11.馬車の中で
前日のエミリア様の働きっぷりはすごかった。フリードリヒ様を全力で接待すべく、あらゆるところに気を配って回っていた。
そして本番である今日、以前のパーティくらいエミリア様は気持ち悪そうだった。
(なぜ推しと出かけるのにこんなに体調が悪そうなのか…)
「リカ、人は嬉しいことでもストレスになるの。だからこれは喜びで身体がおかしくなっているだけなの。心配しなくて大丈夫よ」
「分かりました……」
こんな顔色では旦那様が心配になるだろうと思い、私はめいいっぱいファンデーションを塗った。
*
「おはよう、エミリア」
気持ちの良い晴天。
外でフリードリヒ様を見ることは少ないが、太陽と比べてもフリードリヒ様の方が輝いていた。
「おはようございます、フリードリヒ様」
私はなるべくフリードリヒ様を見ないように心がける。と言うのも、今日は移動を含めて半日、約6時間フリードリヒ様を摂取することになる。死んでもおかしくない量なので、できる限り抑えなければならない。
実際、すでに太陽より輝いているのだ。
太陽を半日も見続ける事なんてできると?
2人で馬車に乗る。馬車はルート通り進んでいた。
「フリードリヒ様、あちらをご覧下さい」
馬車の小窓を開けて、森の方を指差した。
「この辺りでは、鹿がよく見えるそうです。子鹿が生まれる季節なので、運がよければ見えるかもしれません」
そう言うと、ちょうど良く子鹿と親鹿が現れた。
さすがフリードリヒ様だ。運も良いとは。
「フリードリヒ様、鳥の囀りが聞こえてきませんか?この声はキツツキです」
「水辺が近くなりましたね。水鳥が飛んでいるのが見えるかと思います。ほら、あちらに」
私は観光案内をするように話し続け、なるべく外の景色を見るようにした。
これにより、私はフリードリヒ様を直視せず、フリードリヒ様にはガイドを楽しんでもらえるという一石二鳥の方法だ。
だって、どう考えても馬車で2人きりでいるなど……だめだめだめ。考えない。想像しない。ガイドをする事に意識を逸らす。
このために、昨日庭師や森を管理する門番などに話を聞きに行ったのである。そして、死ぬ気で暗記した。
「えーと、えーと、ここは…」
だがしかし、私の記憶はポンコツだ。地図を見ながらあれだけ練習したというのに、後半になるとなかなか言葉が出てこない。
「エミリア、喉は渇かないかな?」
「は、はいっ。そうですね。頂きます」
水筒に入っていた水を飲む。
「エミリアはこの庭に私より詳しいね」
「へ、あ、えっと」
「私を楽しませようとしてくれたのかな?」
「いや、その」
「じゃぁ、私からも」
フリードリヒ様は胸元から小指くらいの小さな笛を取り出し、吹き始めた。
笛から鳥の囀りが聞こえる。それに呼応するように、本物の鳥の声が聞こえた。
枝の上に、クロツグミが現れた。
「フリードリヒ様は何でもお出来になるのですね…!」
「これは、男性貴族なら大体できると思うよ」
「…そうなのですか?」
後でマリー様から教えてもらったことだが、あれは鳥笛と言うらしく狩猟で使うものだそうだ。
確かに、男性貴族の中で狩は良くある趣味なので、大体の人ができるだろう。
折に触れて、フリードリヒ様は鳥を呼び寄せては私を楽しませてくれた。
「フリードリヒ様!見て下さい!あそこにあんな大きな鳥が…!」
私は鳥に夢中になっていて気が付かなかった。
窓を指差す私は前のめりになっており、フリードリヒ様との距離が三十センチほどになっていたことに。
「すーーーーーはーーーーー」
「……エミリア?」
「森は空気が綺麗ですので、深呼吸をしたくなりました」
目をつぶり、深い呼吸を繰り返す。森の清涼な空気が肺に流れ込んできたことで、私は森に意識を向かわせることに成功した。
その後も、ガイドをしたりフリードリヒ様が呼ぶ鳥に意識を集中させることで、何とか馬車で2人きりという時間を切り抜けることに成功した。
*
今日はエミリアとピクニックへ行く日だ。馬車を3台用意して、湖のほとりまで行くことにしていた。
一つ目の馬車には私とエミリア。二つ目の馬車にはメイドと料理人。三つ目の馬車には荷物が入っている。
屋敷の前で待ち合わせすると、可愛らしい若草色のドレスに、麦わら帽子風のハットを被ってエミリアは現れた。
パーティ用ドレスよりゆったりとしていて、とてもセンスがいい。マリーが合わせたのだろう。麦わら帽子風のハットは、顎のところに豪奢なリボンがついている。
帽子も飛ばず、疲れにくそうな格好だ。靴も歩きやすそうなものを履いている。散策もできそうだ。
「似合っているよ、エミリア」
「は、はいっ」
それにしても一向に目を合わせようとしない。私の格好はおかしかっただろうか?
無難にジャケットとパンツ、汚れてもいいようなブーツにしたのだが…
馬車に乗り込むと、エミリアと2人きりとなった。
あまり彼女と至近距離で2人きりになったことはない。だいたい従者がついているし、距離は遠い。
不躾にならないようにエミリアの方を見ると、涼しげな顔で外を眺めていた。
色の白い肌、ほっそりとした首。膝に置かれた指は小さい。
全体的に強く掴んだら折れてしまいそうで、どこかハラハラする。
顔は……
(エミリアってこんな顔をしていたのか)
いつも遠くにいたし、彼女は下を向いているばかりだったのでちゃんと見たことがなかった。
とびきりの美人ではない。エミリアより15年も私は長く生きているので、多くのご婦人方を見てきている。
だが何となく愛らしいと思った。うまく言い表せないが、野に咲く花のようだ。透き通るほどの薄いピンク色の花弁の花を思わせて、散歩をしていて見つけると微笑みたくなる。控えめだが、可愛らしい。
(可愛らしいって、15歳年上の男性からの褒め言葉としていいのか?本人に言ったら気分を害さないだろうか…。服装を褒める時可愛いって言わなくて良かった)
「フリードリヒ様、あちらをご覧下さい」
エミリアが指差す先には鹿の親子がいた。
彼女は私に動物や植物の説明をしてくれた。見つけるたびにどういう生態があるか教えてくれる。
エミリアは一生懸命説明してくれるが、私はここで生まれ育っているので、庭師や森番から飽きるほどこのような話を聞いていた。
きっと私を楽しませるために勉強をしたのだ。彼女なりに、この馬車での2人きりの時間をどうするか考えたのだろう。ディナーは一緒に取っているが、メイド達もいるので4人で会話することが多い。
こうして完全に2人きりになったのは初めてだ。
私も彼女を楽しませたくて準備したものを出すことにした。彼女ばかりに気を使わせるのも申し訳ない。
鳥笛だ。気に入ってくれるといいのだが。
まずはクロツグミを呼ぼう。驚かせないように小さな鳥が良い。
狩に使わない鳥笛は久しぶりだから、昨日試しに吹いているが…この音でよかっただろうか。
すい、と飛んできたクロツグミが近くの枝に止まった。それを見つけたエミリアはすごく嬉しそうに目を輝かせた。
(喜んでくれて良かった)
場所ごとにいる小鳥を呼んだ。みんなうまいこと来てくれて、それを楽しむエミリアを見てホッとする。
彼女の好きなものは今のところ写生しか分からないから、若い令嬢が喜びそうなものを選択したが間違っていなかったようだ。
小鳥に釣られて、大きな鳥がやって来た。小さな鳥を狩りに来たのだろう。大きいのものは驚かせやしないか?
「フリードリヒ様!見て下さい!あそこにあんな大きな鳥が…!」
「本当だ。あれはヒゲワシだよ」
きゃー!と喜んでいたエミリアが私の方を見て、ピシリと固まった。
席に座ると、深呼吸を始める。急な変わり様に私は戸惑った。
「……エミリア?」
「森は空気が綺麗ですので、深呼吸をしたくなりました」
大きい鳥は良くなかっただろうか?でもさっきまで喜んでいたのだが…?
やはり、女性を楽しませるのは難しい。




