヒ様のお顔を見たら元気になりました!」
「え?」
「あ……」
なんだか恥ずかしい事を言ってしまった気がした。事実だけれど、本人に直接伝えるべきことではかったかも。
何も言えなくなって穴があったら入りたい。
「ふ、そっか。ありがとう。私も元気になったよ、エミリア」
頬の緩んだ顔。彼の肌に少し赤みが差した気がする。さっきまで白すぎたのだと今更ながら気づいたのだった。
「フリードリヒ様こそ、無理をされていませんか……?少し顔色が悪い、ような……」
「そうかな」
「……すみません、私アナスタシア様から聞いてしまったんです。昨日の会談で、フリードリヒ様が大変そうだったと……」
「……アナスタシア様を恨むのはお門違いだね」
食後のコーヒーを飲みながらフリードリヒ様は虚空を眺めた。
しばらく何も言わないフリードリヒ様。何を考えているのだろう。次の言葉を待っていると、カップを置いて私の方を見た。
「エミリアには謝ることばかりだね。昨日はミスを責められてしまったんだよ。外務大臣として他国との関係をきちんと構築していれば、ここまで焦るようなことにはならなかったと」
そんなこと……とは言えなかった。何も知らなかったから。何も知ろうとせず、私はここ一年自分のことばかりだった。
「そんなに心配しなくて大丈夫だよ、エミリア。何とかするから。でも少しは情報共有をしておいた方が良いね。アルブレヒトと話す時間を作ってくれないかい?」
「あ、はい。……フリードリヒ様?もう行かれるのですか?」
「公爵同士で会話できる機会はそんなにないからね。話したい人がいるんだ。エミリアはゆっくりしてて」
そう言ってフリードリヒ様は消えてしまった。
(何でだろう。ここ一年フリードリヒ様とずっと一緒にいたのに、距離が遠ざかっている気がする)
フリードリヒ様の優しいところが好き。だけど、今はその優しさのベールで彼が隠れて見えない。また仮面を被られてしまった気がする。
(もっと近づきたい。彼のために何かしたい)
***
これはアルブレヒトに相談するのに良い機会だろう。
彼の役に立つために私に出来ることが、絵画意外にないだろうか。
ほんの少しでも良いから、雑用でも良いから、何か。何か!
(そうだ、作戦会議だ)
私はマリー様を呼んで、アルブレヒト、リカ、私の四人で話し合いの機会を作った。
「お忙しいところ、皆さん集まって下さりありがとうございます」
新棟にある図書室を作戦会議室にして、私は話し出す。
「皆さんに力を貸して欲しいのです。私は何とかしてフリードリヒ様のお役に立ちたい。どうしたら良いと思いますか?」
私は三人に真剣に訴える。
しかし、誰も一言も話さなかった。
無理な事を言って引かれている?!そうかもしれないけど……
「何でも良いのです。お願いします。何か私を役に立たせて……」
「素晴らしいですわ奥様」
マリー様が拍手をした。
「最高ですエミリア様」
「……」
「アルブレヒト?」
「アルブレヒトは泣いております」
えぇ……?
よく分からないが、皆賛成をしてくれているようだ。
仕切り直して、まずアルブレヒトが現在の状況を話し始めた。
「現在我が国の状況は、隣国が戦争を始めその戦火がこちらに来るのではないか、そして戦争にどのように関わるかを話し合っているところでございます。しかし、ひとつ大きな問題がございます。……何だと思われますか?」
難しい話に退屈しないよう授業形式で話をしてくれようとしているらしい。しかし、私には全く検討が付かなかった。
「この国が一つに纏まっていない事です。それにより、この国の方針が立たないのでございます」
なるほど。この五つの小国に分かれている状況では、各貴族が各領土の利益のために動く。つまり、戦争に全く関わりたくない家、こっそり応援したい家、積極的に関わりたい家……など、それぞれ立場が違うのだ。
「それにより、五大公爵会談は紛糾したと聞いております。とりあえず外務大臣が頼りないからだと我が家は非難されました」
それでフリードリヒ様がお可哀想な事に……
想像するだけで悲しくなる。
「我が家の方針は、公爵家を団結させ、戦争との関わりを最低限にする事です」
「ではなぜフリードリヒ様は同盟を?」
一人とだけ仲良くなったら、分断しようとしているように見える。
「ホーエンローエ家が現国王の娘の一人と結婚し、実力と王族権威を手に入れようとしているからです」
ホーエンローエ家の次男と王家の三女を結婚させようとしているらしい。
アルテンブルグ家は王家の分家だ。そして現当主の妻はエレオノーレ様。エレオノーレ様は現国王の娘で次女である。
「つまり、結婚させられようとされている三女はエレオノーレ様の妹……?」
「そういうことです」
しかも妹はまだ17歳らしい。18になったら結婚するという話が出ているとか。
「ホーエンローエが王族と手を組んで軍事力と権威を手に入れたら均衡が崩れます。そこで、バランスを取るためにローゼンベルグとヴォルトブルグは同盟を組んだのです」
2:2の方が均衡が保たれるということか、なるほど。でも実際は2:2:1では?
「ゴリツィン家はどうなのですか?どちらかに肩入れしたらまた均衡が崩れてしまいますが……」
「大丈夫です。あそこは伝統的にどことも組みませんし、誰も組みたがりません」
「え?」
「組むとしたら改宗を迫られますが、ルカト教の最高指導者はアナスタシア様なので改宗したらその信徒として下につく事になります。そう簡単に敬虔な信者を得ることが難しいと分かってますから、アナスタシア様も強引に組もうとは思っていません」
「なるほど……」
「何よりルカト教の最高指導者は歴代話が通じない」
アナスタシア様もヤバそうな人だった。
「小難しい話をしてしまいましたが、ホーエンローエの一強にならないよう、フリードリヒ様とローゼンベルグ当主レオポルド様は協力体制を敷いているということです」
権威って思ったより大事なのね。お飾りの王家だし、その分家のアルテンブルグ家も五大公爵家の中で最も権力を持っていないけれど、権威は持っている。
「……で、結局私はどうしたら良いのでしょう?」
話が壮大すぎて全く自分ごとと思えなかった。私は一年と少し前まで伯爵令嬢で、国の権力抗争とは全くの無縁だったのだ。
「奥様がする事は、ローゼンベルグ家のリーゼロッテ様と仲良くなる事ですね」
「同盟関係だから、仲良くするってこと?」
「はい。幸い、リーゼロッテ様は気の良いお方です。仲良くなるのは難しくありません」
確かに、あの中ならリーゼロッテ様が一番コミュニケーションが取れそう。でも怒らせちゃったのよね……
「では、仲直りから始めましょう。夫婦四人でお話し合いを持てば、仲良くなれると思います」
それならできるかも!
次回リーゼロッテが出てきます。




