19.文化・芸術に秀でた方
街へ行った翌日、私は頭を抱えながらまた庭で絵を描き続けていた。
「リカ、どうしましょう。これといった出来のものがない!」
散らばるキャンバスを見て、リカは首を捻る。
「すべて似たように思えますが。もっと色々なところで描いては?」
「絵が下手な私が色々な構図が書けるとでも?一番マシに描けるところで描くしかないでしょう?」
「ではもう旦那様に選んでもらっては?エミリア様も描きすぎて何が良いか分からなくなっているかと」
「それは確かにそうね……」
はぁ、と私はため息をついた。これ以上描いても良いものが生まれるとは思えない。
*
ディナーの時間、私はフリードリヒ様から明日の予定を話された。
「急なんだが、ローゼンベルグ大公が来るんだ」
ローゼンベルグ大公とは我が国の公爵家の内の一つだ。
我が国の文化・芸術の保護を目的とした要職に就いている。
今更だが、ヴォルトブルグ家は海外との外交の要職についている。
外交担当と文化芸術担当の公爵同士で何の話をするのか、私はさっぱり見当がつかなかった。
「近くに寄るみたいで、少し仕事の話をしたら帰られる予定だから。エミリアは気にしなくても良いよ」
「そうなのですか?では御挨拶くらいでよろしいでしょうか…」
「うん。お帰りの際、私と顔を出してお見送りすれば良い。エミリアには刺激が強いと思うから……」
(刺激が強い?)
私はローゼンベルグ大公のことをよく知らない。知っているのは名前くらいである。
我が国の公爵ではあるのだが、いかんせん公爵達は皆小国の主人のような感覚なので、バーデン公国に属する貴族達は他の公爵家にあまり関心がないのだった。
*
ローゼンベルグ大公のことが気になり、私は窓から馬車が敷地内に入っていくのを見ていた。
どうやら、ローゼンベルグ大公はそのままフリードリヒ様の仕事場である別棟へ向かったようだった。
明るいベージュ髪に、白いタキシードのようなスーツ。服にはアクセサリーがたくさんついているように見える。
しかし、品の悪さは感じない雰囲気だった。
(相当おしゃれなんだなぁ…そして多分かっこいいんだろうなぁ…)
私の知らない人がこの屋敷に来るのが初めてで、少し落ち着かない。
(挨拶の時ちゃんとしないと!変なところを見せたら変な大公夫人だと思われて、五大公爵会談の時とかにフリードリヒ様の地位が貶められる!)
マリー様に言って服装や髪型をちゃんとしたものにしてもらったが、それで足りるか不安だ。
(顔を出すだけで良いと言われたけど…雑談くらいするかも。なんて会話すれば…!大公様が喜ぶ話って何?!)
「リカ、助けてぇ…」
「私が大公様とどんな会話をすれば良いかわかるとでも?そう言うのはマリーメイド長に聞いて下さい」
なんで逆にマリー様わかるの?
マリー様に習った雑談を反復練習しながらロビーをうろうろしていると
「あれ?キミが太公夫人?」
「えっ」
なんかすごいイケメンが来た。
彼は近づいてきたと思うと急にひざまづいてきた。
「ローゼンベルグ領領主、レオポルト・ローゼンベルグです。以降お見知り置きを、マダム」
「は、はぁ……」
片手をそっと取り、手の甲に触れないくらいのキスをされた。
「フリードリヒが新しい妻を娶ったと聞いたけど、こんなに可愛らしい子だとはね。艶やかなベリー色の髪に、白い肌。君のような愛らしい子にキスできるフリードリヒは幸せ者だね」
なんかこの人も別の方向でキラキラしているな……
それにしても、やっぱり服がおしゃれだ。さまざまな勲章やブローチが付いてるけどどれもセンスの良い位置と配色だった。
髪や肌にも気を遣っているのだろう。そちらこそ艶やかで綺麗ですね。
年は幾つ?二十代前半?後半?
「お茶に誘いたいけど、あいにく仕事が詰まってるんだ。キミとは甘い時間を過ごしたかったんだけど」
「それは、光栄です……」
「何が好き?お茶できなかったお詫びにキミが喜ぶものを贈ろう」
「ありがとうございます」
「砂糖菓子かな?大公夫人のような可憐な花の砂糖菓子を送って愛を……」
「エミリア!」
フリードリヒ様が走って来た。
「素晴らしいね、フリードリヒ!こんな可愛らしい花を手にするなんて!」
顔近っ。あ、綺麗な瞳に長い睫毛……
「レオポルトやめてくれ!エミリアは男性が苦手なんだ」
(あ、そういう設定になってたんだった)
「そうなの?すまない、マダム。あんまりにも可愛らしくて。キミを傷つける気はないんだ。むしろ、暴漢に襲われても身を挺して守るから安心してくれ」
「いえ、大公様にそんなことさせるわけにはいきません」
「心まで美しいんだね。あぁ、天使のよう……」
「離れてくれ、レオポルド」
「私なら大丈夫です、フリードリヒ様」
それにしてもこの人凄い強烈なキャラクター……こんなイケメンに褒め称えられて良い気持ちになる女性は多そう。
指の先まで演技がかった人だ。元々綺麗だけど、自分の見せ方をよく分かっている。
これも外交手腕の一つなのだろうか。
…それとも、ただ女性なら誰に対してもこんな感じの人?
「こちらは、私の妻のエミリアだ」
「エミリア・ヴォルトブルグです。ローゼンベルグ大公様」
挨拶をすると、ニコニコとこちらを見てくる。
というか、さっきからこの人私しか見てない。
「名前まで可愛らしいんだね。あぁ、花畑の中をキミと歩けたらどんなに……」
「私と話した仕事、すぐに取り掛かってくれるんじゃなかったのかな?」
(フリードリヒ様、笑顔だけどイライラしてらっしゃる?)
「バーデン大公夫人、旦那様に嫉妬されてしまったから私は帰るよ。残念だ。またゆっくり……」
ローゼンベルグ大公はそう言いかけると、視界の端に映った物に反応した。
「そちらのメイドが持っている物は何かな?」
リカは私が描いたキャンバスを大量に持っていた。
ローゼンベルグ大公が私の横を通ってゆく。
「失礼、メイドさん」
誰も何も言っていないのに、キャンバスを勝手に取りじっと眺め始めた。
「こちらを描いたのはどなた?」
「私ですが……」
「……へぇ……」
急にロビーが静かになる。
彼はためすがめつ絵を眺める。
「そこのメイドさん、悪いけど持ってもらえるかな?」
リカではない別のメイドに私の絵を持たせると、今度は遠くから見始めた。
「ふぅん……非常に興味深いね。主題と言い、技法といい。今までにない感じだ」
リカの方へ戻ると、残りのキャンバスも見比べる。キャンバスの汚れを指で拭き取った。探偵のような仕草だった。
「レオポルド」
「一つ頂けないかな」
先ほどとは違う笑顔だった。いや、笑っていない。
「ダメだ」
フリードリヒ様が力強く言った。
「フリードリヒ、お前には聞いていない。この絵の作者の意思を尊重すべきだ」
静かに私の方へ歩いて来る。
(この人、光の加減で目の色が変わる)
窓の光を強く受けた彼の目は鷹のように金色だった。
「もちろんタダでとは言わない。このブローチと交換で」
豪華な宝石が付いた胸のブローチを私に渡してくる。
こんなの何枚でも描けるし、ブローチを貰っておいた方が良いのでは。
宝石の方が価値があるに決まって…
「エミリア、やめてくれ」
フリードリヒ様が顔を歪めて嫌そうな顔をしていた。
「だからお前には…」
「すみません、こちらはフリードリヒ様のために描いたものですので」
ピシャリと私が言い放つと、誰も何も話さなくなった。
最初に口を開いたのは、ローゼンベルグ大公だった。
「だめ?」
「はい」
「本当にだめ?」
「はい」
「もうちょっといいもの用意しても?本当に無理?これすごく好きなんだ。もう本当に、あぁ、うまく言葉が出てこないな。とにかく、私の心に、こう、グッときて、ぐわって感じで」
何この人、急に語彙力死んだんだけど……
頬を紅潮させながら私にお願いしてくる。子供のように駄々を捏ね出した。
「ねぇ、一枚で良いんだ。お願いお願い!これ好きなんだ。本当に無理?ちょっとでも?」
「ちょっとってなに言ってるんだ、レオポルト」
「だって、これ、もうやばいんだもん」
「レオポルド様、次のご予定が」
ローゼンベルグ大公の執事が急かす。
「えー、お願い、エミリア先生!考えておいて!連絡先……」
「おかえりはあちらです」
執事に引きずられ、ローゼンベルグ大公様は帰って行った。
(めちゃくちゃ変な人…)
ローゼンベルグ大公については、次回補足します。




