第32話:教皇の勧誘と、僕の背徳感(※男ですけど聖女ですか?)
実家の弟を「無気力」の奈落へ突き落とした翌日。僕の家の前には、昨日よりもさらに厄介な集団がひれ伏していた。
白金に輝く法衣を纏い、神々しい杖を持った老人――この大陸の信仰の頂点に立つ、聖教皇その人である。
「おお……見つけたぞ。悪しき魔神の力をその身に宿し、吐息一つで世界を浄化する奇跡の御方! さあ、伝説の『嘆きの聖女』として、我が総本山へお越しいただきたい!」
「……はぁ。教皇様、まず第一に僕は男です。第二に、これ(ため息)は浄化じゃなくて、ただの不平不満の塊なんです……」
僕は頭を抱えて深くため息をついた。しかし、教皇の瞳は「全肯定」の光で溢れている。
「なんと慎ましやかな……! 性別など神の前では些細なこと。その憂いに満ちた表情、その絶望的な吐息……それこそが、汚れし現世を救う神の愛に他ならない! さあ、用意した『聖女の礼装』に着替えるのです!」
教皇が合図すると、信徒たちが絹のように滑らかな、真っ白なフリルのドレス(胸元に大きなリボン付き)を掲げて詰め寄ってきた。
「いいじゃない、カンちゃん! アタシが魔法で少し形を整えてあげれば、完璧な美少女聖女の出来上がりよ! 伝説の聖女になって、世界中の信者から貢ぎ物を巻き上げましょう!」
「主殿。案外、悪い話ではないかもしれませんぞ。主殿が聖女として崇められれば、私が『聖教守護魔神』として、主殿を邪魔する全ての要素を合法的かつ物理的に消去できます。……さあ、私が着付けをお手伝いしましょう」
パパの100%の出力が、無駄に器用な指先に集中する。
「やめて! パパが本気で着せたら、脱げない呪いとかかけそうだから本当にやめて!」
僕は逃げ場を失い、教皇たちが放つ「妄信的な光」と、パパたちの「歪んだ忠誠心」に挟まれ、本日最大級の……いや、人生で最も重い、重いため息を吐き出した。
「『どん底ため息砲・宗教改革』!!」
ゴォォォォォォォォン…………ッ!!
僕の吐息が放たれた瞬間、神殿の鐘が鳴り響くような重圧が広がり、教皇たちの「信仰心」が急激に冷却された。
彼らの頭の中にあった「カノンを聖女にして教団を立て直そう」という野心が、一瞬で「……っていうか、神様とか聖女とか、もっとこう、自由でいいんじゃないかな」という適当な思想へと書き換えられてしまった。
「……あ。……そうですね。聖女様がドレスを着る必要なんてない。むしろ、聖女様はパジャマ姿で二度寝している姿こそが、真の救い……」
「教皇様……!? 私たち、何にこだわっていたのでしょう。……布教とかやめて、みんなでお昼寝しましょうか」
教皇たちは、持っていた杖を放り出し、その場に円くなって座り込み、楽しげに野花を眺め始めた。
「流石は主殿。教理すらも『個人の自由』の一言で無力化するとは。……ですが主殿、あそこに残されたドレス、もったいないのでパジャマに改造しておきますね」
「……はぁ。もう好きにして。……でも、二度と『聖女』なんて呼ばないでよ……」
僕は、すっかりヒッピーのように自由になった教皇たちを置き去りにし、パジャマ(元ドレス)を抱えたパパに付き添われ、屋敷の中へと逃げ込むのだった。




