25.父からの手紙
冒頭からエミリアの父親のセクハラ発言がキモ過ぎます。
『エミリア
この前そちらにニコラが行っただろう。
それを聞いた限りでは、どうもバーデン大公の寵愛を受けていないらしいな。
家にいた時から何度も言っているが、なぜ役に立とうとしないんだお前は。
何のために大公様と結婚させたと思っている。
我が家の有事の際に役に立ってもらうためだ。言わなければそんなことも分からないのか。
相変わらず頭が悪くて話にならない。
半年以上経ってもお前がそちらの家でも役立たずなことは良くわかった。
そんなお前に期待することはもう一つしかない。
早く子供を産め。
子供がいれば、絆も強くなろう。
どんな手を使ってでもベッドに誘い込め。
具体的には――』
私は手紙をビリビリに破いた。
「エミリア様?」
様子のおかしい私に心配そうに声をかけるリカ。
「ごめんなさい。ちょっと一人にさせて」
そう言うと、リカは去っていった。
「最悪」
(信じられない)
「最悪最悪最悪最悪……」
私は呪詛のように繰り返した。
なぜそんなことが言えるの?
役立たず相手ならこんなことを言っても許されると思っているの?
この言葉は私だけじゃない。フリードリヒ様をも侮辱しているとなぜ気づかないの?
(お父様ってこんなに頭が悪かったの?)
絶対にこれをフリードリヒ様の目に入れるわけにはいかない。
初めて私は実家を許せないと思った。
*
翌日から私はまた絵を描き始めた。
湧き上がる気分の悪さを治めるためだった。
「エミリア?」
「ふ、フリードリヒ様?!」
戸外で絵を描いていると、近くにフリードリヒ様がやってきた。
「邪魔してしまったかな?」
「いえ!」
「また素敵なものを描いているね」
薄らと目元にできる笑い皺。それが作られた笑みではなく、彼の自然なものだと知った。
「ありがとう、ございます……!」
(近いです、フリードリヒ様!)
こんなにも優しくて美しい人に対して下劣な事をしろと指示する我が父……
(許すまじ)
こうして好きな物を見ながら二人で会話できるだけで十分幸せなの!
もう実家に貢献なんてこれっぽっちも考えたくなくなった。
(そもそも、私とフリードリヒ様が子供を作る儀式をするなんて想像もできないわ!キスすら無理!頑張っても手を繋ぐくらい……)
「……エミリア?手が止まってるけど」
私は思わずフリードリヒ様の手を見てしまった。
ほっそりとした白い指。けれども、ところどころ節のあるゴツゴツした男の人の手。
(ペンダコがある……お仕事を懸命になされている証だわ)
「どうしたの?私の手を見て……」
(この手が私の手を握るところが、想像できてしまった)
衝撃だった。
思わず絵筆を取り落とす。
地面に落ちる前に、フリードリヒ様が拾った。
「落としたよ、エミリア」
筆を渡された時、少し手が触れてしまった。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)
「さっきから何も話さないけど……顔が赤いね。屋敷に戻った方がいい」
「戻ります……」
リカがさっと片付けをする。私も小道具を持とうとすると、取り上げられた。
「エミリア、歩けるかな?荷物は私が持つから、リカに肩を貸してもらった方が……」
「元気ですので一人で歩けます!!大丈夫です!!」
混乱しすぎて、フリードリヒ様に小道具を持たせていることに気づかず屋敷まで行ってしまった。
*
フリードリヒ様の手を思い出しながら、私は夜寝る前ベッドに倒れて悶々とする。
(フリードリヒ様に触れるなんて、この前まで考えつきもしなかったのに……)
パーティなどの公的な場ではマナーとして腰を抱いたりなどしてもらった事はあった。
でもそれは挨拶のようなもの。貴族の子女として当たり前のマナー。社交ダンスの接触と同じだ。
まぁ、握手すらも最初戸惑っていた私だけれど……
それでも、この手を握るというのは握手とは違う。
親密な男女が行うものだ。
フリードリヒ様と私がそんな事をするなんて、でも、一応夫婦だから、普通の夫婦はやるのよね。
(手を繋ぎたいって言ったらどうなるんだろう……)
パターン①
「エミリア、それは恋愛関係にある男女がする行為だよ」
→やんわりと拒否
パターン②
「エミリアがしたいなら……(困り顔)」
→私がしたいと言うので、仕方なくしてくれる
パターン③
「ん?何か言ったかな?」
→聞かなかったふりをしてくれる
(快く受けてくれるイメージが全く湧かない……)
頑張って快く受けてくれるイメージをしてみる。妄想の中くらい別に良いわよね!
パターン④
優しく微笑んで、すっと指を絡めて……
「ああああああああああ」
(なんて破廉恥な!!!)
想像するだけで鼻血が出た。こんなの絶対に妄想で留めておかなくては!
*
お父様からの手紙に、結局私は返事をしなかった。腹が立ったのもあったが、なんて返事すれば良いか分からないのもあった。
手紙が来た日から一月が経った。
「エミリア、良かったら明日また街へ出かけない?」
私の記憶では、フリードリヒ様が最後にまる1日休みが取れたのは3ヶ月前。
ここ最近は、社交がない日は私が絵を描いている時に現れたり、サンルームで一緒にお茶を飲むこともあったがせいぜい数時間。
フリードリヒ様がちゃんと休めているのか気になって仕方がなかった。
しかし、そのために私に何かできる事はない。
大公夫人としての教育を今日も受けてはいるけれど、すぐにお役に立てるものではない。歯痒い。
それなのに、貴重な休みを私に使おうとしてくれている……!
「フリードリヒ様は1人で休まなくて大丈夫ですか……?お疲れでは?ずっと休みなく働いています……」
「心配かけて悪いね、大丈夫だよ。私も街に出て気晴らししたいんだ。無理にとは言わないけれど」
「そ、それでしたらぜひ……!」
「何か買いたい物や、したい事はある?」
「いえ、特には……」
「古い絵筆を使っていたね。新しい物を買うというのはどう?」
「あ……そうですね。そういえば書きにくいなと思っていました」
実家では筆なんてそうそう買って貰えなかったので丁寧に手入れを続けていたが、さすがにもう穂先が割れている。
まぁ、頑張れば使えない事もないから、わざわざ明日行ってフリードリヒ様の時間を使わなくても……
「ですが、せっかくの休みですから、フリードリヒ様の行きたいところで……」
「エミリアの行きたいところに行きたいんだ」
「そんな申し訳ないです」
「私に特に行きたいところはないから、気にしないで」
「それでしたら、お願いします。ですが、フリードリヒ様のお好きなところにもぜひ行きましょう!」
*
私は疲れていた。
ここ2年、離婚に結婚とで家の中がゴタゴタだった。
元妻と揉め、父と揉め。2人が屋敷から出たことで使用人の異動や補充も発生した。財産分与に慰謝料。裁判。
エミリアを迎えるにあたっての準備。
普通は結婚式や嫁入り道具の世話や色々とやる事はあるのだが、結婚式は無しであったし必要なもの以外はこちらで用意すると言って、エミリアの実家との調整は最低限にした。
この忙殺されるほどの忙しさは悲しみを忘れるにはちょうど良かったが、約2年揉め事ばかりで悪意に晒され続けていたし、外交という仕事柄、言葉の裏の意味や顔色を窺う事ばかりの生活は私の心をすり減らしていた。
そんな中、最近は純粋なエミリアに癒されていた。
ディナーの時に話される、花や庭の動物たちの話。今日描いた絵が上手くいったこと。
それを嬉しそうな顔でニコニコと話す。
最近のエミリアは私に怯えることがなくなり、ただただかわ……
「癒される」
とにかく、純粋で悪意がなくまっすぐなエミリアは私の癒しとなりつつあった。
ここ3ヶ月、皇位継承などという一大イベントの準備でまともな休みを取れていなかった私だが、やっと休みが取れた。
エミリアのことは休みの合間を縫って気にかけているが、彼女はなぜか全然街へ出ようとせず、マリー曰く主に絵画と庭の散歩とお茶と勉強で毎日を過ごしているらしい。
さすがに敷地内だけでは息が詰まるだろうと思って街へ誘い、懇意にしている店へ連れて行った。
「エミリア、ここのアクセサリーは綺麗だよ。好きなものがあったら言ってごらん?」
「フリードリヒ様が良いと思うのを選んでください」
「好きなドレスを買おう。今のは全てこちらで揃えたものだから……」
「フリードリヒ様が良いと思うのを選んでください」
「好きな小説はあるかな?ここの本屋は品揃えがいいよ」
「フリードリヒ様は何か見たいものがございますか?」
「……………………」
(何も望んでくれない……そしてなぜこんなに必死になっているんだ私は)
なぜか私がエミリアの物を買いたいみたいになっている。いや、選べと言われたので実際選んで幾つか買ったが。
「フリードリヒ様、予定の通り画材店へ参りましょう」
さすがに筆は自らで選んでいた。手に馴染むものが良いのだろう。
いくつか見てエミリアは決めたらしい。これにします!とこちらを見て笑って言った。
純粋な喜びに溢れている笑顔は、私の心の中の黒い疲れを浄化していった。
「……エミリア」
「はい?」
「本当に、本当に、それ一本で良いかい?」
「え、あ、はい」
「せっかくなら五本くらい買わないかい?もう少し良いものを」
「え」
「イーゼルも新調したら?ずいぶん古いよね、あれ。他の小物も汚れているしちょうど良いと思うんだ。良い道具があった方が良い絵が描けるだろう?」
「えーと、そうですね。良い絵を描いてフリードリヒ様にお見せできたら嬉しいですが……」
えへへ、と笑う顔を見てなんか、この笑顔を見るためなら何でもやってあげたくなった。
「アトリエもいる?」
「フリードリヒ様?!?!疲れていますね?!?」
エミリアに結婚生活を幸せと言われたことで、フリードリヒの自己肯定感が上がりました。
疲れているのもあってブレーキが壊れて色々とやってあげたくなっています。




