第43話:完璧すぎる弟子と、僕の居場所(※家事が一瞬で終わって怖いです)
弟子入りの少年――名はテオというらしい――をパパに預けて一晩。
僕がいつものように、重い腰を上げて「……はぁ、お茶でも淹れようかな」と呟いた瞬間、部屋の空気が震えた。
「師匠! お茶(ダージリン、温度82度、蒸らし時間3分15秒)でございます! ついでに肩の凝りも100%の力加減で解しておきました!」
シュバッ! という音と共に、テオが僕の目の前に膝をつき、完璧なタイミングでカップを差し出してきた。
「……えっ。……あ、ありがとう。でも、今、僕まだ『お茶』の『お』の字も言ってないんだけど……」
「主殿、お目覚めですな。テオは私の100%の執事教育を、驚くべき吸水率で吸収いたしました。今や彼は、主殿の『ため息の予兆』を0.5秒前に察知し、先回りして不快指数をゼロにする『超速の召使い』へと進化したのです」
パパが満足げに眼鏡を光らせる。
見れば、部屋は一ミクロンの塵もなく磨き上げられ、僕が脱ぎ散らかした靴下は、パパとテオの連係プレーによって、空中で洗濯・乾燥・アイロンがけまで終わっていた。
「最悪よカンちゃん! アタシがカスタネットを鳴らしておやつを呼ぼうとしたら、その瞬間にテオが三段重ねのパンケーキを持って立ってたの! アタシの魔法の出番がまったくないじゃない!」
アビィが地団駄を踏む。……そう、家の中が「便利すぎて、逆に落ち着かない」という異常事態に陥っていた。
「……はぁ。テオ、君、サボるために弟子入りしたんじゃなかったの? これじゃあ、君が世界で一番忙しい人になっちゃってるよ……」
「いいえ師匠! 完璧に家事を終わらせることこそが、究極の『サボり時間』を捻出するための最短ルートだと気づいたんです! 僕は今、最高に……最高に充実しています!」
少年の瞳は、かつての僕のような濁りが消え、ギラギラとした「有能さ」で溢れている。
このままでは、僕がため息を吐く隙さえ奪われ、家全体が「やる気」という名のエンジンで爆走してしまう。
「……はぁ。……もう、本当にお願いだから、僕を『何もしない不便さ』の中に放っておいてよ……。そんなに先回りされたら、僕がただの『呼吸するだけの置物』になっちゃうじゃないか……」
僕は、自分のアイデンティティ(怠惰)を奪い取ろうとする完璧なサービス精神に対し、本日一番の、そして「不便を愛する」ため息を吐き出した。
「『どん底ため息砲・不完全の美学(ハピネス_バスター・マニュアルモード)』!!」
ズゥゥゥゥゥゥゥゥン…………ッ!!
僕のため息が部屋を包んだ瞬間、テオのハイスペックな動きが急ブレーキをかけた。
彼の頭の中にあった「先回りして全てを終わらせる」という効率至上主義が、一瞬で「……っていうか、お茶くらい自分で淹れてもらったほうが、師匠の運動不足解消になるんじゃね?」という適当な放任主義へと書き換えられた。
「……あ。……そうですね、師匠。僕、ちょっとやりすぎてました。……残りの掃除は、来週の自分に任せることにします。……あ、お茶、冷める前に飲んでくださいね(セルフで)」
テオはそのまま床にごろりと寝転がり、パパが磨き上げた床でアリの行列を数え始めた。
「流石は主殿。私の100%の教育プログラムを、一瞬で『ゆとり教育』へとダウングレードさせるとは。……さてテオ、雑用が溜まっています。サボるためのサボりは、私の掃除が終わってからにしましょう」
「……はぁ。……パパ、テオにあまり変なこと教えないでね。……お茶、やっぱり自分で淹れればよかったな……」
僕は、冷めかけのお茶を自分で啜りながら、便利すぎる世界より、少しだけ「面倒くさい」今の日常の方が、自分には似合っていると再確認するのだった。




