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28.いってらっしゃい

 私はフリードリヒ様の部屋にいた。


「そうか。実家がそんなことになっているんだね。それで呼び出されていると」

「お断りしようと思っています」

 私がはっきりと言うと、フリードリヒ様は一つ頷いた。

「分かった。エミリアがそれで良いならそうしよう。私からも手紙を書いておくよ」


「フリードリヒ様、直接実家に出向いて断りに行くのはダメでしょうか」

 彼は少し時を止めた。


「どうして行く必要があるか聞いてもいい?」

「リーベンタール家の人達は、家のことか自分のことしか考えていません。いよいよ実家が傾くとなればもっとしつこく手紙が来ます。最終的には、この家に直談判に来るかもしれません。私はそれが嫌なのです」


 みすぼらしい格好で頭を下げる人間を無理に追い返せば、悪評が立つかもしれない。血も涙もない公爵家だと。


 少なくとも屋敷の前でそんな事をされれば、レオポルド様のような仕事上必要な人を呼ぶことが難しくなる。

 はっきりと、取り付く島もないと諦めさせなければいけないと私は思った。


 そしてそれはリーベンタール家のためでもある。断るのであればちゃんと断らないと希望に縋り付くだろう。

 なんとか自力で立て直すことに注力させるべきだ。


「分かった。じゃぁ一緒に断りに行こうか」

「……私一人で、行きます」

「それは……」


 悩んだ。すごく悩んだ。フリードリヒ様と一緒に行った方が良いのではないかと。

 フリードリヒ様にはっきりと言っていただいたらすぐに実家は諦めてくれる。

 そして、それは楽だ。


 けれども、これはマリー様の言うように試練なの。

 フリードリヒ様と行けば、彼に助けてもらうことになる。

 

 ちゃんと自らの力で実家と決別すると決めた。私の口からちゃんと断る。

 私が完全に見放せば、リーベンタール家とヴォルトブルグ家は縁が切れる。

 私を諦めさせるためには、一人で断るのが一番いい。

(縁を切るの。もう決めた)


「エミリア、私は以前言った通り君に無理をして欲しくはない。君が言うようにリーベンタール家の人たちが酷い人なのであれば、一人で行かせたくはないよ」

「フリードリヒ様……」


 本当にお優しい方。今も仕事がすごく忙しくて、こんな問題に振り回されている時間などないのに。昨日も遅くまで仕事をしていて、今日も朝からこの部屋に篭りきり。


「大丈夫です。きっと、やり遂げます」

「……」

「フリードリヒ様?」

「君の意見を尊重しなければいけないね」


 困ったようにフリードリヒ様は笑った。

 彼が私の方をよく見る。私は目を逸らさず、フリードリヒ様を見た。

 

「ごめんなさい、困らせてしまって」

「困っているよ」

「ごめんなさい……」

「君が大切だから、傷ついて欲しくない。だから、一人で実家に送り出すのが嫌なんだ」


「でも、それは私のエゴだね。エミリアの意見を尊重するよ」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……!」

「こんなことになるなんて思わなかったな」

「……え?」


「いつ発つの?」

「今日手紙を書いて、すぐ発ちます」

「そうか」


 そう言うと、フリードリヒ様は文机の後ろにあるカーテンを開けて、窓の外を見た。

 窓辺の光がドアに向かって一筋伸びて、部屋を明るく照らす。

 

 フリードリヒ様は机の一番上の引き出しを開けた。

「これを渡すべきか、ずっと悩んでいた」

 小さな箱を見て、悲しそうな顔をした彼。

 葛藤、遠慮、さまざまな悲しい気持ちが彼の顔を歪ませていた。


「なんの意味ものせず、早く渡してしまえば良かったと思うこともあった」


 それを手に持って、私の方へ歩いてゆく。

 光を背に受けこちらへ歩いてくるフリードリヒ様。


「こういう物は、好きな男性からもらうべきではないかとも考えた」


 フリードリヒ様が手に持っているものを見て、私は口を抑えた。

 小さな箱から出てきたのは、結婚指輪だった。


「ごめんねエミリア。形だけ渡すくらいなら、お金を渡して必要な時に好きな指輪を買ってもらった方が良いと思ったんだ。政略結婚で、私は最初君に干渉する気もなかった」


 そうだ、始まりは私も見てるだけで幸せだった。

 フリードリヒ様も妻の役割を求めないと言っていたし、お金も好きに使って好きにしていいと言っていた。


「……いつから、これを」

「最初からずっとここにあったんだ。けれど、本気で渡したいと考えたのは最近かな。結婚において指輪は絶対に必要なものではない。貴族であれば宝石のついた指輪なんてたくさん持っているしね。意味を持たせてまで渡す必要のあるものか、悩んでいたんだよ」


 指輪を取り出す。


「……エミリア、いいかな」

「はい」


 跪き、私の左手を取った。

 彼は私の左手の薬指に、そっと指輪をはめた。


 キラキラ輝くシルバーリング。埋め込まれたダイヤモンド。


 たった数gなのに、それは重かった。

 私の指に嵌められた指輪は、確かにフリードリヒ様との絆を表していた。

 

 彼が立ち上がる。光が真っ直ぐ私たちを照らす。

 結婚式の誓いの場面のようだった。

次回、エミリア実家へ突入編です。いよいよクライマックスが近づいてきました。

ニコラと戦います。

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