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23.結婚②

 フリードリヒ様の話に少し安心したルルだったが、やっぱりまだ不安そうな顔をしていた。

「大公様、結婚というのはどういうことをするのでしょうか……」


 結婚に対する漠然とした不安をルルは抱えているようだった。

 フリードリヒ様は34歳。多くの人の話を聞いているし、前妻もいる。経験の豊富さから聞いてみたのだろう。

 

「……そうだね」

 フリードリヒ様は何かを考えている。過去を思い出しているようだった。

「結婚するというのは家族になるということだ。ルル嬢の場合、他家に嫁ぎ相手の家族となることだね」

「はい」


「私は女性が幸せな結婚をするためには、夫の協力が不可欠だと思っている。嫁いできて新たに家族になろうとしてくれているんだ。迎える側の親族と妻は他人同士。その中で夫は唯一の味方でなければならない。絶対的に」

 

 フリードリヒ様の結婚観を、私は初めて聞いた。

 そんなにも妻を大事にしていたフリードリヒ様がなぜ離婚なんかされたのだろう。

 

 元奥様の不倫だとは聞いている。

フリードリヒ様が仕事にかまけていたからではないかだとか、冷たく当たっていたなどという噂も聞いたことがあるが、フリードリヒ様の情報を集めに集めている私は知っている。元奥様は若い男性と遊んでいた放蕩者だったと。

 

 サロンを開催したりする社交スキルは高い方だったようだが、開催したサロンで出会った男性の元へ今度は“サロン”に参加すると言って会いに行く。

 社交は半ば仕事なので、お金を使っても疑われない。着飾っても家のお金を堂々と使える。

 

そうして、長期間にわたりフリードリヒ様を騙し続けた。


(そんなに騙され続けたのになぜそこまで女性を、妻を大切にしようと言うのだろう)

 自らが言う通り、実際に私はフリードリヒ様に大切にされている。「失礼な使用人がいたら言うように」「馬鹿にされるのが辛ければなんとかする」と言われているし、レオポルド様が近づいてきた時は急いで止めに入ろうとしてくれた。


 私が害される気配を察知すると、フリードリヒ様はいつも守ってくれようとする。


「だからね、ルル嬢は堂々としていればいい」

「え?」

「誰も知り合いのいない家に嫁ぐのだから、受け入れる側の夫が妻にとって心地良い空間を作るべきだろう。だから、家のために何かしようとか、頑張らなければならないとか、そう言うのは夫がやるものだ。家に報いたいなどということは、思った時にやればいいよ」


 ルルは安堵の笑みを浮かべていた。ルルの笑顔を見て私も嬉しくなった。

「もし、アルブレヒド様が酷い事をしてこようとしたら、私に言ってくれればお灸を据えてあげるよ」

 まぁ、そんなことはないと思うけど、とフリードリヒ様は穏やかな笑みを浮かべた。

 

「そのような大公様に愛されて、大公夫人は幸せ者ですね」

 フリードリヒ様の目の前でそう言われて、私は恥ずかしくなる。その通りだ。こんなにも優しくされて、私は世界で一番の幸せな妻だろう。

「……そうだといいな」


 *

 

 ルル嬢のいる客間から出て、私は別棟へ向かう。

 (仕事がしたい)

 忘れてしまいたい。自分の不甲斐なさを。

 

 偉そうに言ったところで、私は私の理想とは程遠かった。彼女の居心地の良い空間を作ることはできなかったのだ。

 だから、不倫された。


 けれども、いまだに分からない。私はどうすれば良かったのだろう。

 何が足りなかったのだろう。

 

 エミリアに穏やかな気持ちでこの家にいて欲しくて、少しでも楽しく過ごして欲しくて接触しているが、これは正しいのだろうか。

 以前より目が合うようになってきた。困った顔も減った。嬉しそうな顔をしてくれる。

 

 間違っていないと思う。以前ならこの結果で満足していた。

 けれども、私は一度失敗している。

 いちばん大切な妻の気持ちを分かっていなかった。

 

 父のようにはなりたくない。自分の妻を虐げるような奴には。


(美術品を一緒に見ている時、すごく楽しかったな)

 私の説明を賢明に聞いてくれるエミリア。とても楽しそうな顔をしてくれて、私はそれが嬉しかった。

 興味深そうに絵画を見ている横顔を

(可愛い、と思ってしまった……)

 

 よくないとは分かっている。十五も年上の男に「可愛い」なんて言われたら嫌な気持ちになるに決まっている。

 だから言う気はない。

 

 けれど、エミリアに好きな人ができたとして、私は手放すのがどんどん難しくなっている。

(十九歳の女の子にもう恋愛をせずに一生を終えろというのは、酷だというのに……)


 これからの長い結婚人生、私はエミリアに恋人ができたとして見ないフリができるだろうか。

 街へ出かけると言われるたび、サロンを開催すると宣言された時、男の影を感じても嫌な顔をせずにいられるだろうか。


 年上として、大人として、全てを許したいのに。いや、許すべきなのに。


 嘘をつくのは苦手ではない。言葉を飲み込むのも。仕事で毎日のようにやっていることだ。

 笑顔を作るのも簡単だ。

 

 だがその作られた笑顔は、いつまで保つだろうか。

クライマックスに向けてちょっと暗い話が続きます。

30話くらいで完結(区切り?)を想定しています。

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