17.美術コレクション
馬車の中は平和だった。フリードリヒ様と至近距離でいないことがこんなにも心臓に良いとは。
リカとだいぶ仲良くなったというのもあった。彼女のはっきりとした物言いやドライな性格は、相手の考えを気にし過ぎる私と相性が良かったのだ。
「エミリア様、パーティの後からどこかおかしいように思います」
「私が?そうかしら?」
「はい。何と言うか…うまく言い表せないのですが、少し幸せそうと言いますか」
幸せそう?
「私はフリードリヒ様の妻になれてずっと幸せだけれども……」
「そうですよね、私の勘違いですね」
リカは私がこの屋敷に来て最も近くで仕えてくれている。彼女の勘は間違いでないかもしれない。
(だとしたら何なのかしら?前より浮き足立っている、私?でもそれはフリードリヒ様と毎日一緒にいれて嬉しいからよね…?憧れの人ともう三ヶ月以上毎日一緒なのだから)
改めて考えるとすごい状況だ。数ヶ月に一回のパーティで顔を見られれば良かったのに、今やほぼ毎日会話している。
「神に感謝しなくては……」
「エミリア様、定期的にどっかいくのやめられませんか?」
リカの呆れた声にはもう慣れてしまった。彼女の呆れた声にはどこか愛情を感じるし。
「リカは美術品には興味がある?」
彼女には緊急時のため私の近くに控えてもらう。必然的に、リカも美術品を見ることになるだろう。
「まぁ、少し懐かしくなるものがあるかもしれません」
「懐かしくなるもの?」
「あまり記憶はありませんが…幼い頃に使っていた食器と似た物が展示されている可能性はありますね。東方の国のそういったものは、貴族の中で価値があると聞きます」
「じゃぁリカの家にも似た様な物があるの?」
「全て売り払ってしまいました」
気まずいことを聞いてしまった。
売り払った食器類などが下手すれば展示してあるかもしれない。
これだから私は考えなしである。
「ごめんなさい、デリカシーのないことを言って…」
「エミリア様が謝ることではありません。東方から来た移民の多くは売り払っていると思います」
そうかもしれないが、思い出深い品だっただろう。
はぁ、とリカはため息をついた。
「少し懐かしくなると申しましたが、私は幼い頃にこちらの国へ来たので故郷にあまり思い入れがありません。そんな気になされると、こちらが困ります。
それより何度も言いますが、なぜそんなにすぐに謝るのです!メイドに対してそんなに弱気でどうするんですか!」
「ごめんなさい!」
「もう私に対してごめんなさいは禁句です!」
リカに怒られて私は閉口してしまった。
今度から申し訳ないことをしたらなんて言えば良いのやら。
実家ではごめんなさいが多かったので、半ば口癖なのだ。
(お父様とお母様、姉様とニコル。今頃どうしてるかしら……)
皆私に優しいというわけではなかったけれど、どうしているかは気になる。
「失礼は働いていないか」という定期連絡みたいなものはエリーゼ姉様から来るけれど、家の状況については何も書かれていないし、私からの手紙には返事がない。
(みんな息災ならそれでいいか……)
「そろそろ着きますよ、エミリア様。ご準備を」
「よ、よし!やるわよ!私は追い詰められればできる子!」
「デートで追い詰められないで下さい」
*
昼過ぎに馬車は美術館の前に停車した。
美術館と言うより宮殿という方が正しい外観だが、中に人は住んでおらず、あるのは美術品ばかりなので宮殿ではない。
(……あれ?)
貴族の端くれの私は何かに気づいてしまった。
この美術館は、正確には美術コレクション館と言った方が正しいだろう。絵画や石膏像だけでなく、珍しいものや高価なものも含めたコレクションが収められている場所である。
そしてそのコレクションは、大体が貴族や王族のものだ。
この街の近くに屋敷を構えている貴族はフリードリヒ様なわけで。
こんな宮殿みたいなものを街中に建てられる大貴族は限られているわけで。
つまりこの宮殿もとい、美術館もとい、美術コレクション館は……
「フリードリヒ様」
私はダラダラと冷や汗をかいていた。
「つかぬことをお聞きしますが、こちらの美術館の収蔵品をコレクションしているのはどこの貴族の方ですか?」
「私だね」
やっぱりーーーーーーーーー!!!!!!!
ですよねですよね。そうに決まっていますよね。領地経営している領主様であれば、街中に宮殿を作ることぐらい造作もありませんよね?
もしかしたら、この周辺を統治している別の貴族の可能性も考えたけど、こんな宮殿みたいなものを建てられるのは、貴族であったとしてもそうそういませんものね?
私はどうやらとんでもないミスをしたようだ。
フリードリヒ様をお連れした場所は自分の家の倉庫だった。自分が集めたものなのだからいつでも観に来れる。
見飽きているに決まっている。
何の目新しさもない場所に連れてきてしまったことに、私はショックを隠しきれなかった。
「どうしたの、エミリア。思ったものと違ってがっかりしている?」
確かに思っていたものとは違っていたけれども……
「フリードリヒ様をこんな目新しさのない場所に連れて来てしまったことを恥じております…」
「あぁ、そんなこと。ここには私が集めたお気に入りがたくさんあるんだ。エミリアに紹介できて私はとても嬉しいのだけれど」
気を使わせてしまっている。申し訳……
そう思った時、私はマリー様の言葉を思い出した。
「旦那様を立てると思って、今回は全面的にエスコートしてもらっては?案内するというのもまた楽しいことでございます」
チラリとフリードリヒ様のお顔を見る。
(嫌な顔は、少なくともされていない。ちょっと嬉しそうな気も……)
フリードリヒ様が楽しんでいるなら、それが一番だ。
「是非、私にフリードリヒ様の好きなものをお教え下さい」
何かをやってもらうと言うことは申し訳ないことだと思っていたが、相手のためにしたことで喜んでもらうと言うのは嬉しいことだ。
私だって、何かを頼まれた時全て嫌々やっているわけではないし、喜んでもらえた時は嬉しい。
(だったら、大袈裟なくらいフリードリヒ様のコレクションを褒めよう!どんなものが来ても楽しんでみせ……)
*
「うわぁぁぁぁ!!!!なんですかこれは!!初めて見ましたこんな模様のお皿!本当の人が入っているみたいな精巧な作りの石像!!キラキラした金細工!そして絵!!!なんて素晴らしい神話画なのでしょう!!!!」
杞憂だった。ものすごすぎて普通に楽しんだ。
「この可愛い人形はなんなのですか?」
「あぁ、それは東の方の国のもので、夜になると勝手に歩き出したり髪が伸びたりするらしいよ」
「う、嘘ですよね?!」
「さて、どうかな。私も夜には来たことがないから」
不思議な顔や服装だが、可愛いと思っていたのに。なんかリカにも似ている気がするし…
でも勝手に歩き出したり髪が伸びるの不気味だ。
「これもフリードリヒ様が集めたのですか?」
「うん。これはね、行商人が近くまで来ていると聞いて呼び寄せてね。不気味な由来が興味深くてつい買ってしまったんだ。
実はそんなに高いものではないんだよ。行商人の子供が持っていたものだが、飽きてしまったようでね。たくさん買い物をしたら安く譲ってくれたんだ」
「行商人の子供が持っていたなら、動いたり髪が伸びたりはしないのでは……」
「あ」
初めて気づいた、と言う顔をフリードリヒ様がした。
「あはは、そうだね。そんな恐ろしいもの子供が持っていられるはずがない。全然気づかなかったよ」
少し恥ずかしそうに笑う彼を見て私は可愛いと思ってしまった。
十五歳も年上の男性に可愛いなど。しかも相手はフリードリヒ様なのに。
心臓がドキドキする。なんだろうこの感じ。
推しだから色んな表情を見て喜んでいるだけだよね?そうじゃないと説明がつかない。
でも、男性を可愛いと思ったことは一度もない……
「???」
「エミリア?次は絵画を見るかい?」
「あ、はい!是非!」
フリードリヒ様に差し上げる絵画の少しでも参考にしたい。
絵画の部屋に行くと、私は可愛いの違和感を忘れてしまった。




