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2.憧れの人との出会い

フリードリヒ様と出会う回です。

推しと会って興奮して卒倒しそうなエミリアです。

 あっという間にフリードリヒ様のところへ嫁ぐ日が訪れた。

 私達が結婚するにあたって結婚式は無かった。

 というのも、フリードリヒ様が離婚して1年も経っていないからである。

 結婚式なんて開こうものなら、おもしろがった人達のゴシップの的になってしまう。

 という事で、馬車で3日かけ私はヴォルトブルグ家の屋敷に来た。

「…」

 あっけにとられるくらい大きい敷地だった。

 まぁ、この国で国王を除き5本の指に入る偉い人である。当たり前と言えば当たり前だ。

 屋敷の敷地内には庭園、狩り用の森、馬小屋、湖があった。来客用の別邸もこの敷地にある。恐ろしい広さであり、馬車を使っても敷地内を1日で回り切れない。

 これ以外にも別荘をいくつも持っているというのだから桁違いだ。

 我が家には来客用部屋がいくつかある程度。庭が広いのだけが自慢だ。別荘もあるにはあるが大分古く、手入れは行き届いていない。

「着きましたよ」

 敷地に入ってから30分。やっとお屋敷にたどり着いた。

(うーん、大きい。私方向音痴なのよね。絶対お屋敷内で迷ってしまうわ)

「奥様、お荷物はこれだけですか?」

 馬車を降りる際、旅行鞄一つとイーゼルを従者が持ってくれる。この従者も馬車もヴォルトブルグ家のものだ。

「えぇ。生活必需品は全てそろっているとお聞きしたので、私物のみを持ってきました」

「お気に入りのドレスなど身に着けるものは…」

「お恥ずかしながら品格にそぐわない安物ばかりでしたので、全て置いてきました」

 これはヴォルトブルグ家からの提案だった。お母様とお父様はこれを機に私に高いドレスを買わなければと思っていたので、たいそう喜んでいた。

 なので、持って行くのは使い慣れた絵筆やイーゼルといくつかの本や小物のみだ。私はあまり物欲がない。

「奥様、お待ちしておりました」

 初老の女性が出迎えてくれた。

「メイド長のマリーと申します」

 優し気な笑顔で物腰柔らかな態度の女性であるが、まとう雰囲気がどこかピリピリしている。メイド服には皺ひとつなく、髪も綺麗に結い上げられていた。所作一つ一つを取っても品が良く隙がない。私などよりも品格のある女性だ。

 一人のメイドが私の荷物をパッと持ち、もう一人がドアを開けた。

 馬車の従者にも何か指示を出し、マリーメイド長は屋敷内でも無言で指示を出している。

 指示を出されたメイドたちは一礼すると、どこかへ消えて行った。

 このメイド長かなりのやり手だ。

「こちらでお待ちくださいませ。お飲み物は紅茶とコーヒー、どちらにいたしますか?」

「紅茶をお願いします」

 本当に私これからフリードリヒ様と会うのかな…。現実感がなさすぎる。いつも遠巻きに目を凝らして見ている人だ。半径三メートル以内に入ったことがない。その人とこれから会うなんて…。心臓が大変なことになって、喜びが一周回って吐きそうになっている。

 いや、案外近くて見てみたら普通かもしれない。パーティで人に囲まれて、照明が明るいからキラキラして見えただけかも。写真だって、写りが良いだけの可能性もある。大丈夫、大丈夫。平気平気。実際見たら普通だったなんて良くあるよね?

 それに、そうよ!私がエリーゼ姉様やニコラよりも今まで恵まれていたことなんてあった?ないないない。そんな幸運ありえない。どうせどっかで落とされるに決まってる。

 そんな事を考えていると、ドアが開き、金髪の男性が入ってきた。

 

 脳内に激震が走った。失神しなかったことを誰か褒めてほしい。

 眩しい。目が潰れる。ほ、本物……?本物だぁ……私が見間違えるなんてありえないもの。

 こ、こんな至近距離のフリードリヒ様が!

 私は語彙を無くした。カッコ良い。やばいやばいやばい…!

 近づいてくる。1メートル……80センチ……50センチ…?!

 緊張しすぎてとても顔なんて見れなくて、胸の辺りを視界に入れるのみだった。

「はじめまして、エミリア嬢。私はフリードリヒ・ヴォルトブルグと申します」

 声。声を浴びてしまったぁ……!

 チラリと声をする方を見てみて、私は後悔した。混乱を加速させるだけだったからだ。

 白い肌、優しげな目元、鼻筋は通っていて口元には笑みを湛えている。全体的に細身で、背筋が伸びて紳士然とした雰囲気は正に私の理想の男性。

 しかも、この人は、嘘偽りなく心の優しい人だ。

「っあ、あ」

 笑顔に完全にノックアウトされて、頭の中が真っ白になった。

 握手を求められてパニックになる。えっ、うそ、うそ。握手するの?!触れてしまうの?!?私なんかが触っていい人なの?ダメでしょ普通に。

 私が固まっているから、すごく不思議そうな顔をされている。恥ずかしい。申し訳ない。恥をかかせてしまっている。

「初めての場所で緊張されているのですね。無理もありません」

 恐る恐る手を出す。に、握られてしまったぁ!!!フリードリヒ様の御手が私の粗末な手に触れている…!あぁぁ、手洗ってない!時間があったのにお手洗いに行くのを忘れた!手汗ついてますよね。ごめんなさい!

「すすすみません。エミリア・リーベンタールと申します」

「遠いところからはるばるお越しいただきありがとうございます。今回の結婚でに際して、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません」

「えっ?」

 迷惑?私いつ迷惑をかけられた?

「まず、他のご姉妹が盛大な御式を挙げているにも関わらず、こちらの都合で式を挙げることができず、大変申し訳ございません」

「あっ、それは大丈夫です。気にしていません」

 人前で目立つのが苦手なので、むしろ好都合だ。

 フリードリヒ様と私はソファへ座った。

「一つ、お伝えしたいことがございます」

 そこでフリードリヒ様は口を濁した。すごく躊躇いがちな表情をしている。

「これは政略結婚であることは理解しております。ですので、無理に妻の役割を貴女に求める気はありません」

「は、はぁ」

 突然言われたことにポカンとする。どういう意味だろう。

「パーティなどの集まりには参加していただく必要がございます。しかし、それ以外はご自由に過ごしていただいて構いません。メイドを付けていただく必要がありますが、敷地内だけでなく、ご学友を伴って好きに町へも行って下さい。私の許可は必要ありません」

「…旦那様」

 傍に控えていたメイド長のマリーがフリードリヒ様を見た。相当怒っているが、フリードリヒ様はそれを無視した。

「何をしていただいても、私は関与しません。お金も好きに使っていただいて結構です」

 しかし、私はほとんどフリードリヒ様の話を理解できずにいた。美しい声に聞き惚れてしまい、右耳から左耳へ内容が通り過ぎていったのだ。

「……ありがとうございます……」

 涙を流しながら神に感謝することしかできない。感情が溢れ出てしまった。

 急に泣き出した私を見て、フリードリヒ様がギョッとしていた。推しであれば動揺する顔も素晴らしいが、それ以上に困らせてしまっている。何やってるんだ私は!フリードリヒ様を不幸にするなど!!!ファンの風上にも置けないじゃないか!!!今すぐ私を消してほしい。

「失礼、これから会談があります。また夕食時にお会いしましょう」

 風のように去っていったフリードリヒ様を、私は見送るしかできなかった。



 メイド長のマリー様(先ほどの圧が怖すぎるので様)に連れられて、私は自室へ案内された。

「申し訳ございません、エミリア奥様。旦那様の無礼な態度をお許しくださいませ」

 無礼?そんなの当たり前ではないか。急に泣き出したファンなど困るに決まっている。むしろお手間をかけさせて申し訳ございません。誰か私をこの広い敷地のどこかに埋めてください。3日後には埋めたところを忘れられるほど広い敷地です。私一人いなくなったところで問題ありませんので。

「旦那様は以前の奥様と離婚されてから、少し女性と距離を置いているのです」

「そ、そうですよね」

「私はここで失礼いたしますので、私の代わりにエミリア奥様のお世話をする専属のメイドをご紹介します。リカ」

「はじめまして、エミリア奥様」

 現れたのは、同い年くらいの漆黒の髪と目をした女性だった。髪は肩までのストレートヘア。黄色い肌で、切れ長でつり目。気が強そうだ。これまた身なりもしっかりしていて、所作も隙がない。

「リカは御覧の通り異国の生まれでございます。しかし、我が家で一番仕事の出来るメイドです。気に入らないところがありましたら、何なりとこのメイド長にお申し付けください。他にもメイドはたくさんおりますので、気の合う方をご紹介します」

 そう言って、メイド長は去っていった。

「ご紹介に預かった通りでございます。異国の生まれ故見苦しいところがございますが、奥様のお役に立てるよう努めますのでよろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いします」

 まずはリカに荷物を整理してもらった。そうして次は部屋の中の簡単な紹介。屋敷内の紹介は明日行うという事だった。

「本日はお疲れでしょうから、御夕食までごゆっくりなさって下さい。何か御用がございましたらこの呼び鈴でお呼び下さい」

「は、はい…」

 では、と言ってリカは去っていった。



 結局、夕食にフリードリヒ様は来なかった。相当仕事が忙しいらしい。ちょうどいい。これ以上はフリードリヒ様の1日に摂取していい量を超えている。今度は失神するかもしれない。同じ食堂を使っているというだけで、動悸がするくらい興奮するので充分だ。

 夕食を終え、紅茶を飲みながらリカと話をすることにした。

「リカは異国の生まれなのよね?どこなの?」

「極東にある島国です。ですが、幼い頃にこちらに渡ってきましたのであまり記憶はありません」

「そうなのね」

「エミリア奥様は私の容姿が落ち着きませんでしょうか」

 リカは暗に自分では気に食わないか、と言っている。

「そんなことないわ!ただ、私の住んでいるところにはあまり異国の人はいなかったから、勉強不足なだけなのよ。黒い髪も瞳も素敵だと思うわ。私は平凡な容姿だから羨ましいくらい…あ、ごめんなさい。その容姿で差別を受けることもあるわよね。考えなしね私…」

 リカはぱちくりとこちらを見た。さっきまで無表情だったのが、明らかに目が見開かれ驚いている。

「奥様はとても気を遣う方ですね」

「えっ、いや、そんなことはないと思うけれども…」

「いえ、そんなことあります」

「リカこそ気を遣わなくていいのよ。これから一緒にいる時間が長くなるから、お互い息が詰まるでしょう」

「それでは、少し気を抜かせていただきます」

 すっとリカは息を吸った。

「エミリア様、メイドに気を遣い過ぎです。おどおどしすぎです。何故そんなに自信なさげなのですか。伯爵家の娘だったのでしょう。そのような態度では舐められます。社交パーティは大丈夫ですか?」

 めちゃくちゃ距離詰めてきたー!

「ご、ごめんなさい…」

「そこで謝るのはいけません!これだけメイドに言われているのですから、「失礼よ!」くらいは言って下さい!」

 ついに命令された!でもごもっとも…

「が、頑張ります」

「エミリア様がヴォルトブルグ家の奥様としてしっかりするよう、専属メイドとして明日からしっかり教育させていただきます」

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