第11話 前兆
「どうでしたか、マツリとのひと時は」
賽河原ナギはそう言って爽やかに笑った。大げさだしなんか勘違いしてるからその言い方やめてほしい。あと、浮遊して俺の部屋の窓から覗いてくるのもやめてほしい。ここ2階だし。この光景、なんかデジャヴなんだけどたぶん気のせいだろう。
「本日発生したバグの詳細についてお伝えに来ました」
「元に戻るのか」
「それは難しいでしょう。結論から申し上げますと、原因は今宮鏡花さんでした。そして、これはバグではなく正当なアップデートとして処理されたものです」
「つまり?」
「5年前のことです。マツリは鏡花さんとの契約を解消する際、鏡花さんが願うだけで世界の改変を行う、という口約束をして、結果的にそれを裏切る形で退職してしまいました。しかも、鏡花さんの記憶を消して」
「まさか……」
「そのまさかです。僕はマツリの退職後、この一件が未処理のまま放置されていることに気づきました。それで、後処理をしたのです。鏡花さんが願うだけで世界改変が起こるよう、プログラムし直しました」
「そして、そのことをすっかり忘れていました」
こいつが確実に戦犯だということはいったん置いといて、事を整理するとこうだ。鏡花は天界のしごできサラリーマンのおかげで無意識に世界を改変できる存在となった。彼女の能力は「願う」という行為により発動する。今回俺が理系に転向したのも、鏡花が願ったからに他ならない。
でもどうしてそんなこと願うんだろう。読書仕草がなんとなくもっさりしててウザかったから?俺の部屋にある蔵書を古本屋に売りに行って金にしたかったから?……ああ、鏡花も理系だから俺と参考書とか共有してコスパよく勉強するためってのもあり得る。
まさか、俺と同じクラスになりたかったから、とかそんなアホな理由じゃないことを祈るけど。
「まさにその、アホな理由でしょうね」
「思考盗聴するな」
「すみません。おそらくドンピシャだったもので」
この1年間、こんな大規模なアップデートは起きていなかった。それはおそらく、高校1年生のシナリオが鏡花にとって特に改変するほどでもない、満足な内容だったからだろう。確かに、俺は鏡花と同じクラスだったし、毎日ほどよく一緒にいた。
鏡花が気にしていたマツリの存在もストーカー事件以来音沙汰なく、彼女にとってはかなり平穏な毎日だったに違いない。それが2年生のクラス替えで俺と離れてしまったことで揺らいだ……。確かに、4月からの鏡花は少し元気がなかった。
「来栖三太さん、あなたにはなるべく鏡花さんを刺激しないように動いてもらいたいのです」
「刺激しないように?」
「はい。彼女の孤独や憂鬱を誘発するような言動は避けていただきたい」
「今回みたいに、大規模なアップデートが起こるからか」
「その通りです」
大規模なアップデートが起こると、まず俺が苦労する。それまでの世界での常識が通用しないため、ひとつひとつ確認する必要があるからだ。今日でいうところの、教室のメンツだったり、部活の帰属だったり。人間関係もぐちゃぐちゃになって、誰と知り合いで誰と友達か、というところまで初期化されることもあるし。
そして次に苦労するのはナギだ。アップデート自体は正しいプロセスで行われるものの、まれにバグが起こるらしい。その究明をするのに、膨大な時間をかけてこの世界をメンテナンスしないといけなくなるわけだ。趣味とはいえ、大変だな。
というわけで、俺はなるべく鏡花が世界改変を願わないように行動する必要がある。という結論になった。でもそれ無理ゲーじゃない?たとえば今回のアプデを避けようと思ったら、文理選択の段階で理系を提出しなきゃいけないことになる。そんなのあり得なくね……?ド文系だったし。
「サインがあるはずです」
「サイン?」
「はい。文理選択の時、鏡花さんは何か言ってませんでしたか?」
ああ、そういえば「文系はダサい」だの「理系の方が生涯年収が高い」だのぐちぐちと……。って、あれがサイン?単純に文系の悪口を言ってるだけかと思ってたけど、翻訳したら「俺と違うクラスは嫌だ」って言ってたってこと?いや難しすぎるって。
「三太!今日の宿題、聞きたいところがあるんだけど、入ってもいい?」
あいつにしては珍しく、入室前の声かけ。こういう日の鏡花は決まって機嫌がいいのだ。ナギはこの時間中ずっと窓の外に浮遊していたが、鏡花の声が聞こえると「では、何かありましたらオカ研まで」と言い残して瞬時に消えた。
数学の問題の解法について熱弁する鏡花はとても楽しそうだ。改変後の数学力は俺の方が高いのか、すらすらと教えることができる。今までじゃ考えられない。
宿題の該当部分を教えて終わると、鏡花は伸びをしてこう言った。
「あんた今日、文芸部に見学行ったのね。楽しかった?」
眼光が鋭い。もしかしてこれが、サインなのか……?




