16.街へ
二人で街へデートへ行くことなり、エミリアはメイド二人と対策を考えます。
結局私はあの後意地でパーティを最後まで出た。
フリードリヒ様が終始心配をなさっていて申し訳なさすぎたので、せめて最後まで出たかったのだ。
とにかく息を殺し、存在感を消すことによってフリードリヒ様のお手を煩わせることなく乗り切った。
(それにしても何だったのかしら、あの感じ。ピクニックで気失った時とは違う気がする。目眩動悸でクラクラしたし、興奮はしていたと思うけど……)
*
「旦那様?どうかなさいましたか?」
「あぁ、マリー…目ざといね」
忙しくて取り損ねた昼食を持って来たマリーが、私の方を不思議そうに見ていた。
「少し考え事をね。仕事のことだ」
そうしてマリーの視線から逃れたが、彼女を騙すのは難しかった。
「子供の頃は何でも話して下さいましたのに」
「仕事のことはマリーには相談できないよ」
「ぼっちゃまの事は庭で悪戯していたことから初恋の女の子まで何でも……」
「マリー!」
決まりが悪くて空咳をする。本当に彼女は意地が悪い。
「奥様のことでしょう?パーティの日から奥様への態度が少しおかしいですよ」
「エミリアにもバレてしまっているだろうか……」
「さぁ、どうでしょう。奥様は人の気持ちに敏感なところがおありですので」
「……」
私は観念することにした。
「パーティでとあるご令嬢を怖がらせてしまってね」
「まぁ!紳士的な旦那様が珍しいですね」
「それを見たエミリアが私を怖がりはしないかと気になって。彼女もどこかおかしい気がするし」
「そうですねぇ。ただ、奥様は大変気が弱いですが、それ以上に自己肯定感が低くございますので」
「?うん」
「旦那様を怖いとは思っていないのではないでしょうか?
恐らく旦那様を怒らせるような振る舞いをした事を気に病んでらっしゃる方が、想像しやすいと言いますか…」
「そうなのか?全くエミリアが悪いと思えない状況であっても?」
「はい。奥様は自分を責めがちですので」
「そうか…そういう考えになるとは至らなかった」
私はあまり自分を責める質ではないのだ。
「少なくとも、私が見る限りは旦那様を怖がっているわけではございません!」
「目もなかなか合わせてくれないし、たまに震えていても?」
「はい!」
なぜ断言できるのだろう。だが、長年我が家に仕えてくれているマリーの言うことは信用できる。
「考えていても仕方がありませんよ、旦那様。奥様のことを知るためにお出かけでもなさいませ!」
「えっ?出かけるのか?」
「奥様はこちらに来てから一度も街へ行っておりませんから、案内して差し上げるのはどうでしょうか」
「それもそうだな…」
エミリアは家にいるのが好きなようだが、少しは気分転換をした方が良いだろう。
勝手に街へも行っていいと言ったが、よく分からない場所へ行くのは不安なはずだ。
慣れている私が案内するのもいいかもしれない。
「うん、そうだな。どこへ行きたいか聞いておいてくれ」
「自分で聞いて下さい、ぼっちゃま」
「…三十四にもなる男を捕まえてぼっちゃまはやめてくれ」
自分で聞くとも、それくらい。
*
「出かけるのでございますか?」
食後コーヒーを飲んでいる時に私は早速エミリアに聞いてみた。
いつも目を合わせないエミリアが私と目を合わせる。……すぐに逸らされたが。
「街へ一度も出ていないようだから、案内がてらどうかと思ってね」
「それは、大変ありがたいご提案ですが…」
キョロキョロと視線を彷徨わせ、冷や汗をかいている彼女。
それを見るといつも無理をさせているのではないかと思うが、マリーが怖がっているわけではないと言っているし、彼女の言葉を待ってみることにした。
「えっと、あの、行きます……」
「どこか行きたい場所はあるかな?と言っても、あまり分からないかな」
「フリードリヒ様のお好きなところで構いません」
「私は街へは視察でも行っているし、いつでも行けるから。エミリアの好きなところがあればと思ったんだが」
そう言うと、マリーがエミリアの前に地図を差し出した。目でも悪いのだろうか。彼女は必死に地図を見ている。
しばらく悩んだあと、「び、美術館など、いかがでしょうか……」とエミリアは正解を尋ねるようになぜかマリーの方を見た。
「エミリアが行きたいのであれば、そこへ行こうか」
「は、はい!」
こくこくと頷く。
彼女は絵を描くのが好きだから、美術館に行けて相当嬉しいようだった。
*
「ま、マリー!あの急なイベントは何だったのですか?!?」
フリードリヒ様が仕事に戻った後、私はマリーに詰めよった。
用意の良かったマリー。どう考えても仕組まれたものだ。
「旦那様が、奥様とお近づきになりたいということでしょう」
しれっとした顔で言っているが、絶対に違う。そんなはずがない。
陰謀よこれは!
「何でもよろしいではないですか。旦那様と出かけられるのですから」
リカが突き放したように言う。
「いや、まぁ、その…でも!外は!なんかその…あれみたいで…」
「デートですか?」
そう考えてしまう事すら恥ずかしくて言えなかった言葉を、そんなにすんなりと!
「夫婦なんですからデートくらい普通でしょう」
「そうですよ奥様。世のご夫人方はみんな当たり前にやっていることです」
当たり前に…みんな……
「それは、できないとまずいわね…何とかしなくては」
マリー様の笑顔にはまだ陰謀の匂いがしたが、言っていることは間違いではない気がした。
しかし、デートというものはまたもや半日がかりでは?街までは馬車で一時間近くかかるわけだし。
美術館も、この地図の感じではなかなか広い。二時間くらいかかりそうだ。
街歩きもすれば、やはり六時間。
半日は見なければ……
「馬車の時間をどうしましょう…」
「エミリア様、気絶したら私が起こしますから、考え過ぎるのはやめましょう」
「奥様は男性が苦手ということにしていますから、馬車は別にしてリカと移動するのはどうでしょうか?」
「それであればなんとかなりそうです!」
街歩きや美術館であれば他に意識が反らせるし!
「旦那様を立てると思って、今回は全面的にエスコートしてもらいましょう。案内するというのもまた楽しいことでございますよ」
「そうします。どう考えても街を案内するのは無理だもの……」
少しでも楽しんでもらえるように美術館にしたけれど、それ以上私ができることはなさそう。
「せめて、少しでも可愛らしく見えるようにお願いするわ」
「お任せ下さい」
「もちろんでございます。とびきり可愛らしく致します」
もう十分奥様は可愛らしいですがと言ってくれたが、私は苦笑いするだけだった。




