2-1. 二人の日常
時系列は第一章の終わりから一月後です
「えへ、えへへへへへへへ」
「エミリア様、はしたない声をあげるのをやめて下さい。怖いです」
リカが部屋に入って来たことに気づかず奇声をあげていた私は、急いでベッドに正座をした。
「また指輪を見ているのですか?」
「だって、だってフリードリヒ様が、私に、指輪を!!!指輪って結婚したってことじゃない?!!」
「初めから結婚してますよ?」
「いや、だって式もなかったし指輪もなくて、夫婦って感じが全然なくて……推しと一つ屋根の下に住んで、しかもデートまでして充分過ぎるほどで満足してたっていうか……その!ロマンチックな結婚!!!って実感が湧かなかったんだもの!」
政略結婚だからとりあえず外から見て夫婦にしておこう、くらいから始まったこの結婚生活でまさか指輪が出てこようとは……
しかもこの指輪、フリードリヒ様が私にひざ、ひざま、跪き……
「あーーーーー!!!!」
「屋敷に来られた時よりだいぶ元気になられて何よりです……ってエミリア様、指輪しないんですか?」
「大事に宝箱の中に閉まっておくけど……だってこれダイヤがついてるもの。こんな高そうなもの毎日はつけられないわ」
「では、日常使いのものを買ってもらったらどうでしょう」
ニヤリとリカは悪い顔をする。
「お・そ・ろ・い・で」
「おそっ…!」
「ついでにエミリア様からデートにお誘いになっては?」
やめてリカ!!!これ以上は刺激が強すぎるわ!!!
***
「旦那様、最近ご機嫌がよろしゅうございますね」
「エミリアが前より元気になった気がするんだよ。顔を見て話をできるようになったしね」
「奥様とのディナーをいつも楽しみにしていますね、旦那様は」
「私が?うん、まぁ……そうだね」
エミリアの気持ちばかり気になっていたが、私自身もエミリアと話すと癒され、仕事の疲れが飛ぶようだ。また絵を描いて持ってきてくれないだろうか。
そう思っていると、新棟から敷地内を歩くエミリアと侍女が見えた。
(本当に笑顔が増えて嬉しい)
家族問題から解放された彼女の生き生きとした姿は、私も本当に嬉しかった。
家族と決着を付けて帰ってきたエミリアを抱きしめて……
抱きしめて……
抱き……?
「アルブレヒト」
「なんでしょうか、旦那様」
「19歳の女の子を抱きしめた私は犯罪者ではないだろうか」
「旦那様???」
エミリアは妻とはいえ19歳の女の子だ。本当は同い年の男性と恋愛するお年頃。
抱きしめられて嫌と感じていないように思うが、私の倫理観が「それで大丈夫か?」と告げている。
(困った……エミリアが他の男性と恋愛するのは嫌だが、一般常識が私と恋愛するのは良くないと告げている)
しかし、恋愛するなとは言えない。
(様子見だな……私から接触することはしない。出かけるのに誘って、色々と物を買う。これなら問題ないだろう)
これ以上踏み込むのは良くない。
そしてそもそもそんな事を考えている暇は、私にもうない。
五大公爵会議が近々開かれる。
近くの国が戦争を始め、国際情勢がきな臭いことになっている。
その余波がこちらに来ていた。どの陣営に与するか、どのくらい援助をするかしないか。
それを五大公爵会議で決めなければならない。
実質五つの小国に分かれているこの国は、一つにまとまっていると言いにくい。
意見が分かれれば国自体の存続が危うい。我家としては、代々友好関係を結んでいる王家を無くしたくはない。
しかし、最もまずいのは五大公爵家同士で争いが起こることだ。
各公爵家は国の決定とは別にそれぞれの思惑で動くだろう。それを一つにまとめるのは至難の業だ。国の決定と敵対する陣営に与する公爵家が現れれば、最悪国内で争いになる。
(我バーデン領は小国としてほとんど独立している。国という枠組みがなくなったとてやっていけるが、争いになり領土内の力が落ちれば容易に攻め込まれるかもしれない)
なので、私としてはあくまで“国を存続するため協力する”という体で五大公爵家同士の争いを避ける方向へもっていきたい。
(この国の公爵家同士の結束を強めなければ)
文化・芸術長官——ローゼンベルク家
軍事将校——ホーエンローエ家
宗教司祭——ゴリツィン家
王宮補佐官——アルテンブルク家
そして私、外務大臣 ヴォルトブルグ家
それぞれ独自の色を持つ公爵家をまとめるのは難しいが……
そして最も懸念しているのは、この五大公爵会談にエミリアの参加も義務付けられていることだ。
お披露目に良い機会であり、常であれば和やかなパーティで終わる程度のことなのだが、有事である。
彼女にも役目を果たしてもらわなければならない。
(こんな大役をすぐに彼女に託すことになろうとは)
各家の妻達との社交を任せる必要がある。
(エミリアには荷が重すぎる)
これに関しては年齢の問題ではない。実際、最年少の公爵夫人は18だ。
問題は、エミリアが伯爵家出身ということである。
公爵家に嫁ぐような令嬢は大体が侯爵家出身であり、公爵家の妻となるべく幼い頃から教育されている。
エミリアも嫁いできてから懸命に頑張ってはくれているが、そのような公爵家の妻には及ばないだろう。
いずれこのような大役を任せなければならない時が来る可能性はあった。
しかし、私の代で戦争は経験していない。このような緊迫した状況は私自身も初めてなのだ。
そんな状況で、急にエミリアに役目を果たせというのは——
こういうきな臭い状況にならないために、なるべく手を尽くしてきた。
しかし言い訳するとするならば、ここ2年私の家の中は酷い有様で、外務大臣としての責務を果たせていなかったのは事実だった。
「すまない、エミリア」
私がちゃんとしなければ。エミリアは試練を乗り越えたところなのだ。
実家もなくなり、行き場もない。私がなんとかしなければ——
「旦那様、考えすぎは身体に毒です」
五大公爵会談。どうなるか。
エミリアは嫁いできた時点で18歳。第一章終了時点で嫁いで1年経っています。




