2-3.不穏な円卓
「奥様!王都が見えてきましたぜ!」
御者にそう言われてふと顔を上げると、視線の先に古城が見えた。
(あれが、王都……)
「思ったより古くて驚いてる?」
「は、はい」
「今や、五大公爵家の方が栄えてしまっているからね」
フリードリヒ様は懐かしいものを見る眼差しで王宮を見ていた。
王都が栄えていたのはもう十年以上昔の話。ここ十年で五大公爵は権力を持ち、国の政治の中枢を担っていた。
それゆえこの国は、権力は公爵に、権威は王都の王族にあるという歪な構造になっているのだ。
小高い丘の上から城下町が見える。活気はあったものの、やや薄暗く古臭い印象だった。我が家の近くにある中枢都市の方が華やかな気がする。
「着きましたぜ」
城につき、馬車を降りる。
私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。ついに来た。
「フリードリヒ様……」
緊張で、助けを求めるように彼の方を見る。シックな正装に身を包んだ手袋には深い皺が刻まれていた。
前を向く。
戦いだ、これは。
***
「エミリア、そんなに緊張しないで。大丈夫だよ、難しく考えるようなことはないから。きちんとご挨拶をして、お話をすれば良いだけだから」
控室のふかふかなソファに座ってそう言われる。
チラリと上目遣いでフリードリヒ様を見る。多分彼は分かっていないが、私にとってはリカもマリー様もおらずフリードリヒ様と二人きりという環境も緊張を高めているのだ。
(うぅ、正装のフリードリヒ様も格好良い……。フロックコートのモデルになれそう)
それもあってまともに返事ができないのであった。
我が実家と王都は遠く、私は王宮に来るのは初めて。知らないメイド達。慣れていない作法。着慣れないドレス。
(吐きそう……ここから4時間以上あるのよね。拷問に等しい……)
私の緊張を和らげてくれるものは一切ない。友達のマイペースな顔を思い出した。
(助けてルルーーーー!!!)
***
数十分後、全ての公爵家が到着したと王宮付きのメイドから知らせがあった。
まずは式典だ。開会の儀式のようなものだった。
オーケストラの音楽が鳴る。フリードリヒ様の腕に腕を絡め、歩調を合わせ、入場する。
カーテンの幕を抜けると、光に包まれた。
先にとある公爵家が入場していた。
その人を見て、私は少し安心した。
ローゼンベルク家のレオポルド様だ。あの限界ヲタクの姿を知っているので少し笑ってしまいそうになる。
隣には真っ赤なドレスを着て扇子を持った、スタイルの良いブロンドの美女が立っていた。
ローゼンベルク家当主の妻、リーゼロッテ様だ。愛想の良い笑顔だった。
流行を取り入れたようなドレス。大きく開いた胸元に付いた大粒のダイヤのネックレスも、格式高い彼女が身につければ下品にはならない。大輪の薔薇を思わせる人だった。
私達の次に入場したのは、修道服に身を包んだ二人組だった。
背の低い少年のような男性と、背の高い真っ白なシスター服の女性。
妻の方が圧倒的なカリスマオーラを放っており、完全に夫が空気のようになっている。宗教の要職を担当しているゴリツィン家、パーヴェル様とアナスタシア様だった。
その次に革靴を鳴らして歩いてきたのは軍服に身を包んだ二人だった。
失礼ながら、一瞬男性が二人入ってきたのかと思った。
しかし、よく見ると女性の方の軍服は大胆にスリットが入ったスカートだ。濃い黒のズボンにロングブーツを履いている。胸には数え切れないほどの勲章が煌びやかなアクセサリーのように付いていた。
我が国の軍事を担っている、そして、国王がもっとも恐れる存在と呼ばれるホーエンローエ家。その妻ヴィルヘルミーネ様。
最後に入場したのは王家分家のアルテンブルク家。
妻のエレオノーレ様は王家であるアルテンベルク家の現夫妻の次女にあたる。特徴的な真っ白な髪と金の瞳。王家伝統の青と銀のドレスに王家の紋章が入ったパーティハットから見える顔は気が強そうで、薄い唇を引き結んでいた。現公爵家で史上最年少の妻。私より二つ年下だった。
色と言えば、各妻のドレスの色はバラバラだった。それぞれの家のカラーなのだろう。
ローゼンベルグ家は赤、ゴリツィン家は宗教色の白、ホーエンローエ家は軍服の緑、アルテンブルグ家は王家の色である青、そして私は金色がかった黄色。
カラフルな色の妻達は、この式典の花だった。
式典はすぐに終わった。後で聞いたことだが、フリードリヒ様曰くかなり簡素だったらしい。
私達公爵家妻は夫と離れて食事とお茶を楽しみながら会談の終わりを待つ。
もちろん、リラックスタイムなどではない。
公爵家妻達の社交という仕事だ。
青を基調とした銀の装飾の脚がついたテーブルに女性達が着席する。
側には二人の王宮付きメイドが控えていた。花が飾られ美しい部屋だが窓がないからだろうか、圧迫感があって狭く感じた。
一番最初に話し始めたのはローゼンベルグ家のリーゼロッテ様だった。
「皆様、お久しゅうございますわ!」
明るくそう言った彼女だったが、皆大した反応がない。僅かにホーエンローエ家の様のヴィルヘルミーネ様が頷いただけだ。
「今回はお初にお目にかかる方がいらっしゃいますので、自己紹介から参りましょう!ヴォルトブルグ公爵家の奥様、よろしくお願い致しますわ」
「はいっ。外務大臣ヴォルトブルグ家。フリードリヒの妻のエミリア・ヴォルトブルグでございます。皆様とお会いできて光栄至極にございます」
「では、次は私。リーゼロッテ・ローゼンベルグ。ローゼンベルグ公爵家の妻ですわ。文化芸術長官のレオポルドが夫でございます。さて、次は」
「ヴィルヘルミーネ・ホーエンローエ。軍事将校コンラートを夫に持つ。よろしく頼むね」
声までカッコ良い人だった。薄く微笑む。
「ワタクシはアナスタシアとお呼び下さい」
癖のある言葉遣いだ。異国人のように感じた。……あれ?それで終わり?
「……えっと、では王族の分家であらせられる……」
リーゼロッテ様も困ったのだろう、次の人間に話を振ろうとする。
「自己紹介が必要でしょうか?まさか、私を知らない貴族がいると?」
「もちろん、存じております。王宮補佐官アルテンブルク侯爵夫人、エレオノーレ様」
急いで私が言ったが、既に機嫌を損ねてしまったらしい。目を合わせてもらえなかった。
「まぁまぁ、仲良くいたしましょう、エレオノーレ様?エミリア様はこう言った場所は初めてですから優しくして差し上げないと」
「あら、随分ヴォルトブルグ家にお優しいのね。さすが、同盟を結んでいるだけあるわ」
ゾッとするほどの冷たい視線をリーゼロッテ様に向け、そして、それを私にも……
ヴィルヘルミーネ様とアナスタシア様はどこ吹く風。
(どうしよう、誰もこの空気を誰も変える気がない)
でも、私は新参者だ。なんと声を掛けたら良いか分からない。
「エミリア嬢、リーゼロッテ嬢の味方をしなくて良いのかな?王家に悪い顔をしない、中立でいるつもりかい?」
良い声で薄い笑みを浮かべながら、ヴィルヘルミーネ様は私に言う。返事に言い淀んでいると
「あなたはルカト教を信じていますか?」
「は」
アナスタシア様は、祈るように手を組み急にそんなことを言ってきた。
なぜ?今?
「ルカト教についてはあまり……」
そう言った瞬間、彼女の目から光が消えた。
(怖い怖い怖い怖い!)
アナスタシア様は急に席を立った。
殴られるのか身構えたが、出口へ真っ直ぐ出て行っただけだった。
「大丈夫よ、エミリア様。アナスタシア様は会談へ行っただけだから」
「えっ?」
「ゴリツィン家……いやゴリツィン聖教国のトップは神のお告げを聞いた彼女だ。夫はお飾りなのだよ」
女性がトップとは聞いていたが、会談にまで出席するとは思わなかった。バーデンではあり得ない。
エレオノーレ様は焼き菓子を摘むと、嫌そうな顔をしながら食べた。
リーゼロッテ様は白い手袋でフォークを摘み、チーズを口に入れる。
ヴィルヘルミーネ様はメイドにワインを頼む。頼まれたメイドの目がハートになっていた。
私はどうしたら良いか分からず、エレオノーレ様と同様に焼き菓子を食べたが、味がしなかった。
(何この空気)
想像以上の恐ろしさだ。乾いた口に焼き菓子を入れたので咽せた。メイドが水を渡してくれる。恥ずかしすぎる。
フリードリヒ様を思い出して、心の中で謝った。
「エミリア様、お家ではどんなことをされているの?」
リーゼロッテ様が私に聞く。
「絵を描いております!レオポルド様が以前我が屋敷に来た時絵画についてお話し致しました」
「あぁ、うちの夫は美術品が好きなのよ。悪いけど、私は絵画にはあまり興味がなくて」
「え、あぁそうですか。リーゼロッテ様はファッションがお好きなんですよね」
「そうね。これは私がデザインしたの」
「えっ?!すごいですね!」
「どうも。あなたのドレス……」
「似合っているね、可愛らしくて」
ヴィルヘルミーネ様は甘い声で言った。
「どうも、ありがとうございます」
リーゼロッテ様は扇子で顔を隠した。ヴィルヘルミーネ様はリーゼロッテ様の方を見る。今度はこの二人でやり合っているみたいだが、私には全く分からない。
(帰りたい)
「帰りたい」
私の心の声が漏れたのかと思った。しかしエレオノーレ様が言ったのだった。
「女である私達がこんなことしたところで意味ないでしょう」
メイドを一瞥して紅茶を頼んでいた。
「そ、そうかもしれませんね……」
一応同意してみる。そう言うと、リーゼロッテ様が「へぇ」と言った。
「あなたはどうするつもりもないのね。外交大臣妻のエミリア様」
「わた、私は……」
間違えたことを言ってしまい狼狽えた。
ヴィルヘルミーネ様はうっそりと笑う。エレオノーレ様も口の端を上げた。
「もういいわ」
赤いドレスを翻すと、リーゼロッテ様が部屋から出て行った。
『役立たず』
目の前にいた美少女の口がはっきりとそう動く。エレオノーレ様がメイドに耳打ちすると、彼女も部屋から出て行った。
「アルテンブルク夫人は体調が優れないようで帰られました」
「じゃぁ、私も帰るとしよう。さよなら、エミリア嬢」
気づくと、私はぽつりと部屋に置き去りにされていた。
涙が溢れないようにするのを必死で堪える。怖い。公爵夫人同士の会話ってこんな感じなの?こんな、敵同士みたいな……
「みなさま、まだいらっしゃいます?」
シスター服の女性が入って来た。
「アラ?エミリア様だけ?でもちょうど良いわァ。ルカト教の教えについてお話を……」
「けっ……結構です!」
私が走り出そうとした時、彼女が痛いほどの力で肩を掴んだ。
身長が170センチを優に超える人間に掴まれて、私は小人のようだった。
「じゃぁ、ヴォルトブルグ公爵についてのお話はいかが?」
「え……」
私は思わず立ち止まる。フリードリヒ様のこと?
「彼……カワイソウね。完全な準備不足だわァ」
ドクンと心臓が嫌な音をたてる。
「ど……どういうことですか……」
「外交大臣があれじゃぁね」
「どういうことですか!?」
「ホーエンローエに負ければ、開戦になるわねェ〜」
戦争になるというのに、弧を描く口元。
「あなたは、それでいいの……?」
「大丈夫よォ。神は私をお救いになる」




