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第10話 バグ

これといってイベントのない1年を過ごして、俺は2年生になった。鏡花とは相変わらず毎日顔を合わせるが、マツリやナギとはあの一件以来話すこともない。マツリは俺を避けている感じもする。一方ナギは、すれ違うたび毎回生暖かい笑顔を見せつけやがって、気味の悪い男だ。


俺はもともと恋愛シミュレーションゲームに詳しくない。それで、鏡花の部屋で見つけたソフトを拝借して勉強したのだ。1年目は出会いイベント以外何も起こらなくても焦ることはない。肝心なのは2年目以降、積み重ねたパラメータによって分岐が起こるタイミングだ。


そういうわけで、毎朝の日課としてパラメータを確認するのが定着してきた。かといって変動するのは体調とストレスくらいで、他はほとんど動かない。たとえば毎日めちゃくちゃトレーニングすれば運動が上がるだろうし、絵の練習をしまくったら芸術が上がるんだろうけど。ぶっちゃけ怠惰。


2051年×月×日 来栖三太

体調:80 文系:5 理系:100 芸術:70

容姿:90 運動:60 根性:80 やれやれ:20 ストレス:40


勉強はそもそも宿題レベルでしかやってないから変動しない……って、あれ。文系と理系のパラメータ逆になってないか?見間違えるはずがない。俺は昔から大の数学嫌いで、本好きの歴史好きだ。最初にこの画面を見たときも、あー納得、と思ったくらい。そんな急に天地がひっくり返るみたいなことが起こるもんなのか。




いつも通り登校したけど、文理パラメータが変わったせいか、やっぱり違和感満載だった。現代文は主人公の気持ちが全く分からないし、暗記していた古文の動詞活用形も思い出せない。逆に、数学と化学は普段じゃあり得ない理解度で授業が進んでいった。このパラメータ、確実に実際の能力に反映されてるらしい。


その前にまず驚くべきなのが、クラスのメンツが変わってたことだ。毎日のようにいつものクラスのいつもの席に座って、そこがちゃんと俺の席だったのはラッキーだった。問題はその後。いつも移動教室を共にしている佐伯がいなかった。それからクラスを見渡してみたら、佐伯だけじゃなくほとんどの生徒が入れ替わっていた。


「一緒に行くわよ!」


なんと、こいつもいるのだ。文理選択のタイミングで理系を選択した鏡花は、2年生になって俺とクラスが分かれた。だから教室が違うはずだけど、なんかクラスメイトになったらしい。


「鏡花、俺とクラス違ったよな。俺は文系で、お前が理系で」

「何言ってんの、1年2年と同じクラスじゃない。数学バカのあんたが文系選択はあり得ないわね」

「数学バカ!?」


生まれて初めて言われた。今までも文字通り数学(の成績が)バカだったんだけど。




俺の文理パラメータが逆転するというバグ。これといって支障は無いものの、1日で環境が変わりすぎて気分悪い。今までできてたことが急にできなくなるって不便すぎる。嫌いなことをどんどん得意になるのも不気味だし。ナギに対処してもらうか……


まあ考えるのがめんどくさかったので俺はいつも通り文芸部室に向かった。こんな日だからこそ今日は新発売の単行本をじっくり味わおうと思う。春風の気持ちいい季節だしな。そう思いながら部室のドアを開けると、まさにその春風に吹かれている少女と目が合った。その窓際の特等席は俺のものだが?


「入部希望?」


賽河原マツリだ。久しぶり。


「俺はもとから文芸部員だが……マツリこそ、オカ研だったんじゃないか」

「私はずっと文芸部員。あなたをこの部屋で見たことはない」

「バグだ。いきなりパラメータが変わったんだ。何もしてないのに文理が入れ替わった」


マツリは一瞬、本から目を離して驚いた顔で俺を見た。何か知ってる顔だろそれは。


「それは、私は権限の関係で伝えることができない。禁則事項」

「ナギに聞けってか」

「そう」

「へいへい。とりあえず今日はここに居ていいか?まだ文芸部員気分なもんで」

「大丈夫。……あなたと一緒に本が読めるのはとても嬉しい。孤独だったから」


どうやら俺のパラメータが大げさに変わったせいで世界の設定が丸ごと狂ってるらしい。俺はずっと理系で、鏡花と同じクラス。マツリは生粋の文芸部員で、俺はそこに居なかったことになっているみたいだ。なんとなく理解した。


通常、パラメータとは毎日の勉強や運動などの努力によって少しずつ上がっていくもので、逆もしかり。そして、定期テストや進級のタイミングでパラメータに応じた分岐が起こる、というのが定石だ。今回は、あまりに突発的なパラメータ逆転のせいでゲーム世界の設定をバグらせてしまったのだろう。


『ご名答』


うわ、脳内に直接語りかけてくるナギの声。


『ただ今バグの原因を究明中ですので、しばらくお待ちください』

『せっかくマツリと一緒なんですから、楽しんでくださいね。うらやましいです』

「いいから仕事しろ」

『手厳しいなあ』


テレパシーのナギと喋っていたら、いつの間にかマツリの右手が俺の左手に被さっていた。


「本、見せて」

「お……おう」

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