27.噂と真実
クリスマスが終わり寒さが一段と厳しくなった頃。
私は招かれたサロンで一つの噂を耳にした。
「公爵夫人、良かったですわねぇ。早く家を出れて」
「……えーっと……どういう……」
「実家のことなのに知らないのですか?もう出た家の事は知る必要がないと」
「公爵夫人としての自覚があるということですわ!」
オホホホ、うふふふ、と侯爵夫人達が優雅な、しかし明らかに下に見た笑いをする。
「我が家はリーベンタール家と長く商売させてもらっておりますけれど、経営が悪化しましたので付き合いをやめたらしいですわ。お父様曰く」
意外と思われるかもしれないが、私はこの令嬢のことをよく知らない。長い付き合いのある家の情報は重要なので、エリーゼ姉様やお父様が仕入れていたのだ。私が集めていた情報は、あくまでお姉様やお父様の手が回らない人達。そこから有益な情報があれば、2人が接触するという手筈だった。
その後、私は馬鹿なふりをして、いや、実際実家の事を全然知らなかったので馬鹿なのだが、関係ありそうな貴族達から話を聞いて回った。
「実家が大変だと聞いたのですが、お父様とお母様は何も話してくださらないのです。教えてもらえませんか?」
「自らの実家のことも知らないの?仕方ないわねぇ……」
色んな人から断片的に話を聞いていくと、全容が見えてきた。
どうやら、実質的領主となったエリーゼ姉様の経営はうまくいっていないらしい。
お姉様はお父様と経営方針でよく揉めているそうだ。
農民達との軋轢も多く、税収も悪いとか。
(農民を人として扱っているか怪しいわね、お姉様は……)
婿入りした五男は役立たずの穀潰し。
夫婦仲も良くないのは想像に難くない。私の知る限り、お姉様は勉強一筋で恋愛には疎い。
(もしかして、お父様が直接手紙を送ってきたのって……)
*
その情報を裏付けるように、家に帰るとお母様から手紙が届いていた。
『エミリアへ
親愛なる愛娘エミリア、大公様は元気にしているかしら?
お父様とエリーゼは言わないけれど、今家が大変なの。
天気が悪い日が続いて作物が上手くできないらしくて、それを農民達はうちのせいにして文句を言ってくるのよ。
天気は私たちのせいじゃないのに、本当に農民達は頭が悪くて品がないの。
農民達がうまく作物を育てないから、私達の家に入ってくるお金が少なくなってしまって、節約生活を強いられているわ。
節約なんてできないと言ったら、お父様は使用人をたくさん辞めさせたの。
そうしたら、今度は家が荒れてしまって。仕方なく私が掃除をしているのよ。
伯爵家として恥ずかしくて見窄らしくて、耐えきれないわ。
お願いエミリア、大公様に資金を援助するように頼んで。
使用人のように屋敷の世話をしている可哀想な母を思えば、優しいエミリアはやってくれるわよね。
そんなに多くはいらないわ。お天気が良くなれば、作物が育ってすっかり元通りになるから。
お願いね、エミリア
あなたの母より』
*
母は、我が家の経営が全くわかっていない人だった。
女性だからそこまで知らなくても無理はないのだけれど、全て天気のせい、農民がうまく作物を作らないせいだと信じきっているのは少し物を知らなすぎる気がする。
母は贅沢な暮らしが好きで、美人なだけのそれこそお飾りの妻なのだった。
お父様はお母様のことを「子供を産む役割を果たした女」くらいにしか思っていないだろう。男を産まなかった事でお父様はお母様を責めたらしい。
しかし、お母様はあっけらかんとしたもので「どっちが生まれるかなんて分からないもの。約束通り三人産んだからいいでしょ?」とニコラを着せ替えながら言った。
それが二人が結婚した時に交わした約束だったようで、お父様は何も言えず役目を終えたお母様の贅沢な生活を咎めなかった。
お母様が子育てらしき事をしていた覚えはない。
生活するのに必要な知識だけでなく、貴族の教養やマナーも家庭教師や学校任せ。
家に帰っても屋敷に外商を呼んだり街へ行って買い物をしていたか、仲の良い友達や見目麗しい男性と楽しく過ごしているだけ。
お母様にとって私はニコラのように可愛くも面白くもなく、エリーゼ姉様やお父様のように家の金の足しにもならない、そういう意味での「役立たず」だった。
しかし今や私はお母様にとって役に立つ人間となった。
お金持ちの大公様から金を引っ張れるという役に。
お母様を哀れに思わなくもない。
好きでもない男の子供を3人も産んだのだ。それと引き換えに贅沢な暮らしが保障されていたのだろう。話が違うと言いたいのだと思う。
でも、だからと言って、産むだけ産んで何もしないのはおかしかったのではないのか。
もう少し愛情をかけてくれても、と思う私はワガママなのだろうか。お父様との約束を果たしたお母様に求めすぎなのか。
(お父様とニコラはどうでもいい。エリーゼ姉様も……でもお母様は悪くないのでは……)
お母様からの手紙は、私の心臓の最も深いところを締め付けた。
締め付けられたところから毒が滲み出るように全身に広がっていき、私の身体は動かなくなった。
*
実家のために何かやりたくないという気持ちと、哀れなお母様を救うために実家に何かすべきなのかもしれないという気持ちで、私は頭の中を掻き回されていた。
フリードリヒ様の顔を見るたびに「私の実家を助けて下さい」と言わなければと思う反面、言ってしまえばフリードリヒ様を嫌な気持ちにさせると思うととても言い出せない。
多分、頼めばフリードリヒ様は私の実家に援助してくれる。
ヴォルトブルグ家に良い影響があると思えないのに、私を幸せにするためにやってくれるのだ、きっと。
「奥様、どうかなさいましたか」
「マリー……」
「最近絵もお描きにならず、部屋に篭るばかりと聞いております」
「……」
こんなこと、言いたくない。
この家の人は良い人ばかりだ。きっと困らせてしまう。でも、マリー様なら何か良い解決策を教えてくれるかもしれない。
「マリー様、私……」
困り果てて泣きそうになっている私を見て、マリー様は私をメイド長室へ連れて行った。
私の話をすっかり聞いてくれたマリー様は「まぁ、そうでしたのね……」と言った。
「私は、どうしたら良いでしょう。フリードリヒ様にご迷惑をかけたくなくて、でもお母様を思うと実家を捨てることもできず……」
「奥様、また一つ試練ですわね」
マリー様は真面目な顔をして言った。
「私が奥様に以前話したことを覚えていらっしゃいますか?パーティで公爵家の妻として振る舞えないことを、不安に思っていた時のことです」
「はい、今のままの私で良いと……馬鹿にされたままで問題ないと……」
「もう一つお話ししましたね。“公爵家としての力をむやみやたらと利用するお願いは、やんわりとお断り下さい“と」
「あ……」
「奥様、これは公爵家としての力をむやみやたらに利用するお願いではありませんか?」
「えっと……」
「ヴォルトブルグ家が資金援助をする事はできます。ですが、奥様が知るリーベンタール家の方々はどのような方でしょうか。資金援助をした結果、どうなると思いますか?」
お父様は何かあったらすぐ泣きついてくるようになる。お母様は、お父様がお金を出し渋れば私にまたお小遣いをくれとか言ってくるかもしれない。
「考えてみて下さい。奥様であればもう自分で判断できるはずです」
「ダメだと、思います……」
「お断りする練習もいたしましたね。パーティにたくさん出られたではありませんか。その度に頑張っておいででした」
「……」
「私達は、奥様のやることを全力でお手伝い致しますよ」
「マリー……」
涙が溢れてしまった。決断しなければならないのだ。
実家か、嫁いできたこの家か。
実家の父や母、姉が路頭に迷うのを黙って見過ごすか。
ヴォルトブルグ家に迷惑をかけるか。
でも、やはり選ぶ道は一つしかない。
私はフリードリヒ様が好きなの。
本当に本当にずっと好きなの。この家だけでなく、彼のことが好きなの。
「私、決めました」
「それでは、この手紙をお渡しします。中身を開けてはいませんが、奥様が悩んでいることに関するものかと思います」
お父様の筆跡。
以前手紙が来てから4ヶ月が経っていた。
内容は想像に難くなかった。
決意を固めたエミリア。次回フリードリヒにその決意を伝えに行きます。それに対してフリードリヒは…




