第33話:封印された魔王と、僕の再就職(※魔王軍の求人は見てません)
教皇様たちが庭で野花を摘み始めた数日後。我が家の居間に、空間を切り裂いて一通の「真っ黒な招待状」が投げ込まれた。
そこには血のような文字でこう書かれていた。
『復活せし魔神アステリオス、およびその主カノンよ。我が魔王城にて、新たな世界の秩序(再就職先)について語り合おうではないか。福利厚生:魂の永久保障』
「……はぁ。パパ、これ、絶対に行っちゃいけないやつだよね。ブラック企業の勧誘よりタチが悪いよ……」
僕は頭を抱えて、コタツ(パパの魔力でホバー移動可能に改造済み)の中に潜り込んだ。
「主殿、ご安心を。この魔王、かつて私と『どちらがより優雅に世界を蹂躙できるか』を競った仲ですが、少々しつこいのが玉に瑕でして。……お嬢様、転送魔法の準備を。主殿をコタツごと魔王城の玉座へお届けします」
「ガッテン承知よ、パパ! 本物の魔王なんて、アタシのカスタネットでリズムを狂わせて、盆踊りでも踊らせてあげるわ!」
拒否権など最初からなかった。次の瞬間、視界は禍々しい髑髏の装飾が施された魔王城の玉座の間へと切り替わっていた。
玉座に座るのは、禍々しい角と圧倒的な威圧感を放つ男――魔王ルシフェル。
「よく来た、カノン。貴様の『ため息』が、聖教会の信仰すら粉砕したと聞いたぞ。素晴らしい。その『負のエネルギー』こそ、我が魔王軍に欠けていたピースだ。どうだ? 我が軍の『絶望担当大臣』として、人類に真の虚無を教えてやらないか?」
「……はぁ。魔王様、僕はただ、静かに寝ていたいだけなんです。絶望を広めるなんて、そんな疲れる仕事、給料がいくら良くてもお断りします……」
「フハハハ! 謙遜するな。貴様がため息を吐くだけで、兵士たちの士気は下がり、経済は停滞し、世界は平和に(?)滅びるのだ! これぞ究極の効率化!」
魔王は立ち上がり、僕に契約書を差し出してきた。その瞬間、パパの眼鏡がキラーンと冷たく光った。
「……魔王ルシフェル。私の主殿を、あろうことか『大臣』などという激務に就かせようとは。主殿の至高の時間は、二度寝とミカンのためにあるのです。……100%の権能をもって、貴様のその『野心』を清掃させていただきます」
パパが指を鳴らそうとしたが、僕はそれより先に、魔王のあまりに自分勝手な「キャリアプランの押し付け」に耐えかねて、魂の底からのため息を吐き出した。
「『どん底ため息砲・定時退社』!!」
ドォォォォォォォォン…………ッ!!
僕のため息が魔王城全体を包み込む。
すると、魔王が放っていた禍々しいオーラが急速に霧散し、彼の目に宿っていた「世界を征服してやるぞ!」というギラギラした欲望が、一瞬で「……っていうか、世界征服した後の維持管理とか、マジでコストに見合わなくない?」という、極めて現実的なコスト意識へと書き換えられた。
「……あ。……そうだ。なんで俺、こんなに頑張って魔物を集めてたんだっけ。軍事費はかかるし、勇者は攻めてくるし……。おい、四天王! 今日をもって魔王軍は解散だ! これからはみんな、リモートワークで個別に適当に暮らせ!」
「「「えぇぇぇーーーっ!?」」」
玉座の間で待機していた魔物たちがズッコケる中、魔王は玉座を放り出し、どこからか取り出した釣竿を担いで「ちょっと湖に行ってくる」と去っていった。
「流石は主殿。魔王の野望を『運営コストの無駄』という一点で論破……いえ、沈黙させるとは。これで世界から争いの火種が(やる気と共に)消えましたな」
「……はぁ。世界を救った自覚なんてないよ。ただ、働きたくなかっただけなんだ……」
僕は、解散宣言に戸惑う四天王たちを横目に、パパが担ぐホバーコタツに揺られながら、平和(?)になった魔王城を後にするのだった。




