26.レオポルド、再び
先日の街歩きで、私はフリードリヒ様が恐ろしく疲れていることを知り、唯一できることの絵を描いていた。
素晴らしい画材は手に入ったし、アトリエ以外は買ってもらったため邁進するのみだ。
その間にパーティにも出た。
いつも通り馬鹿にされたが、以前言った通り馬鹿にされていいのならばヘラヘラとやり過ごすか、良い感じに相槌を打つだけだ。
碌な返事もできず役立たずで申し訳ないと思う必要が無くなり、心が楽になり、パーティへの苦手意識がだいぶなくなった。
絵を描いて、パーティに出て、少しでもフリードリヒ様のお役に立とうと勉強をして。
結婚して9ヶ月が経ち、結婚した頃には春だったのに、気づくと季節は冬になり、クリスマスも直前となった。
「メリークリスマス!エミリア先生!」
「ローゼンベルグ大公?!?!」
「ローゼンベルグ大公だなんて。レオポルド、とお呼びくださいな。こちらクリスマスのお祝いに」
天使のオーナメントだった。白くて可愛らしい木工細工のような天使がラッパを吹いたり、二人で手を取り合ったりしている。クリスマスマーケットを冷やかしていたら見つけたらしい。
「可愛らしいですね!ありがとうございます、ローゼンベルグ大公様」
ローゼンベルグ大公は「はぁ」とわざとらしくため息をつき「やれやれ」とでも言うようなジェスチャーをする。
「レオポルドとお呼び下さい。私達の仲ではありませんか」
(会ってまだ2回目なんですが……)
「そこのツリーに飾りますね」
「是非。それで?新作はどうなってますか先生。ぜひ拝見したい」
顔には「早く絵を見せろ」と書いてあるし、好奇心によるワクワクが抑えきれていない。
「えー……と、冬は花も咲かないですし空も暗いのであまり絵は描いておらず……」
「私が最後にこの屋敷に来てから4ヶ月経っているんだから、夏から秋にかけての絵があるはずですよ?
確かに、エミリア先生の絵は春の木漏れ日や夏の青々とした緑を描写する方が映えるだろう。先生の絵は戸外で描くからこそ分かる光の移り変わりの変化を楽しむものだと私は思っている。
これは、現在価値があるとされている絵とは趣向が大きく異なり、精緻な筆使いや正確性とは真逆と言って良い。しかし……」
「レオポルド、そんな事を語ってどうするの?」
「フリードリヒ早かったね!もう少しゆっくりで良かったんだよ。先生と絵の話をしているんだから」
「エミリアに絵を譲ってくれないか交渉しているのだろう」
「当たり前だよ!フリードリヒもあの絵の価値は分かっているだろう?キミが独り占めするべきじゃない」
「それこそ、エミリアが決めることだ。そうだね、エミリア?」
フリードリヒ様は「売らないよね?」と暗に言っている。どうやらフリードリヒ様は私の絵に執着があるようだった。
だが、レオポルド様にも執着されている。
私としてはいまだに自らの絵の価値がわからないので、正直2人に渡しても良いのだが。
実際、リカには「貴族の感性はよくわかりません」と言われているしマリー様に感想を聞いても「美術には疎いので、私の語れることはございません」と言われている。
つまりこの絵をいいと言ってくれているのは、フリードリヒ様とレオポルド様のみ。ちなみに、私にもよくわからない。
だがフリードリヒ様に売らないで欲しいと言われる以上、私の答えは決まっている。
「申し訳ありません。この絵は全てフリードリヒ様からの注文ですので、この絵をお譲りできるかはフリードリヒ様がお決めになる事なのです」
(とはいえ、大公様にお願いされて断り続けられるほど、私の精神力は強くありません)
「そ……っ」
レオポルド様が衝撃的な目でフリードリヒ様を見る。そしてギロリと睨む。
「なるほどね、所有権はお前にあるということか。そうすればエミリア先生を私が追求しても意味がないものな。考えたね」
涼やかな顔でレオポルド様を見るフリードリヒ様。
しかし、私が困っているのを見て、ふ、とレオポルド様は笑った。
「絵を描くところだけでも見せてもらえないかな?」
ちょうど良い天気なことだし、と彼は言う。私はフリードリヒ様の意見を伺うように彼の方をじっと見た。
「……エミリアが良いというなら」
口の端がひくひくと動いている。嫌そうだが、レオポルド様のことを何でもかんでも否定するのは可哀想だ。
私が頷くと、レオポルド様は誘うように歩いて行った。
*
画材を持ってサンルームへ向かった。
サンルームにあるソファから彼は私が絵を描くのをじっと見つめている。
すごくやりにくい。
「すみません、すごくやりにくいです……」
「あぁ、お気になさらず。先生は制作に集中していただいて構いませんよ」
(気になるから言っているのに)
一つため息をついて私は筆を動かした。
(視線が刺さるよ……でもこんなのじゃ上手な絵を描くことはできないし、ちょうど良いかも)
先生、先生と言われるのにはいつまで経っても慣れそうにない。先生と呼ばれるほど絵が上手いと本気で信じられないのだ。
私がぎこちない動きで絵を描き続けていると、レオポルド様は独り言のように話し出した。
「キミの絵は売れる」
「……え?」
「私が認めた。キミの絵は相当数売れるだろう」
金色の鷹の目が光る。彼は私を見ていなかった。キャンバスと筆を見ていた。
「ですが、私の絵は絵画の専門学校で習うような絵とはかけ離れています」
「そうだな。伝統的な展覧会からは弾き出される。賞を取るどころか門前払いだ。しかし、私が言えば売れる。売れれば価値が認められる。芸術などそんなものだ。権威のある人間が素晴らしいと認めれば、大衆はそれに迎合する。見方が変わる」
「そんな、レオポルド様の権威を笠に着て価値を付けるなんて……」
「多くの人間が誤解しているが、私は価値の無いものに価値をつけるのではない。私が付けるのはあくまで権威だ。キミの絵の価値を分かりやすく“価値のあるもの“として普及させ、大衆の目を開かせてやるだけ。私が見出さずとも、いずれ誰かがキミを見出す」
私が戸惑っていると、レオポルド様は胸のポケットからロケットを取り出して写真を見た。
「時代がそう言っている。この流れを止めることはできない」
「そして私が一番最初にキミの絵の才能を見出したと知らしめたい。なぜなら――」
この人は本当にすごい人なんだ。時代を読み、価値を見出す、鷹の目を持った…
「古参ファンを名乗りたいから」
「……え?」
「先に目をつけていたのに、他のヤツに先にファンを名乗られたら悔しく無いかい?私が先に見つけたのに……!」
「えっとー……」
(この人、本当になんなんだろう……)
しばらくするとフリードリヒ様がやって来て「やはりエミリアに無理やり絵を描かせるのは良くない」と言ってレオポルド様をサンルームから追い出した。
レオポルド様は「キミのこと、諦めないからねー!」と捨て台詞を吐いて馬車に押しこまれていった。
「変なやつですまない。嫌な気分になったよね」
「いえ……」
私はぼんやりとしながら部屋に戻った。
ノートを開いて、情報を書き加える。
先日のパーティで、私はローゼンベルグ大公の情報を入手していた。
レオポルド・ローゼンベルグ大公
ローゼンベルグ領を統治する最高権力者。国の文化芸術の要職についている。
彼が価値があると認めたものはたちまち貴族の間で話題になり、それを持っている事は一つのステータスとなる。
女好きで、芸術の厄介オタク。
鷹の目を持ち、時代の流れを読む、文化・芸術の王。
(私の絵は、価値がある)
現実の人物の名前や歴史が出てくることがありますが、この話はファンタジーなので時代背景も国もぐちゃぐちゃであることをご了承下さい。




