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第3話(2)

 涙の時間が通り雨の様に過ぎた後、二人は青空の笑顔になった。それを傍らで見ていたお父さんも安心した様で、習い事に行っている実の息子を迎えに出掛けていった。その時には、私の事を紹介してくれたアイサーさんにも、挨拶をすると話していた。

 私は部屋の中程に導かれて進み、勧められるままに、置いてある長椅子に腰掛けた。

「迎えに行ってるのは男の子だけど、多分あなたと仲良く出来ると思うわ。そういえば、あの子に似てるところあるから不思議ね」

それから、二人が帰って来たらおやつを出してくれると約束をして、それまでは休んでいて良いと言ってくれた。お母さんの言葉と、添えられた笑顔に気が緩んだのだろう。旅の疲れが急に体を包んで来た。でもそれは、決して不快な物では無い。ここは、既に知らない所では無く、自分を喜んで受け入れてくれている大切な家である事が解ったからに違いなかった。お母さんは長椅子の上に藁の入ったマットを敷き、ポンポンと叩く。

「疲れて眠そうね。しばらくここで寝てなさい」

そう言われて安心したら急に眠くなってきた。私は小さく頷き、お母さんの勧めるまま、幸せな気持ちで眠りについた。

 どれくらい時間が経ったのだろう。目を覚ました時には、室内に入り込む光の角度は随分と変わっていた。まだ少し疲れは残っていたが、もう眠くは無い。部屋の中を見回してみたが、誰もいる様子が無い。またひとりぼっちになってしまうのでは無いかと少し不安になり、膝をかかえて座る。孤独が怖いのだ。幸いにも、すぐにお母さんが部屋に入ってきて、声を掛けてくれる。

「もう大丈夫?疲れは取れた?」

内心ほっとすると同時に、心配してくれた心づかいが、本当に嬉しかった。

「はい!」

「その声なら元気みたいね。まだ二人は帰って来ていないけれど、おしのぎのおやつを、ちょこっとだけ二人で食べちゃいましょう。みんなには内緒ですからね」

そういって、お母さんはクスッと笑った。私が小さく頷くと、干したリンゴを出してくれる。少し硬くて甘酸っぱくて美味しい。私が食べている姿を、お母さんは笑顔で見つめている。そのまなざしは、コーミーの親類の視線と全く違う、本当に温かい物だった。私が食べ終わると

「ちょっと家を案内しましょうか」

そう言うとお母さんは頷いた私の手を取り、家の案内を始める。

 台所から始まり、応接室・寝室・作業部屋・子供部屋……こんなに多くの部屋がある家を見たことは無かったので、本当に驚いてしまう。物置に足を踏み入れた時だった。

「そうえば、あなたに見せたい不思議な物があるのよ。ちょっと待っててね」

「はい」

返事をして暫く待っていると、一つの箱を両手で持ち、戻ってきた。蓋の付いた少し古ぼけた木箱で、そんなに重そうではない。

「これよ。見せてあげるね」

木箱の蓋を開けると、古ぼけた巾着袋が二つ入っている。その中には手のひらより少し大きく、片方は色あせた紅色、もう片方は薄い青をしている。お母さんは最初に、紅色の袋を手に取り、中身を開けて見せてくれた。袋の中には更に、小さな蓋つきの箱が入っている。それは細長い形で、片方だけ緩いカーブを描いてとがっている。箱というよりは、小舟に蓋を付けたような不思議な形をしていた。お母さんは蓋を開いて

「ちょっと手を出してご覧なさい。これは女の子の人形よ」

と掌の上に、不思議な形の箱の中から取り出した人形を乗せてくれた。思ったよりも軽い、木製の小さな人形だった。色が塗られており、色白で唇は薄い紅色。瞳は茶色で、同じ色の髪が肩まで伸びている。白くて短い線の入った襟の長いローブを身に着けた、可愛らしい女の子の姿をしている。服のひだ、細かい髪の毛や表情など、まるで生きてるのではないかと思える程、丁寧に彫りこまれている。見た感じでは、私より少し年上の女の子の像のようだった。

 人形を見つめながら、お母さんは説明をしてくれる。

「このお人形は、三年前に娘を亡くした頃に、お祭りで買った物なの。よく見ると、左眼の下にホクロみたいな黒い点があるでしょ。そういう所まで娘に余りに似てたので買ったのよ。今見ると、ホクロや髪や目の色といい、あなたにも、よく似ているわね」

私が見とれている間にお母さんは、青い方の巾着を開けた。やはり同じような形の箱が入っている。箱の蓋を取ると、先ほどよりも少し大きめの、男の子の人形だった。同じような襟のある白いローブを羽織り、短い髪の上に兜の様な物を被っている。同じく髪と目は茶色で描かれており、鞘に入った短剣が腰にぶら下がっている。こちらも、今すぐにでも動き出しそうな程の見事なものだった。

「こっちは男の子の人形。対になってるみたいね。手に入れた時にも、この大きい方の箱に、一緒に入っていたのよ」

確かに色も形も非常によく似ていて、対になっている物だと思えた。暫く見ていたが、気になる事があり尋ねてみる。

「この男の子の人形が被っているのは、何ですか?ファーネルさん、いえ、お父さんが仕事をする時に使っているの見たことがあります」

お母さんは、ちょっと驚いた顔をして

「あら、本当に良く見てるわね。あれは仕事場で頭をぶつけたりしても大丈夫なように被る兜なのよ。大昔に使われていた形の兜らしくて、今では宮大工以外は使わないわね。この人形は剣を持ったりしてるから、宮大工じゃなくて、昔の兵隊さんを描いた物なのだと思うわ。だから結構古い人形なんだと思う」

と答えてくれた。

 この人形はどれ位前に、誰によって作られたのだろう。そして、どのような道を辿ってこの家にやってきたのだろう。疑問に思って尋ねてみる。お母さんは少し寂しそうな顔をして笑うと、静かに答えてくれた。

「誰が作ったのか、いつ頃の物なのかはよく解らないの。ごめんなさい。この人形は、丁度娘が死んでしまって、泣いてばかりいる時に連れて行って貰ったいちで買ったものなの。最初に見た時に、それは驚いたわ。売ってたお婆さんに、この人形にそっくりの娘を亡くしたという話をしたら『この人形は、ある湖の辺からやってきた物だよ。そのうちにきっと、この人形にそっくりな子供と巡り会うだろうから、それまで大切にしてあげなさい。そして、その子が一番苦しい想いをした時に、手渡してあげなさい』って慰めてくれたの。不思議でしょ?まさかその時は、本当にそんな事があるとは思わなかったけど、でも、信じたいとは考えてたの。だから私たち夫婦はあなたを見た時に、そのお婆さんが言ったことが、本当だったんだと解ったの。私たちはあなたがここに来るのを、このお人形と一緒に、ずっと待っていたのよ」

私は二つの人形をじっと見つめていた。三年も前に、そんな不思議な事があったなんて信じられなかった。人形は色々な人の手に渡り、ようやくこの家にやって来たのだろう。思えば私も同じように、色々な人の中を彷徨った末に、ここに来ることが出来た。この人形と新しい両親は、三年前から自分を待っていたという話は、真実のように思える。

(不思議な事って本当にあるんだ……)

そう考えている間にも更に話は続く。

「そのお人形は、お揃いの服を着てるわね。線の入った襟のあるローブを着て二人で並ぶというのは、婚約の時にする格好なのよ。婚約って言うのは、結婚の約束をしましたって事ね」

「この二人は、結婚の約束をしてるの?」

「ええ、もしかするとね。そう思うと楽しいでしょう?」

お母さんは、また笑っていた。

 不思議な話が終わり、人形を片付け終わった丁度その時に、お父さん達が帰宅した様だった。

「ただいま!おなかすいた!」

元気の良い、男の子の声が聞こえる。振り向くと、私より少し背が低く、焦げ茶色の髪と瞳をした少年が立っていた。見るからに活発そうな、明るい表情をしている。

(この子が、この家の本当の子供なんだ……)

そう思ったのと同時に、一抹の不安がよぎる。

それは、自分を受け入れてくれないのじゃないかという事だった。以前の親戚の家では最初から、邪魔者だと皆に思われていた。その時の事を思い出すと身震いしてしまう。私は頭を振って、気持ちを切り替えようと思った。

(今度の新しいお父さん、お母さんは違うよね?信じても良いんだよね?)

不安と希望が心の中で入り混じる。でも今度は、それに負けてはいけない。暗くて気持ち悪いと言われた自分ではなく、しっかりと受け入れて貰うようにしなくては駄目だと自分を奮い立たせる。彼を見つめると、私の重い感情とは反対の、とても明るい笑顔を返しくれた。くりくりとした目と、長いまつ毛をしている。

「あ!ただいま!」

そう言われて、私も思わず言葉を返した。

「おかえりなさい」

ささやかなやりとりだったが、会話が出来たことに少しほっとした。

「お帰り!おやつにしましょうね!」

「うん」

受け答えも明るく、ハキハキとしている。お母さんに促され、私と並んで長椅子に座った。何か話をしなくちゃならないのかと思うと、少し緊張する。ちらりと隣を見ると、男の子も同じだったみたいで、ちょっと神妙な顔をしていた。机の上におやつの木の実を出してくれたが二人とも手が伸びない。そんな私達の向かい側に、お父さんとお母さんは座る。最初に話し始めたのは、お父さんだった。

「これから大切な話をします。まず紹介しようね。こちらは息子のアリジスです。そして、こちらが今日から一緒に暮らすネイです。」

名前はアリジス……心の中で繰り返す。彼の方を再度ちらりと見ると、彼は笑顔で私の方を見ていた。なんだか安心する。

「ネイです。仲良くしてください」

仲良くして貰う為には、最初の挨拶は大切な事は解っていた。ほんの小さな声しか出なかったけれど、何とか挨拶は出来たと思う。少しほっとしていると、隣に座った彼は私の方に体を向けた。

「うん、いいよ」

それは短い一言だったけれど、見せてくれた笑顔は、私を受け入れてくれると感じさせるには十分なものだった。

(よかった……)

心から安心して、ほうっと溜息が出てしまった。そんな私達二人の様子を見て、お父さんは更に言葉を続けた。

「アリジスにはアイサーさんの所で、どうしてこの家に来たのかという話をしてきました。

それを聞いて、ネイと一緒に暮らすのは嬉しいって言ってくれてるよ。そうだね?」

そう言うと、アリジスは笑顔で首を縦にふった。なんの濁りもないキラキラした目の輝きを見れば、歓迎してくれているのが解る。

(私の事を邪魔だと思う人は、一人もいないんだ……)

それはかって私が注がれ、そして様々な絶望の中で失ってしまった家族の愛情に違い無かった。取り戻す事があると考えすらしなかったが、今はそれは手元にある。自然と笑顔になると同時に、何故か目の置くがツンとした。

そんな思いを抱いていると、今度は考えてもいなかった問いが私に投げ掛けられた。

「一つだけお願いがあるんだよ。実はネイはアリジスより、ちょっとだけ先に生まれたお姉さんなんだ。でも、お姉さんと呼びたくないっていうんだ。それでも、良いかな?」

その言葉の意味を私は図りかね、一瞬息を飲んでしまう。

(もしも、私を家族として迎えたくないから、そう言ってるのだったら、どうしよう……)

悪意に晒された後だけに、疑い深くなってしまう。不安になって彼の顔を見ると、その表情は、私の憂いを吹き飛ばすような、好奇心と好意が見て取れた。私の不安を読み取ったのか、お父さんは付け加えた。

「帰り道で話をしたら、この子はネイが来てくれた事を、本当に喜んでいたから、心配しなくて大丈夫だよ」

「今まで一人っ子だったから、いきなりお姉さんって言えないみたいなの。ごめんね」

お母さんも、私の顔をのぞき込んで話をしてくれる。この二人が言う事に、絶対嘘は無いと解っている。少し考えてみる。

(もしお姉さんって呼ばれたら?よく考えたら、私は一人っ子だったから、お姉さんだった事は無いわ……それなのに急にお姉さんと呼ばれるのは、自分でも何か違う気がする)

きっとこの男の子も同じなんだろうなと思った。私は少しドキドキしなから返事をした。

「はい。じゃあ、ネイって呼んでください。それで、私は何て呼べば……」

男の子は元気に答えてくれた。

「僕の事は、アリジスって呼んで!」

その元気で明るい声から、裏の意図が無い事を受け取り、心から救われた気がした。家族として認められないという、余計な心配をする必要は無かったかもしれない。

「アリジス」

彼の名前を私が復唱すると

「そう僕はアリジスだよ。ネイ!」

彼は一層瞳を輝かせ、笑顔で元気に話してくれた。前の親戚の家の子供たちとは、全く上手くいかなかった。でもアリジスの笑顔を見ると、不思議と何をしなくても仲良くなれそうな気がする。

「僕は家でお話する友達が居なくてつまんなかったからね。これからお話出来るの、とっても嬉しいよ!」

それを聞いて両親も、ほっとした様だった。

 緊張から放たれ、二人でおやつを平らげると、お母さんは私達二人に

「二人で暫く話をしていてね!」

と言い、台所に消えていった。私はアリジスに連れられて中庭に出る。家の壁のすぐ脇に、二人が腰掛けるには丁度良い大きさの石が置かれている。その上に二人で並んで、ちょこんと腰掛けた。

 ふと気が付くと、アリジスは私の顔を見つめていた。今までそうやって、誰かに顔を見つめられたことは無かった。。

「アリジス?なに?私の顔何か変?」

不思議に思って尋ねる。

「ううん、変じゃないよ!ちょっとビックリしてたの」

一体何に驚いていたのかを尋ねた。

「ネイの目の色ってさぁ、母さんの目の色そっくりだね。髪の毛の色は父さんそっくりだと思って。最初に見たときに、それでびっくりしたんだ」

そう言えば自分の姿を、まじまじと見た事は殆ど無かった。鏡は高価な物で、私の家には無かった。前の家で水を運んだ時、桶の中の水で自分の顔を見る事はあった。でも自分の影で光をさえぎってしまうので、桶の中の自分の姿は良く見えなかった。多分自分が誰に似ているのかは、人に言って貰って初めて分かる物なんだろう。

「そうなんだ……」

そう返事をして、彼の顔を見て気が付いた。

「それって、アリジスも同じよ」

「ホント?自分の顔を見ないから解らなかったけど、よくご両親に似てるって言われるけど、そうなんだね」

お母さんも、私たち二人は似ていると言ってたけど、本当なんだなと思った。

(全然違う所で生まれたのに、不思議だなぁ)

互いに似ている所があると思うと、なんだか余計に嬉しくて、思わず顔もほころんでしまう。

そんな楽しいひと時を過ごしていると、彼は少し低い声で私に話しかける。

「あのね……お姉さんて呼びたくないのは、実はさっきの言ったのと違う理由もあるんだ。誰にも言ってない秘密なんだけど」

そう言うと、彼は手招きをした。打って変わって、ちょっと神妙な顔をしている。どうも内緒話をしたいらしい。私が顔を近づけると、私の耳元で小さな声で話し始めた。

「僕のお姉さんは早く死んじゃって、お父さんもお母さんも、とっても悲んで、辛かったみたいなんだ。それでね、ネイをお姉さんって呼んでしまって、また死んじゃったりしたら嫌なんだ。僕もそれは悲しすぎるし、ずっと仲良くして欲しいもん」

その言葉は、嬉しさから来る涙で、瞳を曇らせるのには十分だった。邪魔者だから、居なくなって欲しいと言われたのは、つい先日の事。でも会ったばかりのアリジスは、死んで欲しくない、仲良くして欲しい……と心から思ってくれている。これだけ自分の事を大切にしてくれる人たちと巡り合えた奇跡が嬉しかったのだ。私は思わず彼の手を握る。

「あ……ありがとう……」

それ以上は言葉が続かない。そんな私の涙を見て、彼は驚いたらしく、小声で尋ねた。

「泣かせちゃって、ごめんね。何か悪いこと言った?」

私は首を横に振った。

「ううん、あんまり嬉しすぎたんで泣いてるの。そんなに私の事を考えてくれてるんだって思うと、この家に来て良かったと思う。本当にありがとう。仲良くしてね」

「それなら良かったぁ」

彼は安心して、再び笑顔を見せてくれた。不思議な縁で出会った、同じ瞳と髪の色を持った二人。

(きっとうまくやって行ける)

私は心の中でつぶやいた。

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