13.公爵の仕事
私が気絶したことで、ピクニックはすぐにお開きになってしまった。
(あの後フリードリヒ様に絵を描いていただく予定だったのに……)
なんて情けない。やはり私は足を引っ張るばかり…
部屋でリカに看病されながら謝ると、リカは複雑な顔をしていた。
「どうしたの?」
「前途多難すぎる……」
「え?」
「エミリア様はフリードリヒ様に少し見つめられたくらいで倒れるし、フリードリヒ様に至っては、エミリア様の事を…他の男性の友達なんて…」
「他の男性?」
「いえっ!何でもございません!フリードリヒ様は奥様の事をたいそう心配しておいででした」
リカは無表情でそう言った。
「フリードリヒ様に大変ご迷惑をおかけしてしまったから、何か埋め合わせをしたいのだけれど…」
「それでしたら、執事に聞いたらいかがでしょう。旦那様の事をご存知かと存じます」
「そうね」
執事のアルブレヒトとはあまり話をしたことがなかった。良い機会だ。
私はアルブレヒトに会いに行く事にした。
*
アルブレヒトは、フリードリヒ様の隣の執務室で仕事をしていた。
ノックをして顔を出す。
「失礼します…空いている時で良いので、少しお話ししたくて。手が空いたら教えてもらえませんか?私は近くの図書室にいますから……」
「奥様!」
アルブレヒトが小走りで私のところへ来た。
「体調は大丈夫ですか?倒れたと聞きましたが」
「大丈夫。ちょっと大袈裟になってしまっただけなんです」
みんな優しいわ。本当に私が不甲斐ないばかりに……
「それで、お話とは」
「今大丈夫かしら?」
「奥様との話は最優先事項でございます」
アルブレヒトも私の事を馬鹿にせず尊重してくれる。ここの使用人は良い人ばかりだ。
「えぇと…今回フリードリヒ様に大変迷惑をかけてしまったから、何かお役に立てることはないか考えていて」
そう言うと、彼はひどく申し訳なさそうな顔をした。
「旦那様のお仕事はとても複雑でございますから、仕事の面では難しいかと思います」
「フリードリヒ様はどんな仕事をしているのかしら?」
「良い機会ですので、お話致しましょうか」
*
私達は図書室で勉強するようにノートを出して話を始めた。
「まず、この国の特殊な性質についてはご存知かと思います」
この国の王は権威のみがあり、権力はない。お飾りの状態だ。
爵位の授与や法律の発布、他国との外交で代表として出ていくが、中身を決めているのは公爵家だ。
この国には五大公爵がいる。それぞれが軍事、外交、宗教、文化芸術についてこの国の発展のために働く役目を担っている。
残り一つは王家の分家に等しいから、実質力を持っているのは四つの公爵家。
しかし、国のために真面目に仕事をやっているかというと、公爵によって様々だ。なぜなら、国王に権力がないため、統率できていないからである。
実際は、公爵家は基本的に自らの領地をいかに守るかを考えている。
「公爵家は国という枠組みの要職についており王家の下にいる事になっていますが、実際のところは王都を含め五つの国に分かれているようなものです。各々が領地を収め、軍隊を持ち、外交をし、政治を行っております。旦那様も同じくです」
ヴォルトブルグ家のフリードリヒ様がバーデン大公と呼ばれるのはそのためだ。バーデンという地を治めているからそう呼ばれる。
「旦那様の1日は、朝は外国や他の貴族との書簡の確認です。情報を手に入れたり、貿易をするための調整をしております。午後からはバーデン領内の領地経営や政治についてです。夕方からは社交。他貴族と狩に行ったり、食事会やパーティに参加します。夜は自由な時間を過ごされることが多いです」
もしかして、一日休みを取るというのはとんでもないことだったのでは……?
はっとしてアルブレヒトは笑顔を作った。
「私も、簡単な仕事は旦那様の代わりにやっております。領内の経営については1日くらい休んでも問題ございませんし、外交も必ずあるものではありません」
「そうですか…でも言われた通り、この内容では私のお役に立てるところはなさそうですね…」
貴族同士の書簡についてや、領地経営、外交。どれも想像が付かない。
「公爵家の妻としての役割ですが、一般的にはパーティの帯同やサロンの開催になります。ですが、奥様にサロンは正直すぐには難しいかと」
サロンは貴族や知識人を集めてお茶や音楽、会話を楽しむ会の事だ。開催するには高度な社交スキルが求められる。
「すみません。私が足を引っ張るばかりに。他の公爵家の奥様方は開催されているのですよね」
「人によりけりですね。あまりやらない方もおります。それに、奥様に難しいと言ったのは奥様が伯爵家出身だからです。公爵家に嫁ぐような貴族の娘は侯爵家の方々ばかりであり、公爵家の妻となるため教育を受けております。急にできないのも無理はないのです」
慰めてはくれたが、公爵家の妻として基本的な事ができないのは事実だ。
「旦那様のお母様はほとんどサロンを開催しておりません。お父様がしなくて良いとおっしゃられましたので。ですので、旦那様は奥様がサロンを開催しないことを気にされないと存じます」
私がひどく落ち込んでいるのを見て、アルブレヒトはにこりと笑った。
「公爵家の…いいえ、サロンの開催以上に妻としての役割で大切な事がございます」
「何でしょうか」
「屋敷を旦那様の居心地の良い空間にする事です」
「具体的には、奥様が笑顔で楽しく過ごされること。使用人と良好な関係を築くこと、でしょうか」
「そんなことで良いのですか?」
私は呆然としてしまった。
「十分でございます。ディナーの時間に、今日あった事をお話し下さい。きっとお喜びになられます」
だが、アルブレヒトの言葉は私を安心させてはくれなかった。
(のほほんと何もせず過ごすなんて、そんな事無理。自分の存在意義を見失ってしまう)
私はここに来てからろくに役に立っておらず焦っていた。
何か結果を出さなければ。足を引っ張った分、埋め合わせをしなければ。
みんな優しい。でもその優しさが理由もなく恐ろしかった。
この屋敷で私は唯一の役立たずなのだ。
優しくされて良い存在だと自分を肯定できそうになかった。
「そ、それでも、私でも何かできることはありませんか?何でも良いんです。旦那様の、この家の役に立たせて下さい!お願いします!」
「そうですか…それでは、絵でもプレゼントなさったらどうでしょう」
「絵?フリードリヒ様の好きな絵はどんなものですか?」
「奥様の描かれた絵ですよ」
「……は?」
なぜあんなゴミをあげたら喜ぶというの?
「旦那様は、奥様の絵が気に入り私室に飾っておりますよ」
「は?!え?!?そんな、嘘ですよね?!?」
「本当でございます」
恥ずかしくて顔から火が出る思いだった。あんな、あんな適当に描いたものを。手慰みで描いたものを…?!
「す、すぐに外すよう言って下さい!」
「それは旦那様次第といいますか…」
「分かりました!今から描きます!せめて、もう少しマシなものを描かせてください!!!」
私は急いで図書室を出た。
「リカ!リカはどこ?」
「こちらに」
「今から絵を描きます!描かなくては!!」
「奥様、旧棟に戻るのであれば逆でございます」
もう!方向音痴で嫌になる!こんなこともできないなんて!!
<制度まとめ>
国王の下に公爵家が従っているという建前ですが
権力構造は 公爵家>国王 です。
五大公爵家は小国のようであり、実質一つの国の中に5個の国があるイメージです。
フリードリヒのヴォルトブルグ家は五大公爵家の一つです。
公爵の下についているのが、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった貴族で、それらの貴族をまとめているのは公爵家です。
なので、1話目でエミリアはヴォルトブルグ家のことを雲の上の上司と表現しています。




