21.ニコラという女
「ご機嫌麗しゅうございますか?バーデン大公様。結婚のお祝いが遅れてしまって大変申し訳ございません。ドゥルラハ侯爵家より、祝いの品でございます。どうぞお納め下さい。気に入っていただけると嬉しいのですが」
ニコラはドゥルラハ侯爵家に嫁ぎ、夫を伴ってやって来た。ニコラの旦那様はニコラと同い年で格好良い肉食系男性だった。学校で見たことがある。
学校の一軍カップルと言った感じだったが、どちらも性格が悪いことでも有名だった。
誰も口にできなかったが。
夫に合わせて綺麗な挨拶をするニコラ。
派手な化粧も孔雀のように美しく似合っていた。
「そちらこそご機嫌いかがですか、ドゥルラハ侯爵」
四人で挨拶もそこそこに、客間へ向かう。
ニコラはなかなかボロを出さなかった。
フリードリヒ様の事をバカにするような態度はおくびにも出さず、可愛らしい笑顔でニコニコしている。
私に対してもきちんと挨拶の時は「大公夫人」と呼んだ。
外面が良いのは知っているが彼女の内面を知っていると薄気味悪かった。
「お姉様は姉妹の中で一番優しく、私はお姉様を尊敬しておりました。そんなお姉様が公爵夫人の妻となり、幸せになったと思うと……」
褒め言葉にゾッとした。ニコラが私を褒めたことがあっただろうか?
いや、これは私に対してではない、フリードリヒ様に対するご機嫌取りだ。私の姉は素晴らしい結婚相手を持てて幸せです。大公様は素晴らしい。そう言いたいのだろう。
しかし、フリードリヒ様は何も感じていないようだった。長期間外交の要職についているフリードリヒ様はそんなもの言われ慣れており、社交辞令であることは了承している。
フリードリヒ様は、ニコラの内面を見抜いているかもしれない。
私と結婚するにあたりニコラのことも調べているだろうから、この言葉が本心でないことなど分かりきっているのだろう。
三ヶ月前に会ったローゼンベルグ大公よりも仕事的というか、事務的だ。
何にせよ、ニコラを含めたドゥルラハ家の人間達のご機嫌取りは、フリードリヒ様には全く届いていない。
大公自らにお茶を勧められ喜んでいるようだが、そのお茶も、お菓子も、全てマリー様に適当に選ばせたものだ。
ローゼンベルグ大公が来て以降何人か仕事上の人間へのもてなしを見かけたが、重要人物に関してはフリードリヒ様自ら調べ、必要があれば取り寄せ、会話内容についても気を使ったりと力の入れ方が違うのだ。
あまりにも経験が違いすぎた。
ニコラ達のもてなしのご機嫌取りは底が浅すぎて、フリードリヒ様からしたら透けて見えている。
しかし、それすら二人は気づいていない。
この年若い侯爵家のカップルは妻の妹だから相手しているだけに過ぎず、友好的な関係を気づいておけばそれで良い、フリードリヒ様にとって自らの時間を割くまでもない相手なのだった。
*
フリードリヒ様が席を立つ際、私の事も呼んだ。
「エミリアは妹さんが苦手だったよね?」
「知っていたのですか?」
「結婚した後になってしまったけれど、妻の実家だから調べてあるよ。二人きりになりたくないのであれば私がなんとかしようか?」
なんとかって、それはフリードリヒ様がずっと私に着いて回ると言う事だろうか。
ニコラ達は一泊するから、その間ずっと?
そんなことをすれば仕事もままならないだろう。
子供のお守りのようなことをフリードリヒ様にさせられない。
「大丈夫です。妹ですから、実家ではずっと一緒にいましたので」
ここは一人でなんとかしないと。
*
フリードリヒ様とニコラの旦那様は狩猟へ出かけた。
ニコラと私は場所を変え、サンルームで引き続きお茶を飲みながら会話をすることになる。
やはり、というか、この時を待っていたと言うようにニコラはあからさまに態度を変えた。
「旦那様どころか使用人にも媚び売ってるみたいで。大変ね」
「媚び売ってるって……」
「お姉様って“お優しい“ものね。使用人にさえも頭下げないと生きていけない、役立たずだから」
役立たず。
分かっていたはずなのに、最近言われていなかった言葉に傷ついた。
「この家で何かお役に立っているの?」
パーティに出ています、なんて役に立つうちに入らない。言い淀んでいると、ため息を吐かれた。
「大丈夫。何も期待していないから。と言うか、リーベンタール家の誰も、お姉様みたいな役立たずの落ちこぼれが役に立つとは思っていないわ」
何も言えなくなると、ニコラはバカにするように顔を歪ませた。
「……え?本当に何もないわけ?のんびりとお茶してたまにパーティに同伴してるだけ?旦那様を喜ばせる事もできていないの?何か一つくらい言ったらどうなの?」
「旦那様は絵がお好きだから、描いてプレゼントしたり……」
「は?」
ニコラの脳みそで、その言葉は理解できなかったようだった。
「絵?もしかして自分の?あの落書きをプレゼントする事を役に立った事だと思っているの?!」
ニコラは大笑いし始めた。
「なっっっさけな!!!!本っ当恥晒しもいいとこ!!!!情けなさすぎて笑っちゃう!!!!本当にお姉様って期待を裏切らない役立たずね!」
涙を流しながら笑うニコラ。サンルームに彼女の笑いが響く。
ひぃひぃと引き付けを起こすようにしばらく笑っていたが、はーーーと大きくため息をついた。
「そんなバカなことやってないで、役に立ってよお姉様。お父様に報告するわよ」
低い声で、そう言った。
その言葉で理解した。ニコラは今日リーベンタール家として視察に来たのだ。
定期連絡のように来ていた「失礼がないか」という手紙に、私は毎回「つつがなく」というような当たり障りのない返事をしていた。
実際、お父様達に報告できるような成果は上げられていない。
それに焦れたお父様が、ニコラを派遣してきた。
「あーあ、こっちも報告できることが“絵を描きました”なんて、恥ずかしいったらないわ。私の職務怠慢だと思われたらどうするの?」
甘い砂糖菓子を気に食わなさそうに口に放り込む。
「お姉様、こっちの家でも役立たずとしてバカにされてるんでしょ」
「そんなことないわ」
「じゃぁ、何よあのメイド。異国人じゃない。だからあんな下のランクの人間を、専属メイドとしてつけられるんでしょ?」
申し訳なくて、リカを振り返る。リカに何も感じた様子はなかった。
「リカは優秀なメイドとして、ヴォルトブルグ家がつけてくれたメイドだから……」
「だから、それがバカにされてるって言ってんの。あんな黄色い肌の気持ち悪い子、近くにおきたくないから押し付けられたのよ」
「ち、違……」
「お姉様、あのメイド目障りだから別のにして!」
「それは、ちょっと」
私がまごまごとしていると、リカは一礼して退出してしまった。どうしようもない主人だ、私は。
代わりにマリー様が現れた。情けなくて泣きそうになった。
「お姉様はこれだから…」
さらに文句を言おうとしたニコラの元に、マリー様が現れお茶を注いだ。
「えっこのハーブティー……」
「旦那様からのおもてなしでございます。お気に召しましたでしょうか?」
*
とは言え、いくらマリー様でも使用人の身分でニコラの全てを諌めることはできない。
お菓子やお茶を頻繁に足し、庭の散策に連れ出し説明をするなどして十分過ぎるほど守ってはくれたが、彼女の毒舌が止むことはなかった。
狩猟から帰って来たフリードリヒ様とニコラの旦那様を見て、私はやっと解放されたと思った。
「大丈夫?エミリア」
「……はい」
フリードリヒ様の顔を見て、私はひどく申し訳ない気持ちになった。
『旦那様を喜ばせる事もできないの?』
リーベンタール家に報告できる成果を、私は何も持ち得ていない。
ニコラ・ドゥルラハ侯爵夫人:元ニコラ・リーベンタール。エミリアの妹。ニコラは伯爵家のリーベンタール家としては上位の嫁ぎ先に嫁いでいます。
一方姉のエリーゼは同じ伯爵家の五男なので格下ですが、領地経営をエリーゼがやるため口を出されないように婿入りさせています。




