2-2. 準備
すっかり慣れたディナーの時間。相変わらずフリードリヒ様を眺めることができて私は幸せだった。
しかし、最近のフリードリヒ様は以前にもまして一層疲れていた。
(心配事でもあるのかしら。何かお役に立てることはないかしら)
微量ながら力添えできそうなこと……
私がそんなことを考えていると、フリードリヒ様が意を決したように口を開いた。
「1ヶ月後五大公爵会談が予定されているのは知っているね」
「はい」
「予定が前倒しになり、二週間後となった」
「?!」
そんな!五大公爵会談に備えてドレスを新調したり、会食のマナーを習ったりしているところなのに?!?
マリー様の方を振り返ると彼女も「まぁ!」とでも言う風に驚いている。リカは相変わらずの無表情だが、気になってはいるようだ。
「昨今の国際情勢が良くないことは知っているかな?」
「はい」
「それによって少しでも早く開催することになったんだ」
フリードリヒ様は五大公爵会談の詳細について説明を始めた。
午後2時から5時まで王宮内にある貴賓室で領主同士の会談が行われる。
そこに参加するのは領主のみ。妻は別室で待機となるのだが、待機中妻達はお茶やお菓子を楽しみながら会話をする事になる。
この各公爵家の妻との会話は社交であり、仕事のようなものだった。
「エミリアにはこれに参加してもらわないといけない」
ごくりと唾を飲む。丸いテーブルを囲んで、公爵夫人同士が会話という名の情報交換を行い、思惑が飛び交う場。
その空間に私は3時間拘束されるのだ。
「通常なら1時間ほどなんだ。会話内容も和やかなもので、エミリアを優しく迎えてくれるご夫人方ばかりだと思う。
けれど、有事の今各家は有利な立場を取ろうと必死だ。他の家を蹴落としてでも生き残りをかけている。だから、ご夫人方も穏やかではいられない。
他の家からエミリアは見定められるような視線を送られるだろう。警戒にたる人物かそうでないか。政治への影響力はいかほどか。
辛い時間になると思う。ごめん」
「いえ……フリードリヒ様が悪いわけではございません」
「私は、エミリアにはなるべく政治の世界に入って欲しくないと思っている」
どういう顔をして良いか分からず困っていると、フリードリヒ様は言葉を続けた。
「エミリアに政治は難しいと思う。苦労をかけるだけだから、私1人でなんとかするよ。
だから無理に役に立とうと考えなくて良いからね。他のご夫人方から嫌われなければ充分だから」
「……はい」
フリードリヒ様は私にプレッシャーを与えまいとしたのかもしれない。
役に立てと言われなかった。
(けれど、何でだろう。なんかすごく悲しい)
私はここ一年彼をずっと見てきた。
ずっと頑張っているところを見てきた。
今だって、酷く疲れた顔を誤魔化しながら私と話している。私とディナーの時間を取るより、早く寝た方が良いはずなのに。
そんな彼を更に一人で頑張らせなくてはならない。
他のご夫人方は旦那様と、家のために二人三脚で働くはず。それなのに私は何も出来ない。
優しさで戦力外通告をされているようなものだった。
「……」
「エミリア?」
それでも、何かお役に立てる事は無いでしょうか?!
そう言おうとしたけれど、力不足なのは歴然。無理に手を出しても邪魔なだけ。
それならば、邪魔をしないように、フリードリヒ様の言う通りご夫人方に嫌われないようにするしかないのかもしれない。
それ以外に私にできる事は無いのかもしれない。
***
「エミリア様!旦那様にああ言われて悔しく無いのですか!」
「えっと……」
フリードリヒ様が食堂から出て行くとリカが憤っていた。無表情な彼女にしては珍しく怒りで頬を好調させている。
「お飾りで良いと言われたも同然なのですよ?!」
「元々そう言う話だったし……」
「もう状況は変わりました!」
「有事だけれど、だからこそそんな難しい事私にはできないわ。足を引っ張ってもいけないし……」
「違います!エミリア様はここ一年公爵夫人として勉強を続けてきました。そして、先月ご実家と縁を切られたでしょう。それくらいの胆力がおありなのです。私はエミリア様はヴォルトブルグ家に役に立つ力があると思います」
「ルカ……」
「私もそう思いますよ。奥様」
優しく、しかし力強くマリー様は言った。
「奥様に領地内の貴族を纏める力はまだないかもしれません。しかし、他の侯爵夫人を敵に回さず、好かれる才能はあるかと思います」
「す、好かれる……?」
人に馬鹿にされた覚えはあるが、好かれた覚えはないのだけれど……
「えぇ、好かれておりますとも。奥様の周りにいた下級貴族の令嬢達は、都合良く笑顔で働く奥様を好いていたようです」
「それは利用されているだけかと思いますけど……」
「でも本人達は奥様のお友達だと思っているようですよ?」
「友達……?!?」
あれは友達に対する態度ではないのでは……
「それと、奥様はリカを手懐けました」
「手懐け……」
「リカは有能ではありますがプライドの高いところがあり、性格に少々難ありでした。それなのに、ここまで懐いたのはなぜですかね?リカ、奥様に教えて」
眉間に皺を寄せ、口の端をひくひくとさせているリカ。恥ずかしいのかしら、それとも言いにくい?気まずい?
「奥様は、私の生まれを否定せず肯定的に捉えて下さいました。ニコラ様からも守って下さいました。非常に感謝しています」
「他には?」
「う……奥様は、私が少々高圧的に言っても、正しいことを言ったときは素直に「勉強になったわ」「よく知っているわね」とおっしゃいました。プライドの高いご令嬢達には煙たがられる私の態度を受け入れて下さいました」
「リカ、そこは直しなさいな。……他に奥様の好きなところは?」
「まだ言わないとダメですかぁ……?」
うぅぅぅと赤くなるリカ。
「旦那様へ一途なところとか、頑張り屋なところとか……辛くても耐え忍ぶところとか……」
「公爵家の奥様方ですけれど」
恥ずかしいのにも関わらず懸命に話したのに、途中で話をぶった斬られるリカ。
マリー様、もう少しリカに優しくしてあげて。
「リカと共通点があると思うのです」
「……へ?」
リカも不思議そうな顔をしている。
「まぁ、百聞は一見にしかずですから、公爵家の妻とはどのような方々なのかまずは観察致しましょう」
次回がプロローグの話です。
侯爵夫人が4人出てきてやり合います。




